調査研究

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2005.12.14
部会・研究会活動 <反差別部会>
 
反差別部会・学習会報告
2005年8月3日
尼崎朝鮮初中級学校での劇上演と交流報告

徳田 幸博(ひまわり医療生活協同組合)

 7月9日、尼崎朝鮮初中級学校において、在日同胞との交流会を開催しましたが、その際に多くの在日朝鮮人の方から劇「宝塚市制50周年差別事件」を見ての感想を頂きました。以下は、その内容です。

Aさん:朝鮮高級学校3年の娘がいる。寸劇を見て涙が止まらなかった。拉致は誤り。心より謝罪し、再発させないことを誓った。それでも日本人は許してくれない。以来本音で語れなくなった。寸劇を見て本音で語れる仲間だと感じた。子どもたちに力を与える寸劇である。

Bさん:13歳の娘がいる。めぐみさんも13歳(だった)。「同じ歳の娘を同じ目にあわせてやる」と脅された。チョゴリの制服を第2制服にした。白いチョゴリのひもが風になびくのが誇りだったのに。娘が着たいというので着せていたが立花駅で(日本人に)追っかけられた。これからも(理解してくれる)日本の方が増えて守ってくれる人が増えることを願っていく。日本の方たちを信じて。もっと広めてください。

Cさん:落ち込むことが多かった。忘れていた元気を取り戻した。

Dさん:宝塚で踊った(差別暴言を浴びせられた)娘の親。今日の日本のマスコミの現状では仕方がないと思っていた。歴史をきちんと学ばないと嘘が重なって大変なことになる。拉致をきちんと謝罪して解決しようとしてきた。寸劇を見て感じるものがすごいと思う。朝鮮高校でも、中学でも公演を。

Eさん:水曜デモと寸劇がどのようにリンクしているのか(今まで)理解できなかった。ハルモニたちの尊厳回復が今すぐ必要であるのはそのとおりだが、今宝塚で尊厳をふみにじられている現状を同じように考え、ソウルで演じた。人間の尊厳の大切さを訴えている。

Fさん:1942年に(日本に)来た。尼崎の日亜製鋼で働かされた。朝鮮では毎日兵隊が来て(日本へ仕事に行かないと)家族を弾圧した。私は兄の名前で(代わりに)家を出た。「日本へ行ったら学校へも行ける」と言われた。嘘だった。7時起床で夜遅くまで働かされどこへも行けなかった。

Gさん:240万人が強制連行された。なくなった方の遺骨の返還を求めているが、多くの人は骨すらない。祭祀(チェサ)もできず、我々の戦後処理は全く終わっていない。

Hさん:歴史の事実は明日に向かって突き進むために伝える。(寸劇は)すごく感動した。メッセージが真摯に伝わってきた。

Iさん:感動している。同時に情けない。国際化社会をうたいながら在日をはずしている。国際社会からはずれているのは日本政府。そのことを我々は十分認識していない内部の問題が情けない。この運動を大きく広げていきたい。日本の学校ではいつも朝鮮人が殴られた。私は民族教育の中で目覚めた。朝鮮問題は日本の平和の問題。行動をともなった日朝友好運動。自己の責任のもとに日本の問題をどうしていくか。

 寸劇上演についての予想外の好評はうれしかったのですが、在日朝鮮人のおかれている厳しい現実に胸をつかれました。(この劇を)「もっと広めてください」との声をうけ、年内に7回公演し、宝塚市制50周年のイベントで差別暴言を受けた生徒の通う神戸朝鮮高級学校での寸劇上演(朝鮮語)は、11月20日行われました。

 (文責:田中 ひろみ)