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2004.09.13
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法律・狭山部会・学習会報告
2003年12月17日
政府開発援助と人権侵害
- コトパンジャンダム訴訟の争点をめぐって

奥村 秀二 (弁護士)

  日本の政府開発援助(Official Development Assistance、以下ODA)によるコトパンジャンダムの建設は、現地の住民の強制移転や生活基盤・文化の破壊といった人権侵害、さらには稀少生物の大量死といった環境損害を引き起こした。本件訴訟は、資金供与国たる日本国、並びにプロジェクトを実質的に推進した企業・国際協力事業団・国際協力銀行を被告として原状回復の勧告・損害賠償等を求めるものである。その概要につき、本件訴訟弁護団の構成員である奥村秀二さんから報告を受けた。

現地の状況

  コトパンジャンダムは、インドネシアのスマトラ島中部に位置するもので、発電、洪水制御などを目的とする多目的ダムであり、1992年に着工、1996年に完成し、翌年貯水を開始、1998年には発電を開始した。しかし、このダムの建設に伴い、水没地域に居住していた10村2万4000人に上る住民は、当時のスハルト政権の開発独裁体制の下、強制的に移住を強いられた。その被害状況を挙げれば、次のとおりである。

  まず挙げられるのは、生活基盤の全面的な破壊である。移転に伴って、代替用の住居が提供されたが、住居付近に設置された井戸から得られる水は飲用に適さず、飲料水の確保が困難になっている。また、農地の提供を受けたにせよ、全くの荒地が用意されたにすぎず、ゴムの栽培も新たに開始しなければならず、収穫が可能になるまで数年を要する。また、生活資金を得るために他の労働に従事せざるを得ず、畑の開墾もままならない。信仰生活のために極めて重要な施設であるモスクも建設されたにせよ、狭隘で全員を収容することができず、また方角もメッカに向けられていないため、その機能を果たすことが出来ない。また、補償に関して言えば、日本政府への住民の働きかけによって、一定の金員が支払われたものの、水没地域居住者の全てに確保されているわけではない。さらに、現地住民の社会的存在形態が破壊され、伝統的・宗教的紐帯が切断されるにいたった。

訴訟の概要とその特徴

  上記のような被害状況について、直接的実行者はスハルト政権下のインドネシア政府であるが、当該ダム建設にあたっては、プロジェクト・ファインディング、フィージビリティ・スタディ、円借款による資金供与、プロジェクト実施などの重要な側面において日本の企業、独立行政法人・政府系金融機関、政府が実質的な関与を行っていた。かかる関連に有責性があることを主張して、日本政府・公益法人・企業に対し、(1)原状回復に関してインドネシア政府等に勧告すること、(2)被害者への損害賠償、(3)環境保護団体への実費償還を請求するのがこの訴訟の趣旨である。

  この訴訟の最大の特徴は、日本のODAの問題性をはじめて問うている点である。1990年代初頭には、ODAが有するこのような問題性(すなわち、巨大プロジェクトの遂行に関わる環境損害と住民被害)が指摘され、実際に資金供与の凍結に至った事例も存在するが、実際に訴訟提起に至った例は無かった。その点では、国際協力のあり方が裁判上問われる点で、先駆的意義を有する。

  また、他国での人権侵害事案が日本の裁判所で提起される点では、国際私法上の悩ましい論点があるにせよ、重要な意義を有するであろう。かかる裁判実践は、一連の戦後補償裁判に端を発するが、所謂戦前の訴訟原理であった「国家無答責の原則」に基づく困難が存在しない点で、日本国政府の責任が認容される可能性がより一層高いであろう。

裁判上の論点

  実際の論点としては、悩ましい点がいくつかある。まず第一に、住民被害をいかにして立証するか、という点が挙げられる。現時点で原告となっている住民は8,396人にのぼり、個々の損害がいかほどであるかを明らかにするのは、膨大な作業を要する。また、環境団体の実費償還を請求しているが、かかる団体の原告適格が日本の制度上認められるかどうかについては困難がある。法律構成としては、環境保護に関する当該団体の活動を民法上の事務管理と法的性質決定し、準拠法を原因事実発生地たるインドネシアの法であるとして、「環境管理に関する1997年インドネシア共和国法第23号」上の環境団体の訴権を援用している。しかしかかる構成が国際私法上適正であるかは裁判所の判断を待たなければならない。

  さらに重要な論点としては、いかにして被告たる日本の政府・独立行政法人・政府系金融機関・企業の責任を立証するか、という点が挙げられよう。当然ながら、被告らは、かかる人権侵害の実行者はインドネシア政府であるから、自らの責任は存在しないと主張している。しかし、上述したように、プロジェクトの重要な側面で実質的な関与を行い、かつインドネシアとの円借款契約における三条件(希少動物の適切な移転・同等の生活条件の確保・住民同意)の充足を適正に調査せず、事実の把握に懈怠が見られる。このような事情を勘案したとき、果たして被告らが何ら責任を負わないと言えるかは、疑問であるといえよう。

(李 嘉永)

【注】このコトパンジャンダム訴訟の遂行に関わっては、東京国際大学の鷲見一夫教授を代表として、「被害者住民を支援する会」が結成され、被害状況を広く日本に紹介し、かつ裁判資料の収集・作成や裁判費用・原告来日に関わる費用の面で原告を支えており、支援基金への出資やカンパを募っている。

詳しくは、「支援する会」のホームページを参照されたい。