松阪商業高校元教諭が、部落差別意識に起因する町内会分離運動をしたが、これを深刻な部落差別事象であるとして、部落解放同盟三重県連合会及び同松阪支部が事実確認会・糾弾学習会を実施した。元教諭はその後、これら取り組みを強要等に基づく不法行為であるとして損害賠償を国、三重県、松阪市、同推教員及び部落解放同盟員を被告として請求する訴訟を提起した。その地裁判決の争点、及び判決の要旨について、丹羽雅雄弁護士より、報告を受けた。
事件の概要
三重県立松阪商業高校に勤務していた教諭が、同和地区を含む町内会にある団地に在住していたところ、生活上の利便のためと称して、同和地区を含まない町内会への分離運動を画策した。その過程で、他の住民に対し「お嬢さんの将来にもいいですしね」などと発言していた。この教諭の言動を重大な差別事象であるとして、部落解放同盟三重県連合会による事実確認会や糾弾学習会、三重県教育委員会による戒告処分、地方法務局長による説示などが行われた。しかしこの教諭は、当初謝罪をし、反省の意思を示していたにもかかわらず、その後その態度を翻し、上記一連の取り組みを脅迫、強要、名誉毀損及び暴行であるとして三重県、松阪市、国、同推教員及び部落解放同盟三重県連合会同盟員に対して、連帯して損害賠償を請求した。
主な争点
かかる請求を行なう原因としてこの教諭は31の不法行為事実を羅列しているが、主たる争点としては、次の三つが上げられる。すなわち、(1)本件分離運動が部落差別によるものであるか否か、(2)本件発言が些細な、たわいもない失言であるか否か、そして(3)本件各行為が不法行為を構成するか否か、である。
裁判所の判断とその問題点
まず争点(1)について、裁判所は、本件分離運動が部落差別によるものであるとまでは断じ難いとしながらも、分離運動を行うに当たって教諭が挙げた理由はそれぞれ合理的な根拠であるとはいえないことから、外形的には、部落差別によるものと疑われるべき十分な事情があったとした。
次に争点(2)についていえば、裁判所は「原告は、本件発言をした時点で部落差別を容認する心理があったといえるから、直後に本件発言をした相手に謝罪していることを考慮しても、本件発言をもって些細とか、たわいのない失言であったとか評価することは到底できない」と認定し、かかる発言が部落差別意識によるものであって、それは重大なものであると率直に評価した。
しかし、争点(3)については、若干問題がある。特に言及すべき点として、部落解放同盟の糾弾に対する評価、三重県による事実確認会・糾弾会への出席要請・同推教員の対応、さらに法務局の対応について触れておく。まず事実確認・糾弾会の実施に関して言えば、これに出席するよう強要したとする事実はないとし、また、部落解放同盟が同和問題の解決に向けて活動する団体に所属する者として、事実を問いただし、追及することはその目的として不当とはいえず、その態様も厳しい追及であったものの、脅迫とか強要にあたるとは認め難いとした。また、糾弾学習会の内容に関しても、「公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的があった」と評価した。権利としての糾弾にまでは踏み込んではいないものの、その態様が適正であれば、糾弾は正当な行為であることを率直に認定した点は、評価すべきであろう。
しかし、裁判所は、教育をになう者が部落差別をしたことについて、これを重大な事態であると捉え、真摯な反省を促し、反省文を作成させ、当事者との真摯な話し合いを促した三重県及び同推教員の行為を、強要であると認定し、損害賠償を命じた。これは、人権教育を国及び地方自治体の責務であるとした人権教育啓発推進法の趣旨、並びに人権尊重社会の実現に関する施策の推進、及び関係団体との連携を県の責務であるとした「人権が尊重される三重をつくる条例」を勘案しない判断であり、極めて重大な法規適用の誤りがあるというべきである。
さらに、糾弾に関して、「法務省人権擁護局総務課長通知」を挙げ、行政の中立性から職員が糾弾会に出席すべきでないとし、差別者についても出席する義務はないとした法務局の見解を全面的に認容しており、かかる見解が三重県の対応に関する判断に大きく影響したものと思われる。したがって、かかる糾弾会に関する評価をいかにして覆すかは、極めて重大な課題であろう。
今後の課題
原告及び三重県は、かかる地裁判決を不服として、控訴している。したがって、上述したように、法務省見解に依拠した地裁判決や反糾弾権論にいかに対応するか、県連側として弁護団をどう強化するかが、さし当り直面する課題である。
(李嘉永)