1944年に広島三菱重工に朝鮮半島から徴用され、被爆した人びとが、強制連行・強制労働・被爆後の放置が不法行為にあたるとして、国及び三菱重工・菱重1995年12月に提訴した。第一審の判決では、国に関しては国家無答責の法理、被爆者援護政策に違反がないこと、三菱重工等に対しては、賃金債務につき時効、不法行為債務につき除斥期間の経過を理由に、請求棄却した。今回報告されたのは、その控訴審判決である。
判決の概要
結論から言うと、強制連行・強制労働に関する請求については棄却されているが、その論旨においては、いわゆる戦後補償に関する一連の判決を受けて、多くのハードルを越えているといえる。すなわち、三菱に引き渡すまでの徴用の態様について、欺罔・脅迫によるものであり、また事実上軟禁状態で移送した。これらは国民徴用令上付与された権能を逸脱しており方法において不法行為の成立の余地があると認定した。
また、国家による損害については裁判上取り扱えないとする「国家無答責の法理」については、現行憲法下では司法裁判所に一元化されていることなどから、その法理に一般的な正当性を認めることはできないとした。しかしながら、当該不法行為債務に関する除斥期間の起算点を、日韓基本条約の締結時、あるいは遅くとも1972年の韓国被爆者援護協会役員の来日時とし、その日から既に20年を経過していることから、かかる請求権は消滅したと結論付けた。また、本件損害賠償請求権は、日韓請求権協定の「財産・権利・利益」に該当することから、このことからも当該請求権は消滅したと判示した。
これに対して、原爆被害の放置に関しては、そもそも被爆者の援護に関する法制には国籍条項がないのであって、手続のために来日を求めることは不合理な差別であって違法であるとし、かつ海外出国によって被爆者手帳を失効させるとした厚生省通達は、誤った法律解釈に基づくものとした。このことから、控訴人らに精神的損害を与えたとして、慰謝料100万円・弁護士費用20万円の支払を命じた。
しかし、三菱重工・菱重に対しては、不法行為の成立・被爆後の放置に関する安全配慮義務違反、賃金未払い等に基づく損害賠償請求は、時効・除斥期間の経過を理由に、全て棄却された。
主な争点
本判決においては、国家無答責論の一般的妥当性を否認したわけであるが、このような判断は、近年の戦後補償裁判においていくつか見受けられる。その趣旨は、国家無答責の法理それ自体が旧憲法体制における、いわゆる司法裁判所と行政裁判所の二元的な訴訟制度に由来するのであって、一元化された現行憲法体制においては当該法理の合理性を認め難いとするものである。
次に、被爆者援護政策に関して言えば、1957年の原爆医療法、1968年の原爆特別措置法のいわゆる原爆二法、その後の1994年被爆者援護法においては、いずれもその被害の特殊性から、国籍条項が置かれていなかった。但し、被爆者健康手帳の交付に当たっては日本国内に居住していなければならないとする「居住要件」が課されていた。しかし、密入国した上で交付申請した者に対して、不交付処分をした事案に関し、1974年の福岡地裁判決は「経緯はどうあれ、現在する限りは交付しなければならない」として、当該処分を取り消した。近年「被爆者はどこにいても被爆者」とする近年の判断は、被爆者援護に関する諸法制に一貫する理念であったといえよう。その中でなされた「海外に出れば手帳は失効する」旨の1974年厚生省402号通達は、まさに悪意による権利保障の制約であるといえる。戦後の被爆者放置の違法が認定された点は、かかる法の趣旨に照らせば当然であるが、本判決の重要性は、従前の諸判決では棄却されていた慰謝料請求が認容された点にある。
なお、日韓請求権協定に基づく戦前の各請求権の消滅に関して言えば、かかる国際条約によって放棄されたのは国家間の外交的保護権なのであって、個人の請求権それ自体を放棄したわけではないとするシベリア抑留問題に関わる柳井条約局長答弁との整合性をいかに追及すべきか、大きな課題であろう。
今後の課題
本件については、控訴人・被控訴人(国)ともに上告している。それに際し、亡くなった当事者の訴訟の承継をどうするかが、一つの課題である。また、昨今の過去の清算に関する韓国の動向については、戦前の問題のみならず、軍政時代の様々な問題(済州島3・4事件、光州事件、不審死問題など)との関連で、真相を究明しようという運動と関連がある。その一環として捉えることが重要である。
(文責:李嘉永)