〈第一報告〉 全体的な特徴を中心に
今回、収録した差別事件の中には、「法」失効後の運動のあり方を問いかけるものがいくつかあった。
隣保館のデイサービス利用者による差別発言(埼玉県・2002年4月)は、悪意のないものであったとはいえ、利用者に隣保館の意義が伝わっていなかったことが問題である。混住が進むなど、見かけ上、部落と一般地区との垣根がなくなりつつも、特に地方では部落と周辺地域との軋轢を残すところも多く、今後、類似した事件が出てくる可能性がある。
あってはならないはずの公務員による差別事件も悪質なものが多発している。部落内の施設に出向経験を持つ大阪市教育委員会の管理職が部下の女性職員に差別発言を行った事件(2001年12月)の背景として、行政職員の中には「部落の施設に異動することは不幸」という認識があるとも聞く。「法」失効後、同和行政を人権行政の中に埋没させようとする動きが感じられるが、むしろ問われるべきは行政の姿勢だろう。
「事件」として表面化していないが、人権相談の中から見えてくる差別の実態にどう対処するかということは、今後の課題であると考えている。大阪の場合、府人権協会による相談活動が積極的に取り組まれてきており、相談内容をまとめた報告書も発行されているが、府県により温度差があるのも実態だ。本書が全国レベルの相談事例も含めたものになれば、人権擁護法案のカウンターレポート的なものになりうるだろうが…。また、厚生労働省が今年度中に隣保館に寄せられた相談内容を集約する予定である。そこから見えてくるものを問題として提起することができればと思っている。
〈第二報告〉 インターネット上の差別事件を中心に
今年度の大きな特徴は、「地名リスト」の割合が急増したことである。部落解放同盟や法務省からの働きかけにより、掲示板上の地名リストが即刻削除される傾向にあるため、「部落問題大辞典編集用掲示板」など、一見、差別とは分からない題名で自らページを作るケースも。さらに、地区の映像を紹介しているものや、人権に関わるホームページに掲載されている、過去の劣悪な環境の画像をリンクして地名を特定しているものなど、カメラ付き携帯電話の普及などを背景に、画像による詳細な情報提供が増えていることも特筆すべき点だ。当方に寄せられた相談の中には、掲示板のリストを身元調査に利用され結婚が破談になったなどの実被害を受けた例もあった。
また、掲示板上での地名リストは、『部落地名総鑑』を共有する形といえるが、「WINMX」というソフトを使えば、情報が表面に現れない状態で個人と個人の間で情報のやり取りが可能になる。「商売」としての『部落地名総鑑』がインターネット上で再現される危険性がある。
こういった差別表現を削除するだけでなく、人権情報を発信していくことはひとつの有効な対処方法だ。実際に、奈良県で「インターネット掲示板差別書き込みについて考えるプロジェクト会議」発足の報道後、差別的な内容を批判する書き込みが見られた。こうした動きを広げていくとともに、個人や団体レベルでの情報発信や啓発の取り組みをネットワーク化することの必要性を痛感している。