調査研究

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2005.03.08
部会・研究会活動 <人権部会>
 
人権部会・学習会報告
2005年1月13日
インターネット掲示板差別書き込み事象に対する
奈良の取り組みについて

中野博章・松田量善
(奈良県「インターネット掲示板差別書き込み込みについて考えるプロジェクト会議」)

はじめに

 奈良県では、部落差別をはじめあらゆる差別を許さず、人権確立社会の実現に向けてさまざまな取り組みがおこなわれてきたが、1985年2月に開催された第1回広域同和教育推進懇談会での問題提起を起点に、奈良県独自の推進スタイルが確立され、それが1988年の奈良県市町村同和問題啓発活動推進本部連絡協議会(「啓発連協」)の結成と、その推進体制を堅持しながら、「啓発」「教育」「運動」の3領域の連携のもとでの活動が取り組まれている。

「プロジェクト会議」設立の経緯と取り組み

 ここ数年来のインターネット掲示板上の極めて陰湿かつ悪質な差別書き込みに対して、行政啓発を担う立場から「啓発連協」の専門部会で議論と検討が進められ、2001年12月の設立準備会を経て、2002年2月5日に「インターネット掲示板差別書き込みについて考えるプロジェクト会議」が立ち上げられた。

 インターネット掲示板上で、部落差別撤廃に向けてこれまで進められてきた奈良の取り組みや成果を中心とした情報の発信と、差別書き込みに対する啓発活動に取り組むことを目的として、その賛同者、約80人でスタートした(現在は約150名の登録者)。以来、学習会の定期的開催と、問題掲示板の動向把握ならびに分析などの情報についての関係機関や団体等との共有化を図ってきた。また、人権問題地区別懇談会等の研修会・学習会などへの関係資料の提供や参加体験型学習用教材の開発と実施、県内外関係機関との情報交換などに取り組んできた。

インターネット・ステーションの設置

 2002年度の「プロジェクト会議」の活動総括で、「プロジェクト会議」といいながらも個人宅のパソコンを使用しており、「メンバーが安心して活動できる拠点の設置」という問題提起があった。これをうけて2003年4月、「インターネット・ステーション」を奈良県などの協力も得て設置した。そして、現在5人1組で1チーム、計50チームがローテーションを組み毎週月曜日と金曜日にインターネット上の差別書き込み等の実態把握や啓発活動をおこない、実態把握の中で問題のある書き込みについては、グループ内で検討している。

これまでの活動から

 「プロジェクト会議」では、(1)これまでに「プロジェクト会議」が把握している9掲示板で、(2)2001年6月18日から2003年2月10日までの期間に、(3)「奈良県内に関するスレッド」を設けている48スレッドについて、差別書き込み事象の実態把握を試みた。結果、調査した1万1637件の書き込みのうち、(1)明らかに差別的な意図をもって誹謗・中傷したもの(1418件)、(2)明確な差別的表現ではないが掲示板の性格や前後の記事からして悪意が感じ取れるもの(952件)の2370件を問題ありと判断した。なお、(1)の1418件のうち76%にあたる1075件が部落差別に関わる内容だった。

 インターネット上で問題のある掲示板の件数についての全般的傾向として、マスコミがその時々取り上げている時事的な内容に左右されるということがあり、今回の調査の数値についてとくに論じることはあまり意味がないと考えている。しかしながら、部落差別等に関する悪質な書き込みは紛れもない事実であり、「部落差別は厳しく存在する」ということの裏付けである。

差別書き込みの犯人像考察

 一連の差別書き込みの犯人の特定は、憲法で保障する「表現の自由」および「通信の秘密」というハードルと、「プロバイダー法」等、現行法の限界から困難な状況にあるが、これまでの取り組みから犯人像についてそれぞれ重なる部分も含めて、差別扇動者、確信犯、愉快犯等、5つの分類が考えられる。「プロジェクト会議」では、「愉快犯」に対する「過剰反応」は得策ではないと考えている。問題は、「差別扇動者」ならびに「確信犯」であり、これに対しては「法的対抗措置」を含めた毅然とした対応の必要がある。しかしながら、もっと大切なことは、こういった者への対応に全力を注ぐことではなく、むしろ「黙ってみている人びと」に対する心に響く啓発メッセージであると考えている。

シンポジウムの開催から

 2004年6月、奈良県橿原市でおこなわれた全同教・分野別「社会教育」集会の2日目に「これでいいのか『表現の自由』-何でもありのインターネット掲示板を斬る」と題したシンポジウムが開催され、インターネット掲示板上の差別書き込みを許さない全国的なネットワークの構築と、法的整備の運動の盛り上げなど、5つの決議が採択された。この5つの決議こそ「プロジェクト会議」「インターネット・ステーション」に関わる私たちの課題そのものであると捉えている。

今後の展望

 シンポジウムの「5つの決議」の具体化の取り組みを進めている。それは、これまでの取り組みとあわせて、インターネット上の人権意識を広めるための県民を対象とした無料の「IT講座」の開催であり、現在検討中のインターネットを使った「人権相談所」の開設である。さらに「プロジェクト会議」の拡大・充実とあわせて全国ネットも展望して、私たちが担う「行政啓発」の進展に供していきたいと考えている。

(松下龍仁)