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企業部会・学習会報告
2001年12月

企業と人権をめぐるグローバルな動き

梅田 徹

グローバル・コンパクトの提唱

 1999年1月、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムに招かれたコフィ・アナン国連事務総長は、世界的な企業の代表らを前にして、国連諸機関と企業との間の提携関係を追求するための新しい枠組みとして「グローバル・コンパクト」を提唱した。

 それは、人権、労働、環境の3つの分野において社会的責任を果たすことを企業に求めるとともに、そうした企業の取り組みを国連としても支援する一方で、企業も国連諸機関の活動に協力する枠組みを構築する構想であった。具体的には、それは、つぎの9つの原則をベースとしている。

 原則1 国際的に宣言された人権の保護を支持し尊重する
 原則2 企業自身が確実に人権弾圧に荷担しないようにする
 原則3 結社の自由および集団交渉の権利を実質的に承認する
 原則4 あらゆる形態の強制労働を撤廃する
 原則5 児童労働を実質的に廃止する
 原則6 雇用および職業に関する差別を撤廃する
 原則7 環境上の課題に対する予防的な取り組みを支持する
 原則8 環境に対するより大きな責任を負うための取り組みを行う
 原則9 環境に優しい技術の開発および普及を奨励する

 グローバル・コンパクトの提唱は、企業、とくに多国籍企業に対する国連の対処の仕方が大きく転換したことを意味する。国連の以前のやり方の背後には、政府間組織が作成した規則を企業に押し付けることで企業行動を規制できるとの判断があったように思える。もちろん企業の規制はそれほど簡単に実現できなかった。

 それに対して、今回のグローバル・コンパクトによる国連の対応は、企業の本質を見抜き、アメとムチを使い分けることによって、人権、労働、環境の分野において国連が達成しようとしている目標に企業の力を活用しようとする、ある意味で画期的な取り組みである(1)。

 いずれにしても、まず、ここでは、グローバル・コンパクトの発表によって、国連自身が人権の保護、促進に対する企業の責任を明確に打ち出した点に注目しておきたい。

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企業のための行動規範(1)

 企業に人権尊重を求める動きとしては、グローバル・コンパクトは、必ずしも新しいものではなかった。すでに1990年代半ばには、人権尊重、労働者の権利を企業が守るべき行動規範に掲げる動きがあった。

 1995年5月、米国政府が発表したモデル・ビジネス原則はそうした行動規範のうちではおそらく最初のものであろう。これは、労働省の調査によって、海外で事業を展開している米国系のアパレル企業による搾取労働の実態をつかんだ政府が、企業綱領に盛り込むべき要素を掲げた、いわば「ひな型」である。

 このなかには、(1)安全で健康な職場の提供、(2)児童労働、強制労働の回避、差別の回避、結社の自由、団体交渉権を含む公正な労働環境といった項目が含まれた。

 クリントン政権の肩入れによって1996年に結成された、「アパレル業界パートナーシップ」(AIP)も、1997年4月、「職場行動規範」を発表した。アパレル業界企業、労働組合、消費者、宗教団体、人権団体からなるこの団体の「行動規範」には、強制労働の禁止、児童労働の禁止、ハラスメント・虐待の禁止、結社の自由・団体交渉権などの要素が含まれた。

 AIPは、その後、意見対立による一部の団体の脱退などを経て、1998年11月、非営利団体「公正労働協会」(FLA)へと発展し、現在では、FLAが右の「規範」遵守を監視する任務を引き受けている(2)。

 同じ頃、欧州では衣料品産業の労働環境改善を目標に掲げた「クリーン・クロース・キャンペーン」(CCC)が同じような行動規範を公表していた。CCCは、消費者団体、労働組合、人権団体、研究者、活動家からなる連合体であり、西欧諸国で幅広く運動を展開している国際的ネットワークである(3)。

 そのほか、中南米および一部のアジア諸国におけるアパレル業界団体のネットワークであるWRAPも、98年に「ラップ原則」を策定している(4)。

 右のように、少なくともアパレル業界においては、人権と労働に関する企業の責任を明確化する動きはかなり広まった。さらに、内容的にも、企業が遵守すべき基本的な要素は、ほぼ固まってきた感がある。
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企業のための行動規範(2)

 ほかの産業分野では、必ずしもこうした統一的な動きがあるわけではないが、いくつかの産業横断的なイニシアティブがある。そのうちの3つを指摘しておこう。

 ひとつは、国際自由労働組合連盟(ICFTU)が1997年12月に策定した「基本的規範」である。内容的にはCCCの行動規範と変わらないが、産業横断的に適用されるところに違いがある。また、英国発祥の「エシカル・トレーディング・イニシアティブ(ETI)」が2000年1月に発表した「基本綱領」にも、基本的に同じような要素が盛り込まれている(5)。

 2つめは、1997年10月、米国の経済優先順位研究所が中心となってつくった労働規格SA8000である。これは、とくに、人権と労働の分野において企業が満たすべき基準を設定し、その基準を満たしている企業は、申請すれば、登録審査機関による審査を経て、認証を与えられる仕組みを指す。

 その基準の中には、(1)児童労働の使用の禁止、(2)強制労働の使用の禁止、(3)健康で安全な職場、(4)結社の自由、団体交渉権、(5)差別の禁止、(6)体罰、精神的・肉体的強制の禁止、(7)適切な労働時間の遵守、(8)適切な賃金補償などの要素が含まれている(6)。

 3つめの動きは、NGOが主体的に企業のための人権行動規範を作成し、活用していることである。1998年1月、アムネスティ・インターナショナルが「企業のための人権諸原則」を公表した。

 「企業は、人権が理解され尊重されるような環境を創設することに協力すべきである」とするほか、必要な場合には受け入れ国で積極的に行動することを奨励しているところなどに、その特徴が見られる(7)。

 ほかに、同じ年の11月に策定された、アジア地域の市民団体や労働団体などが発表した「多国籍企業に関するアジアNGO憲章」、さらには、NGOではないが、1999年11月、レオン・H・サリバン牧師が国連で発表した「グローバル・サリバン原則」などがある(8)。

 以上のように、人権、労働権に関して企業の責任を明確にする動きは、各種の行動規範策定という形にはっきりと現れている。実際、すでにかなり多くの行動規範が公表されているため、「規範疲れ」(code fatigue)を指摘する声も出ている。そのため、最近では、こうした行動規範の統一性、包括性をいかに確保し、また、いかに権威づけるかといったところに焦点が移行しつつある。
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企業のための統一的な人権行動規範の模索

 包括性または権威という点では、国際機関が発効する文書のほうが、各種団体が発行するものよりも、ある意味で高く評価されるかもしれない。

 国連では、1999年、社会経済理事会のなかの人権委員会の下にある人権促進保護小委員会において、企業のための人権行動規範づくりが開始された。同小委員会のなかに、多国籍企業の行動様式と活動を検討するための作業部会が設置され、そこで草案作成努力が続けられている(9)。

 今年6月には、「企業のための普遍的人権ガイドライン草案」が公表された。この草案の中でとりわけ注目されるのは、企業の人権責任が国家の責任を補完する形で「一般的義務」として位置付けられたことである。

 政府が、国際的に承認された人権を尊重し、それに対する尊重を確保し、また、促進する主要な義務を負うのに対し、企業もまた、自身のそれぞれの活動および影響力の範囲内で国際的人権を尊重し、それに対する尊重を確保し、また、促進する義務を負う。

 また、この草案は、人権に対する責任にとどまらず、消費者の保護、環境保護を含む企業の社会的責任についても規定している。このことは、草案が企業行動全般を規律する包括的な内容の文書であることを窺わせる。

 また、戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイドなどへの関与の禁止が謳われていることも、特徴的である。国連の場で議論された文書であればこそ盛り込まれた項目であろう。

 このほか、欧州連合でも、企業のための行動規範を作成する動きが進んでいる。1999年1月、欧州議会は、開発途上国で事業展開する欧州企業を規制する、法的拘束力のある枠組みを創設する決議を採択した。

 その枠組みのなかには、世界人権宣言や国際労働機関の諸条約に規定された原則を盛り込んだ「欧州モデル行動規範」、ならびに苦情処理、救済手続等を備えた「欧州監視綱領」が含まれる予定である(10)。
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「実施」における新たな展開

 国際機関で採択された文書がいかに権威を有しているとしても、それだけではコンプライアンス(規範遵守)を確保することはできない。コンプライアンスを確保するためには何らかのメカニズムが準備されていなければならない。これが、いわゆる「実施」の問題である。

 「企業のための普遍的人権ガイドライン草案」は、それ自身のなかに、「実施」に関する規定を含んでいる。草案は、ガイドラインの遵守、監視活動などを企業の責任として規定しているが、肝心の企業がそれを遵守しない場合には、どのような制裁が加えられるのか。草案ではそうした全体的な枠組みまでは用意されていない。

 もっとも、それを取り巻くグローバルな環境のなかで、企業のコンプライアンス確保にむけた新たな動きが展開しつつあり、それは、大きく分けて4つの動きがある。

 第1は、NGO、労働組合等諸団体の連合による監視活動である。たとえば、FLAは、監視の規則を定め、参加企業が「規範」を遵守しているかどうかを監視する仕組みを作り上げている。この方式の特徴は、規範遵守を期待される企業とそれを監視するNGOとの間であらかじめ合意が成立しているという点である。

 合意が基礎となっているため、参加企業の側においてNGOの監視を受け入れることに対する抵抗は少ない。実際、FLAは、監視活動を通じて、ナイキのメキシコにおける工場が従業員の団結の自由を認めていない「規範」違反の事実を突き止め、ナイキ側に改善を求めた例が報告されている。こうした合意を基礎としたフォーマルな監視活動は、CCC、ETI、WRAPなどのほかの団体(連合体)でも実施されている。

 第2は、右のような事前の合意を前提としない、NGOによる監視活動およびボイコット運動である。軍事政権による人権弾圧が続いているミャンマーに投資する企業に対して、「自由ビルマ連合」などのNGOが消費者に対象企業の製品を購入しないよう呼びかけている方式がこれである。

 このような消費者ボイコット運動の結果、すでに多数の米国系企業がミャンマーから資本を引き上げたという評価もある。現在では、多数のNGOがグローバルなネットワークを利用して、企業監視を強めている。日本企業でも、スズキ自動車や三菱商事などがボイコットの標的とされている(11)。

 第3は、SA8000に代表される認証制度である。認証制度は、そのものが企業の取り組みのインセンティブを提供する。一方、この制度の下では、認証を取得していながら基準違反が発覚した企業は、認証の取り消しなどの不利益を被る。それがひとつのサンクション(制裁)となる。そうした仕組みが全体として基準の「実施」側面を構成していると考えられる。

 そのほか、SA8000に含まれるような実体的な規範規定を含んではいないものの、本誌136号でも紹介された、手続的に企業のコンプライアンスを確保するために提案された規格ECS2000、あるいは、社会的責任投資に関するR-BEC001なども、企業のための人権規範の実施側面をサポートするものになるであろう(12)。

 第4は、外国で起こった人権関連事件について、企業の本国を法廷地とする民事訴訟が提起されるようになってきていることである。とりわけ、米国の「外国人不法行為請求法」に基づいて米国の連邦裁判所に提起される民事訴訟事件は、1990年代に入ってから増加している。

 この法律は、国際法違反を構成する人権侵害について米連邦裁判所に管轄権があることを認めている。たとえば、1997年、ミャンマーの難民らが石油産業のユノカル(UNOCAL)を相手取ってニューヨークの連邦地裁に提起した損害賠償請求訴訟で、裁判所は、2000年3月、原告の訴えを退ける判決を下したものの、この種の事件における裁判所の管轄権を認めた。

 そのほか、同じようなケースでは、シェル石油が、ナイジェリアで行ったとされる人権弾圧関与について、米国の裁判所で訴えを提起されている。シェブロンも、ナイジェリア政府の人権弾圧に関与したとして米国内で訴訟を提起されている(13)。

 右の4つの動きは、それぞれ独立に展開しているため、相互の間には必ずしも統一性、一貫性がみられるわけではない。しかし、それらは、全体としてみた場合、企業のための人権規範・基準の「実施」メカニズムを構成する重要な部分とみなすことができる。
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日本企業にとっての課題

 人権尊重、人権保護・促進に関する企業の責任を追及するグローバルな動きは、ひとつの大きなうねりとなりつつある。NGOは企業行動に対する監視を強めている。国内に限ってみても、NGOの活動は影響力を行使しはじめている。

 また、主要企業においては、外国人株主の比率も高くなってきており、議決権を行使して人権基準を遵守させようとする動きも出てくる可能性がある。いずれにしても、人権の分野において企業の社会的責任を求める動きは今後いっそう強くなることが予想される。

 日本企業の取り組みはどうであろうか。1996年に経団連が改定した「企業行動憲章」は企業の社会的責任を明確に表明したが、人権や労働者の権利についてはほとんど触れていない。各社が発表している倫理綱領についても同じことがいえる。国連のグローバル・コンパクトに参加表明した企業もきわめて少ない。

 この分野においては、いっそう前向きな取り組みが日本企業に求められる。人権は、いまや企業にとっての次なる前線なのである。
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(注)

(1)グローバル・コンパクトは原則や理念の表明だけではなく、国連との間で結ぶ事実上の契約という意味をも持ち合わせている。シェル石油、シーメンス、ナイキ、ボルボなどの主要なグローバル企業が事務総長の提案に賛同し、国連との間で合意書に署名している。

 もっとも、グローバル・コンパクトについては、一部のNGOの間から、過去に問題を起こした企業は免責されるかの印象を与えるとか、企業の取り組みを監視する仕組みを欠いている、あるいはガイドラインの中身が漠然としすぎている、といった批判が出されている。グローバル・コンパクトのウェブ・サイト等を参照。

(2)FLAの行動規範については、団体のウェブサイトによるほか、つぎを参照。
 Oliver F. Williams, ed., Global Codes of Conduct: an Idea Whose Time Has Come(University of Notre Dome Press, 2000).

(3)Clean Clothes Campaiign,?Code of Labour Practices for the Apparel Industry including Sportwear?(Feb. 1998),?

(4)Worldwide Responsible Apparel Production Principles (WRAP Principles),?

(5)Ethical Trading Initiative, Base Code,?


(6)SA8000については、斉藤槙『企業評価の新しいモノサシ』生産性出版、239―242頁参照。SA8000のサイト


(7)Amnesty International, ?Human Rights Principles for Companies??

(8)サリバン牧師は、南アフリカのアパルトヘイトを止めさせる圧力を形成するために、1977年に「サリバン原則」を発表しアメリカ企業に採用を求めた。これが企業の資本撤退につながるなど、一定の成功を納めたとする評価がある。

 「グローバル・サリバン原則」は、この「サリバン原則」を世界的なコンテクストに応用しようとするものである。普遍的な人権に対する支持、平等な機会の促進、児童の搾取・体罰の禁止、集会・結社の自由の尊重をはじめとする人権・労働要素が盛り込まれている。
http://tigger.stthomas.edu/mccr/SullivanPrinciples.htm

(9)草案は以下を参照。UN Doc. E/CN.4/Sub.2/2001/ WG.2/WP.1/Add.1(2001)

(10)Report on EU standards for European Enterprises operating in developing countires: towards a European Code of Conduct(17 Dec. 1998)


(11)斉藤槙『企業評価の新しいモノサシ』生産性出版、27―29頁。

(12)高 巌「企業倫理をめぐる日本企業の現状と課題」『部落解放研究』第136号。51頁以下。

(13)米国を法廷地とする人権侵害訴訟については、つぎの文献等を参照。
Beth Stephens,?Corporate Accountablity: International Human Rights Litigation against Corporations in US Courts,? in Kamming, et al., ed., Liability of Multinational Corporations under International Law (Kluwer Law International, 2000).

(部落解放研究142号より)

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