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企業部会・学習会報告
2001.3.27

企業が見える新しいモノサシ

斎藤 槙 (社会責任コンサルタント)

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CEP(経済優先順位研究所)について

 CEPを設立したアリス・テッパーマーリンは、30年ほど前、証券アナリストとしてウォール街で働いていた。当時は、ベトナム戦争中で、ユダヤ系投資家たちから「軍事産業に携わっていない企業のリストが欲しい」と、リクエストがあり、そのリストをニューヨーク・タイムスで広告すると企業や投資家から600件もの問い合わせがあった。社会責任を調べる組織の必要性を感じた彼女は、3万ドルを集め、20人のボランティアを募集して、NYにCEPの事務所を開設した。

CEPの企業評価

 当初は、環境汚染について調査をしていたが、現在は、以下の7つの指標で企業を評価している。

  1. 環境保護度:有害物質の排出量、環境法の遵守度、環境マネジメントシステムの有無。
  2. 女性の働きやすさ:女性の地位、数、地位向上のための教育プログラム、女性がオーナーのサプライヤーとの取引の有無。
  3. マイノリティの働きやすさ:マイノリティの地位、数、地位向上のための教育プログラム、マイノリティがオーナーのサプライヤーとの取引の有無。
  4. 寄付行為:お金だけでなく備品、サービスの提供も含んでいる。
  5. ファミリー重視度:仕事と家庭が両立するためのプログラム、育児支援、介護支援、フレックスタイムなどの有無。
  6. 労働環境への配慮度:保険制度、年金、ボーナス、教育制度の有無。労働法の遵守など。
  7. 情報公開:上記の6つの情報が公開されているかなど。

 企業へのアンケート調査の結果を1次情報とし、同時に、政府、雑誌、新聞、インターネットで公開されている情報やNGOなどの専門家による報告を2次情報として、これらを併せて分析・評価している。また、同じ産業内の相対評価として、企業の行動全体についてA〜Fで格付けしている。これらは、投資家や消費者、経営者、就職活動の人などをターゲットにしている。

『Shopping for a Better World』

 88年からは、消費者を対象にした買い物ガイド「Shopping for a Better World」を発行している。アメリカでは、当時から100万部が発行された。この本には、生活用品2000品目をつくる約200社が、格付けされており、商品を購入する際の参考として使われている。

 また、「コーポレート・レポート・カード」という本もあり、会社の成績表として投資や就職の参考にされている。

 日本においても朝日新聞文化財団が、「有力企業の社会貢献度」を毎年発行し、独自に企業倫理の取り組みや障害者雇用率などを含めて評価している。

このような企業の格付けや情報公開のインパクトは何か?社会貢献活動を果たしている優良企業には、より多くのファンがつき、サポートする動きが拡がることになり、そうではない企業には、変わらざるを得ない仕組みをつくることになる。優良企業をサポートする消費者、投資家などの買い物や会社選びの一つひとつの行動が、社会を健全化する原動力になっていく。

 また、企業にとって「コスト」と考えられていた環境や社会に対する取り組みが、「競争力」にもなっている。CEPが高い格付けをしている企業の多くは、フォーチュン誌が毎年発表している「もっとも賞賛すべき米国企業」と重なり、投資収益が高いという結果も出ている。

 CEPは、企業の格付けを通じて、その判断を市場に仰ぐ場の提供をしている。そして、最終的には、社会的責任を果たしている企業が、評価され健全な市場や社会がつくられることを目指している。

SA8000

 CEPでは、最近、ISO14000や9000をもとに、さまざまなNPOや企業、学者の参加を得て、SA8000(社会説明責任8000)という労働に関する規格を作成した。特に発展途上国における工場での、低賃金労働や児童労働など過酷な労働環境の改善と向上を目指している。

 アメリカやヨーロッパでは、非人道的な企業に対し、多くの消費者からEメールなどで抗議が寄せられ、不買運動が行われる。例えば、ナイキは、そのことで大学などで不買運動が起こり、訴訟問題にまで発展した。その後、フィルナイト会長が、自ら改革をおこない、最近のCEPがおこなう労働環境の格付けでは、Aの評価を得るまでになっている。

 こうしたことから、SA8000を取得しているか、また、そこにあげられた項目を意識した行動を心がけているか、が企業を評価する指標となってきている。

消費者行動

 最近の消費者は、「商品の質」や「環境への配慮」以外にも「人道や人権への配慮」へ関心の領域が拡がってきている。

消費行動をデータでみると、同じ商品なら社会的評価の高い企業を選ぶと答えた消費者は、88%であった。また、20ドルの衣服を購入する場合、非人道的な労働環境でつくられていない商品なら、1ドル高くても買うという消費者は、84% であった。

このように、「経済の軸」だけでなく、「社会の軸」という二つの軸で消費者は、企業を評価している。また、CEPの格付けの項目は、そのような消費者のニーズを反映したものであるといえる。

企業のメリット

 企業にとって、社会責任を果たすことで得られるプラス効果は、ステークホルダーとの関係が良好になる。リスクの回避ができる。競合他社との違いが明確になり、優位性をしめすことができる。そのことで、ブランドイメージの確立、企業評価の向上、その結果として、利益の増加につながる可能性があるということである。

 さまざまな調査機関による調査でも、社会責任を果たし、それを公表している企業の方がより高い収益を得ている。

 また、投資においてもSRI(社会責任投資)の方が、投資収益が高いという結果がでている。

 SRIファンドは、欧米において、さまざまな団体の、それぞれの価値観に基づいて設けられており、企業を取り巻く関係者たちの「価値観の鏡」といえる。日本でも環境にやさしい企業に投資するエコファンドや社会貢献ファンドなどが注目を集めているが、今後、倫理ファンドなどのファンドもでてくることが望まれる。

今後の課題

 現在、社会責任は、定義があいまいであり、会計システムも統一した基準が整っていない。実際には、各企業が、それぞれの尺度で取り組んでいる状況にある。これからは、だれもが共有できる社会会計システムの開発などが求められる。

社会責任の背景

 社会責任の考え方が出てきた背景として、4つ挙げることができる。

 一つ目には、企業のグローバル化があげられる。企業の活動が多くの地域、国、人種にまたがり、国外にある委託工場につとめる従業員の職場環境にも配慮しなければならなくなっている。たとえば、95年度の経済力ランキングという国のGDPと企業の売り上げを経済力の指標として比較しているレポートがある。1位アメリカ、2位日本、3位ドイツと国が続くが、22位からは、三菱商事、三井物産、伊藤忠がでてくる。その他にも日本企業でいえば、トヨタ、日立、NTT、松下がでてくるが、これらの企業は、シンガポールやイラン、ベネズエラよりも経済力がある。

 このように多国籍企業は、世界的にも大きな経済組織であるといえる。そして、それらが一部の先進国に集中しているのが、現状である。このような中で、企業が経済活動だけをしていてもいいのか、ということが問われてきた。

 二つ目には、99年スイスで行われた世界経済フォーラムで、アナン国連事務総長が、企業の経営者に人権、労働、環境に配慮した企業活動を行うようにと呼びかけた。また、2000年には、国連、NPO、50の多国籍企業による「グローバル・コンパクト」という人権、労働、環境に配慮した企業活動をもとめる協定が結ばれた。

 このことは、これまで政府の役割と考えられていたものを、国連が企業に期待しはじめたといえる。

 三つ目には、消費者の行動の変化があげられる。最近のNGO、NPOの活動の活発化やインターネットの普及で、消費者と企業の関係が対等になりつつある。たとえば、インターネット上に告発サイトが増えてきていることなど、今後、消費者がより能動的になることが予想される。

 アメリカで話題になっているインターネット上にあるNPO、コーポレートウォッチは、多国籍企業の環境や労働条件などの取り組みをチェックし、公開している。また、問題企業の分析もおこなっている。(英語:http://www.corpwatch.org 日本語:http://www.corpwatch-jp.org

 四つ目には、企業間の競争の激化があげられる。技術の向上で、商品やサービスに優劣をつけにくくなり、その背景にある、企業の姿勢やいかに企業がステークホルダーの価値観やニーズに対応しているかが、問われはじめている。そして、企業にとって、企業評価を高め、維持していくことが非常に重要になってきている。

社会責任とマーケティング

 これまでの企業の論理は、「消費者に対して良いモノを作り、良いサービスを提供すること」であった。しかしそれは、企業が消費者に対して、「良しとする価値観を一方的に伝えること」であった。インターネットなどを通じてステークホルダーが企業と双方向のコミュニケーションを行なうようになった現在、どのようにして企業とステークホルダーの「共通の価値観」を作っていくかが鍵になっている。

 世界でもトップレベルの衣料メーカーであるリーバイ・ストラウス社のロバート・ハース会長は「今後、ビジネスを動かすのは企業とステークホルダーの共通の価値観だ」と言い切る。また、ウォーカー調査会社によると、社会評価の高い企業とそうでない企業が同レベルの商品あるいはサービスを提供している場合、前者を選択すると答えている消費者が全体の88%(確実にそうすると回答した人47%と多分そうすると回答した人41%の合計)に及ぶといった結果が出ている。

 こうした結果からも、ステークホルダーが価値観を共有できる企業を評価し、支持することは明らかである。この共通の価値観は企業理念や哲学がベースになっており、企業とステークホルダーの対話、双方向のコミュニケ−ションと、長期的な関係を通じて醸成される。

 また、マーケティング戦略を考える上で、企業はステークホルダーに「どのように認識されるべきなのか」というイメージの確立を行わなければならない。そのイメージには、いかに企業とステークホルダーの共通の価値観が反映されているか(=社会責任をいかに果たしている企業であるか)が問われる。両者に共通する価値観をもとにつくられた企業のイメージやメッセージは、情報公開のプロセスをへて、マーケットの拡大に貢献し、ブランドを確立、企業評価の向上と増収益を確実にもたらす。

 イギリスのサーチ・アンド・サーチの「ブランドスピリッツ」という本のなかで、50年代は、合理性に訴えればモノは売れ、企業は評価されていた。70年代は、感情に訴えればよかった。しかし、90年代には、ステークホルダーの倫理観や魂に訴えられるメッセージや企業の姿勢が大切であるとしている。

企業とマイノリティ

 アメリカにおいては、これまで白人の男性以外を雇用することは、効率が下がると考えられていた。しかし、最近では、多様性、マイノリティを重視することが非常に注目されている。多様な人々を雇用する方が、収益につながる、あるいはコストを削減できると考えられている。

 具体的には、多様な人たちがいることで、市場のニーズに対応できる。新しい顧客や市場を開拓できる。クライアントとの関係が良好になる。その結果、企業評価が高まり、良い人材が集まる。コスト削減という点では、離職率を押さえられ、愛社精神が高まり、従業員が定着する、といわれている。

また、98年のマイノリティを多く雇用しているトップ企業50社とS&P500社との投資収益を比較した調査では、前者の方が投資収益が高いという結果がでている。つまり、マイノリティを雇用することは正しいだけでなく、企業の立場からいえば、資金調達しやすくなる可能性があることが証明されている。

アメリカのマイノリティの現状

 マイノリティを雇用する米国企業トップ100社の内、取締役クラスにマイノリティが一人以上いる企業は、98年では55%であったが、2000年度では65%に増加している。また、ハーバードビジネススクールのマイノリティの卒業生は、90年代では8人に1人であったが、最近では5人に1人に増えている。

 しかし一方で、コロンビア大学の調査では、45%のマイノリティ経営陣は、差別の対象になったことがあると感じている。また、アジア人の場合、リーダーには、ならせてもらえない。マイノリティは、大きなプロジェクトから外されるなど、60%の人がダブルスタンダードが存在し、企業は、もっと差別をなくすために努力して欲しいといっている。

別のコンサルティング会社の調査では、「今の仕事の満足度」や「今の会社の従業員であることの満足度」については、黒人も白人も違いは見られないが、「自分の実力にあわせて給料が上がるか」という質問には、白人は50%がYesであるのに対し、黒人は35%しかいない。そして、「十分な給料をもらっているか」という質問でも、白人と黒人では差があらわれている。

 以上のことから、昔にくらべれば差別は改善されたが、現在の課題は、あとどのくらい改善されればマイノリティは、ハッピーになれるか、マイノリティが望んでいる条件を企業は提供しているかという点である。

マイノリティを大事にしている企業

2000年に行われたCEPとフォーチュン誌による「マイノリティを大事にしている企業の調査」では、ニューヨークとサンフランシスコにある企業がもっとも多様化が進んでいることが明らかにされた。

 この調査で、1位になったデニーズは、94年に黒人のお客を差別したという理由で、60億円の賠償金を払った。しかし、98年には2位に、99年には9位になった。これは、CEOのジム・アダムソンが、熱心に改革に取り組み、全ての従業員が多様化教育を受ける義務がある、としたこと。また、ボーナスの25%が、多様性を大切にしているかどうかの評価で変わってくるという、給料とゴールをリンクさせたことによるといわれている。この結果、従業員の半分がマイノリティとなり、91年には、取締役レベルにマイノリティは0であったが、98年には3分の1に増えた。そして、フランチャイズの35%がマイノリティのオーナーになった。

 リーバイスは、非常に倫理的な会社で有名であり、CEPの格付けでも毎年4点満点中、3.5点以上の超優良企業としてAにランクされている。同社は、従業員の60%以上がマイノリティであり、マイノリティのサプライヤーから買い付けるプログラムを持っている。また、プロジェクト・チェンジというNPOと協力して、メキシコ人の住む貧しい地区において低利子でお金を貸すよう、銀行に働きかけるということをしている。

 他に食品メーカーのドール、銀行のユニオンバンク・カリフォルニア、事務機器メーカーのゼロックス、ホテルのハイアット、レストランのマクドナルドといった企業がマイノリティに対してさまざまな取り組みをおこなっている。

多様化のポイント

 一つには、見せかけや、口先だけの多様化ではなく、マイノリティにとって実力を発揮できる場を提供しているかが大切である。

 二つには、特に管理職に対して、多様性を重要視するインセンティブを与えているか。マイノリティを雇用するベスト50にはいっている会社の内38の会社には、多様性のゴールとボーナスとをリンクさせるプログラムが存在する。

 三つには、トップのコミットメントが重要である。

 四つには、NPOとのパートナーシップが注目されている。お互いが持っているスペシャリティをトレードしあうことで、両者にとってWin−Winな関係を築くことができる。

 五つには、なんといっても教育である。継続した教育により多様性が根付くきっかけになり、原動力となる。

参考書
「企業評価の新しいモノサシー社会責任からみた格付基準」斎藤槙 著 生産性出版