1998年に関西経済連合会(関経連)によって実施された「企業倫理の実践に関するアンケート調査」、並びに2000年9月に行われた米国調査に基づき、企業倫理および企業の社会的責任に関する関西企業の取り組み状況と今後の課題についてご報告をいただいた。
関経連企業と社会委員会では、1997、98年度の2年間、主として企業倫理の実践という観点から、国内外社会との共生を図りつつ、企業の成長・発展を図るための望ましい企業行動のあり方について検討を行った。
委員会ではまず、わが国企業を取り巻く社会経済環境として、 1. 企業絡みの不祥事の続発による企業、経済界に対する不信感の高まり、および 2. グローバル化、メガ・コンペティション(国や産業などの境界を越えた経済競争)の進展、を取り上げ、 1. については、自己責任原則と経済活動ルールに基づく「節度ある企業行動」の実践を、 2. については、自由、公正、透明性等をキーワードとする「世界に通用する企業行動」への変革、を提言した。
また、以上の問題意識から会員企業を対象に、企業倫理の実践に関するアンケート調査と社員に対する意識調査を実施した。なお、ここでいう企業倫理とは、「“公正”(第三者の目から見て許容可能な)、かつ“適正な”(利益があがる)経営を行うための企業内活動」(高 巖・麗澤大学教授)と定義される。
企業倫理の実践に関する企業アンケート
企業アンケートについては、630社中、約200社から回答を得た(調査時点は1998年7月)。倫理綱領を有する企業は51.8%で、策定中が9.6%、策定予定は6.1%であった。業種別では化学、電気機器、保険金融がトップ3。逆に、建設・不動産、卸売・小売業については、策定比率が比較的低かった。
策定時期は、96年度以降に集中していた。これは企業絡みの不祥事が続き、経団連の企業行動憲章や業界団体の倫理規定等が策定・改訂されていった時期と重なる。
倫理綱領の策定・改訂にあって重視した事項としては、96年以降策定の企業の場合、3分の2以上が業界団体の規定や経団連の行動憲章を挙げている。
また、倫理綱領等の策定状況を、他団体による同種の調査と比較してみると、96年の日本経営倫理学会の調査では、倫理綱領を有する企業が22.3%となっていた。それが99年の朝日新聞文化財団のものでは64.3%へと増えてきている。
なお、関経連調査では、倫理教育を定期的に行っている企業は、34.5%となっていた。もっとも、その多くは講義や訓辞など一方通行のものが一般的であった。また、今後の課題としては、「綱領等の周知、徹底およびフォローアップ体制の構築」を挙げる企業が多かった。
企業倫理の実践に関する社員の意識
意識調査には、男性686名、女性111名、計797名から回答をいただいた。自社の倫理綱領に対する認知度を聞いたところ、「綱領があることを知っており、内容も理解している」(綱領認知深)との回答は31.5%であった。他方、「綱領はあるが、その内容はよく覚えていない」は22.7%、「綱領があるかどうか、はっきりとわからない」は15.8%であった。
また、各設問に対する指示度合いを+2〜−2の数字であらわしたところ(+が支持、−が不支持)、「会社は企業倫理を積極的に導入すべき(導入必要)」(1.21)であり、「企業倫理の実践は会社の利益につながるべきである(利益理想)」(0.68)と考えられている。「現実に、企業倫理の実践は会社の利益につながっている(利益現実)」(0.20)も支持されているが、「利益理想」に比べギャップがある。
このほか、「誰が企業倫理の実践に努めなければならないか、あるいは誰に対する教育が必要か」という問いに対しては、トップ(1.71)、管理職(1.11)、一般社員(0.91)のいずれもが支持されている。また、企業倫理を社内へ浸透させるための方策としては、「組織風土の改革」(1.37)を求める声が非常に強い。
回答者の属性による傾向−倫理の実践を阻む「暗黙の圧力」?−
回答者の属性別に意識の差異をみたところ、「26〜35歳」、「女性」、「一般職」、「経理財務」などのグループが、企業倫理に対して比較的冷めた見方をしていることがわかった。
例えば、「26〜35歳」のグループでは、「倫理と利益が結びつく(利益現実)」とはほとんど考えられておらず(0.07)、また、他のグループとは異なり、唯一、「自分の良心に反しても会社の指示なら受け入れざるを得ない(良心反)」との考え方を肯定している(0.14)。
これは、年齢的に、営業の第一線などで最も強く「倫理よりも実績を」という「暗黙の圧力」を受けていることによるのではないかと推察される。
今回の調査ではまた、「綱領の内容をよく理解している」人ほど、より良心に忠実で、企業倫理に前向きな態度をとる傾向にあることがわかった。逆に、「綱領があるのは知っているが、内容をよく知らない」、あるいは「綱領があるかどうか、はっきりとわからない」人ほど、冷めた見方をしている。綱領をつくればそれで終わりというのではなく、そのフォローアップが重要であるということを裏付ける結果となった。
以上のことから、企業倫理に実践に向けた企業の取り組み課題としては、 1. 組織風土の改革、 2. 経営トップのコミットメント、および 3. 倫理綱領の作成と周知・徹底のための教育、の3つが重要である。
社会環境の整備
神戸大学の150名の学生に対して同様の意識調査をしたところ、総じて、社会人より企業倫理について冷めた見方をしていることがわかった。社会や大人の行動が学生の社会に対する見方に反映されているのかもしれない。
企業がいくら倫理が実践されやすい組織風土を作っていこうとしても、そうした取り組みが報われる社会環境がなければ、「正直者がバカを見る」ということになってしまう。個別企業の取り組みに加え、 1. 社会が企業倫理に真摯に取り組む企業を評価する「社会的倫理選好」の形成、 2. 社会へ対して自社の取り組みを知らせ、株主や市民がそれを知るための「倫理ディスクロージャー」の推進、 3. SRI(社会的責任)ファンドなど、実際の消費・投資行動を通じて企業を支援する「社会的倫理支援」体制の整備、が不可欠である。
倫理実践に向けて−『倫理法令遵守マネジメント・システム』構築の提案
関経連では、上記のアンケート調査を受けて1999年に「企業倫理の実践に向けて−『倫理法令遵守マネジメント・システム』構築の提案−」と題する提言をまとめた。この提言は、経営トップ主導を基本とし、 1. 個別企業における倫理法令遵守体制構築の一助となること、 2. 社会レベルにおける倫理改革の推進、 3. 日本が提唱し、リーダーシップをとってグローバル・スタンダードを形成することをめざしており、「計画(Plan)−実施運用(Do)−監査(Check)−見直し(Act)」のサイクルを繰り返すことで、倫理法令遵守の体制を継続的に改善していくための仕組みである。
提言のとりまとめにあたっては、委員会の下部組織であるワーキング・グループ副主査を務めていただいた麗澤大学の高巖教授に種々ご協力いただいた。「倫理法令遵守マネジメント・システム」を構築する上での基本的な要求事項は今日、「ECS2000」として麗澤大学経済研究センター「企業倫理研究プロジェクト」によって提案されており、国際的にも注目されている。
変わる企業評価の尺度と社会的責任ある企業行動の推進
企業と社会委員会では1999、2000年の2年間、企業の社会的責任という観点から、望ましい企業行動のあり方について検討を行うこととし、その一環として、2000年9月に米国調査団を派遣した。
米国では今日、ROE(株主資本利益率)等に基づく「財務的評価」に加え、事業活動のあらゆるプロセスにおいて、いかに社会的公正性や倫理性、環境や地域社会への配慮などが組み込まれているかといった観点からの「社会的評価」も同時に重視されるようになっている。株主利益の最大化だけに目を向けていたのでは、市場社会で評価されない。
たとえば、
- フォーチュン誌は毎年、「最も賞賛される米国企業」番付を公表しているが、この評価基準には、革新性、マネジメントの質等とともに社会的責任が含まれている。
米国における社会的責任投資(SRI: Socially Responsible Investing)は、1984年に400億ドルであったものが1999年には2兆1600億ドル、総運用資産の13%にいたっている。
- ボストンのKLD社では、株価インデックス「ドミニ400ソーシャル・インデックス」の投資スクリーニングでアルコール、ギャンブル等にかかわる企業は「除外スクリーニング」で、また、環境や従業員との関係、コミュニティとのかかわり等については「評価スクリーニング」を行い、成績の良い企業を投資対象としている。日本でも1999年以降、エコファンドや社会貢献ファンド等のSRI型投信が発売され、投資家の関心が高まってきている。
- ニューヨークのCEPというNPOでは、「Shopping for a Better World」という書籍を販売し、環境問題、女性の登用、マイノリティの登用等を評価基準として企業別ランキングを公開しており、商品購入の際の目安として多くの消費者に利用されている。日本においても朝日新聞文化財団が「有力企業の社会貢献度調査」という本で日本企業の「格付け」を発表している。
- 国際規格としては、児童労働や強制労働など、不公正かつ非人道的な労働慣行の撤廃を目的とするSA8000(Social Accountability 8000)や、人権擁護、労働環境の整備、自然環境保護に関してアナン国連事務総長が提唱した「グローバル・コンパクト」など、国際社会では今日、労働・人権分野における企業の社会的責任が問われるようになってきている。
- インターネットの急速な普及に伴い、企業の特に悪い情報や企業評価は瞬時に世界を駆け巡るようになった。「サイバー・コミュニティ」の誕生である。米国では、企業の広報部門にネットワークを監視する担当者がおかれ、インターネット上の風聞まで含めた自社の情報について適時適切な対応をとるという状況になってきている。
企業と地域社会との関わり
わが国ではこれまで、本業の部分でいい商品をより安く販売し、利益をあげることが企業の社会的責任であると考えられてきた。また、メセナやフィランソロピーなどは、本業とは別という考え方が主流であった。
しかし、以上のような社会経済環境の変化を踏まえると、いま求められている社会的責任ある企業行動とは、倫理的価値を尊重し、法令を遵守し、人やコミュニティや環境に配慮した企業経営を行うことであり、多様なステイクホルダー(株主や従業員、顧客だけでなく、コミュニティや環境を含む)に対する責任のバランスをとることが重要となる。
また、これからは自社の取り組みの積極的な情報開示が、企業評価を高め、また、従業員のモラールの向上にもつながると考えられる。
企業と地域社会のかかわり方も、以下のように多様であるが、そうした取り組みを自社の強みを生かす形で戦略的に推進することが重要となっている。
1. 企業の経営資源を活用した社会貢献
- 金銭的寄付による社会貢献(マッチング・ギフトを含む)
- 施設・人材などを活用した社会貢献
- 本来業務・専門技術を活用した社会貢献(CRM:コーズ・リレーテッド・マーケティングを含む)
2. 社会的商品・サービス・事業の開発
(たとえば、バリアフリー商品の開発)
3. 経営活動のプロセスに社会的公正性、倫理性、環境への配慮等を組み入れる
(たとえば、途上国で劣悪な職場環境での労働をさせない。製品自体が環境に優しくても、製造段階でエネルギーを使っていては本当に環境に優しいとは言えない。)
企業と経済的責任と社会的責任
企業の社会的責任を考える場合、企業活動の土台となる基礎的部分には、経済的責任があり、これには雇用や納税、よりよい商品をより安く提供するといったことが含まれる。その上に、社会的責任として、 1. 法令遵守や企業倫理、情報公開、 2. 社会貢献活動やメセナ、 3. さまざまなステイクホルダーとの互恵的なWin−Winの関係の戦略的構築、というトータルな取り組みが問われている。このうち、法令遵守や企業倫理の部分がきちんとできていないと、社会貢献活動やステイクホルダーとのWin-Winの関係構築努力も水泡に帰してしまう。
おわりに
企業倫理を考える中で大事なことは、個人も組織も決して完全ではないという認識をもつことにあると考える。だからこそ、何か起きたときに迅速に対応できる仕組み、できるだけ起きないようにする仕組み、正直者が報われる仕組みを個人のレベル、企業のレベル、社会のレベルで考えていくことが重要となる。
このうち、企業のレベルの取り組みとしては、いかに価値観の共有を図るかが重要な課題となる。そのためには、社是・社訓、企業理念等に示された、企業が重視する価値観をベースに、倫理綱領その他の仕組みを体系的に整備していくことが必要であろう。
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参考文献
社団法人 関西経済連合会 企業と社会委員会
「企業倫理の実践に関するアンケート調査報告書」(1998年10月)
「企業と社会委員会 米国調査団 報告書」(2000年11月)