●企業と人権
「企業と人権」というテーマは、90年代前半まではほとんど意識されていなかった。94、5年から欧米で問題となり始めたが、その要因の1つは、グローバリゼーションであった。企業のネットワーク自体がグローバル化し、また、インターネットの普及にともない情報空間そのものが小さくなった。そのことがNGOに対して大きなインパクトを与えた。
2つめの要因は、「企業の社会的責任」が問題となったことである。アメリカでは、70年代から関心は高かったが、90年代に入り、ヨーロッパや日本でも「企業は社会的な存在であり、社会に対して非常に大きな影響を与える」という考え方が広がり、浸透し始めた。
3つめは、市民社会の連帯である。世界中の人権NGOが、グローバルなネットワークを形成してる。そして、政府の行動をインターネットで流したり、政府に対して抗議行動を起こしているが、それと同じことを企業に対しても取り始めている。
人権そのものの重要性は、世界人権宣言に国際社会が尊重すべき人権が列挙されている。現在も重要な基準として尊重しなければいけないということで継承されているが「企業も人権に対しても非常に重要な役割りを果たす以上、企業にも人権を守らせる」という考えが出てきている。その根拠の1つとなるのが、世界人権宣言前文の「社会のあらゆる機関に人権を尊重させる」という表現であり、そこに注目が集まった。
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●70年代の動き
70年代には、すでに多国籍企業の行動を規制する動きがあった。72年チリでクーデターが起こり、それにアメリカの国際電信電話会社が関与していたことがわかった。
国連でも大きな問題となり、企業が発展途上国の政治に関与すべきでないという立場から国連に多国籍企業委員会が設置され、「多国籍企業行動規範」の起草が始まった。しかし、90年に最終草案はできたが、先進国政府と多国籍企業の反対で国連総会で採択されることなく終わっている。
同じ頃、OECDにおいて「多国籍企業ガイドライン」ができ、多国籍企業と受け入れ国政府との関係で守るべき基準が打ち立てられた。2001年には、改訂版がでている。
また、1977年にILOが「三者間宣言」という多国籍企業と受け入れ国との関係についての文書を採択している。
以上の3つが当時の主な企業行動の基準として設けられた。しかし、その焦点は、政治へ不介入ということであり、企業と人権ということにはほとんどふれられなかった。
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●90年代の動き
90年代に入り、「人権、労働、環境」に関心が移ってきた。92年12月、スイスのダボスで開かれた世界経済人会議で国連のアナン事務総長が「グローバルコンパクト」という考え方を提唱した。現在、欧米、アジア、中南米の300近い企業がこの理念に賛同することを表明している。
「グローバルコンパクト」には、人権、労働、環境に関わる9つの原則が掲げられており、賛同する企業は国連のさまざまな機関や取り組みを支援することになっている。この画期的な取り組みは、国連が政府を越えて企業に直接働きかけ、企業は国連から高い評価を得られることになる。
しかし、NGOからは、抽象的すぎる、取り組みを検証できない、過去の不祥事にふたをしようとしている等の批判がある。なお、日本の企業で賛同を表明しているのは、1社だけである。
また、91年9月に経団連が企業行動憲章を作成したが、ここでは人権についてはほとんど関心が払われていない。94年にはコー円卓会議が開かれ、「共生」、「人間の尊厳」という概念が盛り込まれたが、ここでも人権は入っていなかった。
人権について直接扱うようになったのは、95年のクリントン政権が発表した「モデルビジネス原則」である。そのなかで「児童労働」、「強制労働」の回避という表現が盛り込まれた。そして、この原則に従ってアメリカ企業は社内の倫理綱領を作成したり、さらに業界団体、NGO、政府がさまざまなネットワークをつくり行動規範を採択している。
また、現在、国連人権委員会の人権保護促進小委員会の作業部会においては「企業のための普遍的人権ガイドライン」が作成作業がおこなわれ、11月に改訂版が出ている。
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●実施を進める動き
1つめは、NGO、労働組合、政府、企業(業界団体)の連合体が基準の作成し、監視活動を行う仕組みができ始めている。ここでは、企業も基準の作成に参加し、NGO等による監視を受け入れている。
2つめは、NGOによる監視活動と企業への抗議行動である。これがもっとも成功した例は、南アフリカのアパルトヘイトである。
3つめは、第三者認証である。これはISOのように第三者機関による原則、基準を受け入れ、それに基づく取り組みをしていれば認証を与えるというもので、SA8000などがアメリカで取り組まれている。
4つめは、新しい現象であるが、外国を法廷地とする民事訴訟が増加がある。たとえばアメリカには、外国人不法行為請求法というものがあり、この法律に基づいて95年から企業が海外で起こした国際法違反について、外国人がアメリカの裁判所に民事訴訟を提起し始めた。
5つめは、刑事責任を追及する枠組みが模索されているということである。たとえば、97年にOECDで外国公務員贈賄防止条約が結ばれた。日本も参加しているが、属地主義をとっており国内の事件にしか適用されない。
しかし、他のOECD諸国は属人主義をとっており、外国であっても適用される。つまり、外国の法律で裁かれる可能性がでてきたということである。そして、人権についてもこの枠組みを使って刑事責任を追及することが考えられている。
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●おわりに
今後、望ましいあり方としては、企業が合意を形成した上でNGOによるモニター活動を行い、問題があれば行動を起こす方法が求められる。
また、企業自身も今後グローバルな活動を進めていく場合、納入業者にまで人権の視点を要求することが求められている。そして、グローバルコンパクトに賛同し、積極的に人権の取り組みを発信していく必要がある。(坂東知博)
参照/『部落解放研究』142号、梅田徹「企業と人権をめぐるグローバルな動き」