はじめに
労働者の個人情報保護に関しては、労働基準法をはじめとする各種労働法制上、ブラックリストの禁止や求職者の個人情報保護に関する規定が設けられていたが、本年4月1日より全面施行された個人情報保護法は、これらの取り組みを一層強固なものにするということができる。そこで、本報告では、個人情報保護法に照らして取り組むべき雇用管理における個人情報保護の内容を検討したい。
個人情報保護法の概要
昨今の行動情報通信社会の進展に伴い、個人情報が広く利用されるようになった。この有用性を配慮しながらも、個人情報の本人の権利利益を保護するという相対立する利益を調整するために、この個人情報保護法が制定された。同法の性格は、個人情報の流通に伴って生じることのある個人の権利利益への侵害を未然に防止するために、当該情報の取扱いについて、遵守すべき具体的なルールを定めるものであり、情報の流れ方を適正な形にするという意味で、道路交通法に例えられることが多い。保護の対象となる個人情報には、住所・電話番号などの基本上方のほかに、賃金関係情報や人事情報、資産情報など、極めて機微にわたるものが多く、それゆえになおさら、適切に取り扱われなければならない。適用を受ける民間企業(個人情報取扱い事業者)としては、個人情報データベースに含まれる個人の数が5,000件を超える事業者とされているが、それ以外の事業者に着いても、雇用管理に関してはこれに準じて適切な取扱いの確保に努めることとされている。
労働者の個人情報を取り扱う各場面における使用者の義務
まず、事業者は、労働者の個人情報取扱いにあたって、その利用目的を特定しなければならない。これが取扱いに関するルールの第一歩である。ただし、「特定」のあり方は、「できるかぎり」であり、その程度には相当のグレーゾーンが存在する。ただしこの特定された目的の範囲内で取り扱うべきこととしているが、同意がある場合や、法令に基づく場合や生命・身体・財産の保護などの必要がある場合は、例外として目的外利用が可能である。
個人情報の取得については、原則として書面等により、本人から取得しなければならない。また、「偽りその他の不正の手段」を用いた情報の取得が禁止されている。この規制との関係で問題となるのが、採用選考時における情報取得の問題である。三菱樹脂事件最高裁判決(1973年)によれば、企業が有する営業の自由から、情報収集・思想調査・採用拒否の自由が認められてきたが、その後職安法が改正され、人種・民族・社会的身分・門地・本籍・出生地その他「社会的差別の原因となるおそれのある事項」については、収集をしてはならないことなっている。この立場は、今般の個人情報保護法、それに基づく雇用管理指針にも引き継がれている。
労働契約締結後の情報取得についても、原則としては本人から収集すべきこととなっているが、例外事項として、労働組合関連情報について、法令若しくは労働協約に定めがある場合には、組合や本人の意思に反する情報収集は可能だとされている。健康情報についても、基本的には本人からの提出が望ましいが、特別な職業上の必要がある場合や、労働安全衛生・母性保護に関する措置等の場合であって、収集に相当の理由がある場合には収集が可能である。ただし、HIV感染症やB型肝炎など、感染の可能性が低いものや、遺伝情報については、本人に無断で収集すべきではないとされている。
他方で、情報の流出を防止するために、ビデオカメラやコンピュータ等によるモニタリングが実施される場合があるが、これは、原則として労働者に対し、その理由・実施時間帯、収集情報の内容などを事前に通知するとともに、労働者の権利利益を侵害しないよう配慮するべく、社内規程を制定することが望ましく、その策定に当たっては、予め労働組合と協議することが望ましい。
個人情報の利用についても、事前に特定した利用目的の範囲内で利用しなければならず、目的外使用については本人の同意が必要である。保管については、利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの最新性を保つことが義務づけられる。不用になった情報の取扱い方に関しても、可能な限り早期に廃棄することが必要であるが、退職者の個人情報については、法令上保管義務が定められている場合がある。この点についても、現に雇用関係にある労働者と同等の保管措置を講じるべきである。
個人情報の第三者提供に関しては、法律上、本人の事前同意なく第三者に提供することは原則として禁止されている。ただし、雇用管理に当たっては、出向・転籍、労働組合への提供が問題となる。この点に関し、法律は、法令に基づく場合や生命身体・財産の保護のために必要であるとき、また、提供先が提供元と実質的に同一である場合には、事前同意は不要としている。
また個人情報の安全管理措置を講じることが法律上義務づけられており、経産省ガイドラインでは、この安全管理措置として「技術的」「物理的」「組織的」「人的」措置を講じなければならない。
さらに、個人情報の開示・訂正・利用停止等については、原則として、本人の求めに応じて、保有個人データの開示が必要であるとされている。ただし例外として、業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合には、不開示や部分開示が認められている。雇用管理上問題となるのは、人事考課情報がこの例外に該当するか否かである。とりわけ、成果主義賃金体系を導入している企業においては、その成果の評価に関して、「公正」「公平」「透明」が重視されており、評価の結果に当たっては、一定の説明が行われている。これを、評価の前提に関する事実にまで遡れるか、遡って開示すべきか否かはこの規定に照らして重要な問題となる。これについては、一定開示することを前提として、どこまでの資料を開示するか、労使間で協議することが望ましいであろう。
※このテーマに関しては、当研究所紀要『部落解放研究』2005年10月号(近刊)に、竹地先生の論文が掲載される予定です。
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