分析にあたっては、まず各社全体に共通する特徴点を三点にわたって触れることにしたい。そして次の章で各社ごとの状況を、具体的事実を中心に触れていくこととする。
第一の共通した特徴は、部落問題の場合も企業倫理の場合も、部落差別事件や不祥事が発端となり本格的な取組みが始まっているケースが多いが、その際に「誠実」な対応がとられていることである。
もちろん、一番望ましい姿は、誤りを起こすことなく、必要な理念や具体的方針を確立し、それにもとづいた取組みを進めていることである。しかし残念ながら現実は、いかなる個人にしろ組織にしろ、完全なものはありえない。したがって問題は、誤りを犯してしまったときに、その大小に関わらず、より迅速に、より的確に、より組織的に、そしてより誠実に、対応できるかどうかである。そのための理念やシステム作りが、一時的固定的でなく、不断に行なわれているかどうかである。いわいる「PLAN(計画)→DO(実施)→CHECK(監査)→ACT(経営層による見直し)」のサイクルで取組みが進められているかどうかである。この点で、各社それぞれに個性や課題を持ちながらも、こうした取組みを進めてきていると言える。
こうした企業の取組みを促す法制度の整備の一環として、アメリカでは1991年に「連邦量刑ガイドライン」が制定され、贈収賄、詐欺、独禁法違反、などにより有罪とされた組織に対する賠償金を規定している。この中で、不正防止のための有効な倫理プログラムを策定するなど、倫理法令遵守に取り組む企業に対しては「賠償金の大幅な軽減」があり、そうでない企業に対してはきびしい懲罰的罰金が課される仕組みになっている(高巌/T・ドナルドソ『ビジネスエシックス』、文眞堂、1999年、309頁)。
日本でも、まさにこうした制度的枠組みが求められているといえる。
第二に、上記のことを支えているトップの前向きな姿勢である。人権・部落問題や企業倫理に対するトップの明確なメッセージや、役員会での積極的な役割などにそれが表れている。日本の企業はこれまで、人事面での年功序列的傾向が強いことや、資金調達も金融機関や関連会社からの「持ち株制度」の性格が強かったこともあり、良きにつけ悪しきにつけ、トップの影響は大きい。こうしたなかで、企業倫理や人権・部落問題に対するトップの姿勢はきわめて重要であるが、トップの前向きな姿勢は、直接的間接的に「誠実」な取組みを大きく支えていると言える。
第三に、企業倫理と人権・部落問題との相関性であるが、三つのことが指摘できる。一つは、部落問題の取組みが1970年代後半から1980年代に始まり、1990年代に作成されだした企業倫理規定に明確に「人権」が盛り込まれ、取組み体制も部落問題の取組みがさまざまな点で参考とされたことである。二つめは、企業倫理規定に盛り込まれた「人権」規定が、今度は人権・部落問題の取組みの大きなバックボーンとなって人権・部落問題の取組みを支えていることである。三つめは、グローバル化のなかで「より良き企業市民」としてますます企業経営のプロセスそのものに「社会的責任」が組み込まれていく必然性が働き、そうした中ではますます企業倫理と人権・部落問題の相関性が強まっていくことが予想されるが、そうした大きな課題にどう対処していくのかという新たな課題が存在していることである。
なお今回の調査は、「人権・部落問題」の内容としては「人権教育」を中心としたものになった。しかし、「人権・部落問題」が実際に包括する内容は、企業内外にわたる広範囲なものであることは言うまでもないことであり、企業倫理の関連性も本来的にはこうした広い分野までカバーすべきと思われる。今後の課題としたい。
現在、日本経済はきびしい不況に直面し「リストラ」が進行しているが、こうした中でこそ、企業倫理の存在意義や人権・部落問題の取組みの意義も改めて問われているといえる。一方、国際的には、環境・人権・労働の尊重をうたった9原則を内容とする国連の「グローバルコンパクト」に、既に世界の700社をこす企業が参加し、新たな流れを加速させている。あるいは、「社会貢献」や「企業倫理」を内容としたISO規格の作成が検討されている。こうした流れに日本の企業も積極的な役割を果たすことが求められているし、またその力を十分持っている(梅田徹「企業と人権をめぐるグローバルな動き」『部落解放研究』142号、高島肇久「グローバルコンパクトと日本」『部落解放研究』147号)。
上記の4社はのちに指摘しているようにさまざまな課題を持ちながらも、企業倫理と人権・部落問題の取組みにおいて「パイオニア的」役割を果たしてきたし、これからもその役割を大きく期待されている。こうした点で各社の一層の発展を願うものであるし、そうした「誠実」な企業が社会的に大きく評価され、そうした企業の株を購入できる「社会的責任投資」などにより、具体的に社会から支持されるシステムが早急に確立されることを心より願うものである。
さらには、日本経団連が近年の企業の相次ぐ不祥事に対し「企業行動憲章」の改訂を検討しているが、こうした時こそ、「対岸の火事」としてすますのではなく、多くの各企業において「企業倫理」と「人権」の確立のチャンスとしていくべきではないかと痛感する。その点でも、こうした4社の取組みが参照されれば幸甚である。
最後になったが、調査にあたっては、各社のご担当の方々には、御多忙の中にもかかわらず時間を割いていただき、貴重なお話や資料提供をいただいた。この場を借りて関係各位に改めて御礼申し上げる次第である。