調査研究

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企業倫理と人権・部落問題調査報告書
(2)三菱地所株式会社
1)会社の概要

1937年(S12)、三菱合資会社より独立した三菱地所は、現在、‡@ビル事業、‡A住宅開発事業、‡B設計監理事業、の3事業を柱に、パートナー事業、余暇事業、ホテル・ショッピングセンター事業等を進めている総合デベロッパーである。

資本金は865億円、従業員数は1776名(2001年3月31日現在)である。


2)企業倫理の取組み

A.現状

三菱地所は、三菱三綱領(「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」―今でいうパブリック、フェア、グローバル)を創業の精神として引継ぎ、1997年12月に経営理念や企業行動に関する原則を「三菱地所行動憲章」(以下、「行動憲章」)として定めた。さらに99年2月には「「行動憲章」実践のための指針」(以下、「指針」)を定め企業行動のガイドラインとしている。そしてその下に、社内諸規定やマニュアルなどが存在している。

具体的な柱は、以下のとおりである。

●基本使命(まちづくりを通じての真に価値ある社会の実現)

●行動原則

第1条(社会とのコミュニケーション)

第2条(良き企業市民としての行動)

第3条(地球環境への配慮)

第4条(公正で信用を第一とする行動)

第5条(法令遵守・反社会的勢力との関係遮断)

第6条(グローバルな視野での経営)

第7条(意欲・能力を発揮できる企業環境づくり)

第8条(役員・幹部社員の責務)

この中で、人権については、主として第2条で以下のように触れられている。

第2条(良き企業市民としての行動)

良き企業市民として、人権を尊重し、社会貢献活動に自らまた社員の活動への支援を通じて積極的に取り組みます。

そして具体的な取組みとして、人権を尊重するために、

  1. 偏見や固定観念、迷信等の解消
  2. 多様な価値観や文化を受容する企業風土づくり
  3. 男女共同参画社会づくり
  4. あらゆる人種や民族、大人、こども、高齢者、障害者が共存できる社会づくり

などをめざすとしています。

また第7条(意欲・能力を発揮できる企業環境づくり)では、

  1. 職種や性別・年齢など一切の差別を排除し、セクシュアル・ハラスメントやいじめなどの人権侵害を許さず働きやすい職場環境づくり。
  2. 相互のプライバシーの尊重と、適正な管理。
  3. 人権はもちろん一人一人の人間性や個性を尊重し、その主体制・創造性を引き出すような制度の拡充。
  4. オープンでフェアなルールに基づく社員の採用。

をうたっています。

さらに第6条(グローバルな視野での経営)では、

  1. まちづくりとその運営にあたって、地域の社会事情や文化・習慣を尊重し、地域社会のニーズを踏まえた企業行動。

などをめざす、といったように、経営内容と関わったことにも着目し、「地域やまちづくり」における人権の視点を盛込んでいる。

体制的には、全社的には社長を委員長、倫理担当役員を副委員長、各事業本部等の長を委員とした「業務監理委員会」(1997年設立)が諮問機関として存在している。具体的実践を担当する事務局的部署としては管理本部に「業務監理室」があり、関係部署と連携して取組みを行っている。また各部署長が「企業倫理推進委員」となっている。

具体的な取組みとしては、‡@「行動憲章と指針」の周知のための研修、‡A各部署の実践状況などの取りまとめや情報提供・助言などのフォローアップ、‡B社員に対する定期的なアンケート調査(1998年より実施)、‡C取組み全体をまとめた「白書」づくり、などがある。

また、こうした姿勢を明確に示す一つの象徴的事例として、1998年から工事の発注形態を「指名」から「入札」へ大きく切り替える一方、「発注行動指針」を策定したことがあげられる。具体的には東京・丸ビルの建て替え工事に際して、旧来の慣行であった関係の深いゼネコンに発注するというやり方をやめ、入札によって「公明正大な発注と建設費を市場価格に近づける」こととした。(「日刊工業新聞」2000年8月30日)


B.「行動憲章」作成にいたる歴史的経過

しかし、こうした「行動憲章」の策定や具体的実践にいたる直接的契機は、1997年9月に発覚した総会屋への利益供与事件であった。三菱・日立両グループをはじめとする大企業約30社が、1985年から97年までに総額約1億5000万円を総会屋に供与していたが、三菱地所もそれに関わっていたのである。

この事件に対し、「誠意」ある対応が模索された結果として、「行動憲章」が策定されたといえる。原案を企画部が策定し、全社各部署から集め組織した委員会を通じて検討し内容を確定していった。こうした策定過程や、企業倫理の取組み体制作りについては、後で述べる「部落地名総鑑」事件に端を発した人権問題の取組みの教訓が大きく活かされることとなった。

 C.課題

今日の課題として先ずあげられることは、「行動憲章」「指針」の具体化の実際を的確にモニタリングすることが指摘されている。さきにあげたアンケート調査もその一つであり、調査結果の検討や問題提起だけでなく、状況を的確に捉えるための調査項目自体の検討も進められている。

二つ目には、2000年4月1日より本格化している「資産開発運用事業」(不動産証券化事業やアセットマネジメントなど)に関する、企業倫理の確立がある。社として新たな分野の事業であるというだけでなく、よりきびしい企業倫理が求められる分野であるからである。


3)人権教育の取組み

A.現状

 毎年、当該「年度の人権研修の総括と新年度の計画」が出されている。その中の「基本方針」では、‡@階層別人権研修――少人数研修(12〜30名程度)として実施、‡A社内講師の指導スキルアップ(「教育体系」の一環としての人権研修であるため)、‡B討論や体験学習などの効果的啓発方法の検討、‡C教材の工夫、‡D人権啓発推進員の質的向上、が示されている。

階層別人権研修は、具体的には年一回、

  1. 新入社員研修(4時間におよぶ)
  2. 2年目研修
  3. ビル管理職・マネジメント研修
  4. 新任管理職研修
  5. 役員・幹部社員研修
  6. 広報担当者研修

がある。

人権研修内容の一つの特徴として、「メンタルヘルス」についても取り上げており、産業カウンセラーが医療部門ではなく人事・教育部門に属して人権教育の担当もかねている点がある(東京人権啓発企業連絡会『企業と人権ハンドブック』明石書店、1994.4、231頁)。これは、人事制度が近年、年功序列制度からコンピテンシ−(高い業績をあげるための能力・行動)制度に変わってきていることもあり、社員一人一人の「悩み」に人権の視点から対応することが一層必要となってきていることを反映した取組みといえる。

また1996年度より、「関係会社・人権啓発連絡会」が発足し、グル―プ会社の研修を年3回実施している。

社内報「こころの窓」でも、部落問題をはじめ広く人権問題についての記事を掲載している。人権週間には「標語募集」を行っているが、1999年より自社社員のみならずグループ会社社員にも対象を広げ実施している。

取り組み体制は、組織図のように、全社的推進組織としては「三菱地所人権啓発委員会」(委員長は専務取締役)があり、事務局は企画本部の人事企画部が担っている。

B.歴史的経過

こうした本格的な取り組みにいたる契機は、1975年に発覚した差別図書「部落地名総鑑」(全国の部落の地名・人名一覧を掲載した本で、差別身元調査への利用が目的)の購入事件があったことである。

この事件への反省から取組みが始まったが、それは人権啓発委員会の「基本方針」においても「同委員会は『部落地名総鑑事件』を原点として、部落問題に関わる研修啓発を基軸に、今日の人権尊重の国際的な潮流に即した幅広い人権感覚の涵養を図るため、トップから一般社員までを対象とする人権問題の啓発及び諸活動の企画及びその実施を積極的に推進していくことを基本方針とする」と明記されていることにも現れている。


C.課題

企業にかかわる人権問題も、年々その課題を増している。経済活動をめぐる環境が日々変容する状況下にあっては、企業の人権問題の取り組みは不断に進化・成長させていくことが必要である。企業の人権担当者はこうした状況下では、立ち止まることは許されない。例えば、企業競争激化に伴って、新たな人事制度が導入されれば、そうして制度が人権の面で妥当であるか否かの検証が必要である。さらに企業間だけでなく、さまざまなステークホルダーとの関係においても、人権の視点からのチェックが必要である。

企業の人権担当者は、真にすべての人の人権が尊重されるまで、人権教育を進化させつづける必要がある。そうした点から、今回まとめられた内容も進化の一時点のものであると言える。



(注)なお2002年度の機構改革により、以下のように変更がなされた。

  1. 「業務監理委員会」は「コンプライアンス委員会」に。
  2. 「業務監理室」は「コンプライアンス部」に。
  3. 人権啓発推進のための事務局である「人事企画部」は、コンプライアンス部、(株)メック・ヒューマンリソースも加わっての体制となった。