1)会社の概要
1918年(大正7)に設立された日本簡易火災保険株式会社を前身とする富士火災海上保険(株)は、中小企業、個人マーケットを中心に、自動車、火災、傷害保険などの保険商品を販売する損害保険会社である。
資本金は413億円、運用資産は9995億円、従業員数は7871名である(いずれも2002年3月31日時点。『富士火災ディスクロージャ誌』2002年度版より)。
2)企業倫理の取組み
A.現状
2002年、新しく策定した「コーポレートビジョン」は、下記のような内容で、当社が進むべき道を指し示すものである。
富士火災グループは、企業経営の安定と個人生活の安心に貢献する保険商品とその関連サービスによって、ソリューション・ビジネスを展開する企業です。
私たちは、高度な専門能力を有し、中小企業と個人のお客さまにとって‘身近で頼れる’No.1企業を目指します。
また「行動規範」は以下のとおりである。
úJ 人権の尊重
1 人権を尊重し国籍・人種・思想・信条・性別などによる差別を無くし、平等・公平に行動します。
úK 社会的責任
2 お客さまに最高の商品とサービスを提供します。
3 公正かつ適正な取引を堅持し、社会的信頼を高めます。
4 適正なリスク管理のもと、健全な経営を行ないます。
5 適正な企業情報開示を行ない経営の透明性を高めます。
úL 法令等の遵守
6 法令・社内ルールなどを遵守し、適正な業務運営を行ないます。
7 公共のルールを守り、誠実かつ公正に行動します。
8 お客さまをはじめ、個人のプライバシーや企業機密情報は守秘します。
úM 社会・環境との調和
9 社会貢献活動、地球環境問題等に積極的に取組みます。
úN 反社会勢力に対する断固とした姿勢
10 市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力への対応は、常に毅然とした態度で臨みます。
人権に関する規定が、一目でわかるように「行動規範」に明記されていることが大きな特徴の一つである。
体制的には、全社的にはコンプライアンス推進委員会(委員長はリスク統括部担当役員、委員は本社各部長)が、事務局的機能はリスク統括部法務コンプライアンス推進室が担っている。地域・法人営業本部レベルでも同様に、全体的には推進委員会(委員長は地域本部長、委員は各部支店長、コンプライアンス・オフィサー)が、事務局的機能は各業務推進部が担っている。部支店レベルも、部支店長を委員長に、営業推進担当を事務局とした体制になっている。
「コンプライアンス・マニュアル」は1999年10月に制定され、2000年8月、2001年10月に改定されている。この2000年の改訂に伴い、本社の経営管理部にコンプライアンス推進室が、地域本部の推進委員会にコンプライアンス指導責任者としてのコンプライアンス指導担当が、新たに設けられた。
さらに2001年の改訂により、地域本部の推進委員会に位置付けられていたコンプライアンス指導担当が、本社経営管理部所属の「コンプライアンス指導専任者」となり、経営管理部の指示の基づき、コンプライアンス・オフィサーとして地域・法人営業本部全組織のコンプライアンス推進指導・管理を行うこととなった。
そして2002年度よりは、本社の経営管理部がリスク統括部に、コンプライアンス推進室が法務コンプライアンス推進室に、機構改革された。
こうした一連の取り組みの中で、不祥事はなくなりはしていないが、それをより早い段階でキャッチし、より適切な対応が進みだしていることや、そうした情報が地域本部や本社にも集中しやすくなってきていること、など着実に変化が生まれだしている。
また上記の推進体制づくりや研修の進め方については、後で触れる「人権教育」の取組みがさまざまな点で参考とされた。
B.「行動規範」にいたる歴史的経過
こうした企業倫理の取組みの直接的契機は、1989年に起こったある特殊法人に対する利益供与事件であった。この事件への反省から取組みが進められたが、「行動規範」の作成過程では取締役会において、第一条を「憲法」とするか「人権」とするかで議論が分かれたという。最終的には人権担当役員を経験したこともある社長の判断で、よりより具体的で象徴的な「人権」に決定したという経緯がある。ここにも同社の人権に対する積極的な姿勢が表れているといえる。
1997年の野村證券をはじめとした四大証券会社ならびに第一勧銀の総会屋との癒着事件は、大きな社会問題としてきびしく指弾された。また大和銀行の金融不祥事などもあり、金融監督庁も1999年に「金融検査マニュアル検討会」の「最終取りまとめ」を行い、保険会社も含めて「コンプライアンス」の確立を強く求めていった。こうした流れの中で、同社は「コンプライアンス・マニュアル」を作成していった。
C.課題
課題の第一は、基礎的なことだが、多様な社員構成や地域、約27000に及ぶ代理店に対して、研修などを通して、コンプライアンスの意識向上をいかに図っていくかである。企業である以上、当然、営業成績をあげることが求められるが、コンプライアンスに違反した企業は、行政処分のみならず、社会や市場の厳しい制裁を受けることを考えた時、その両立は不可欠である。保険業界における規制緩和と自由化、そして長引く不況という厳しい経営環境だからこそ、この意識をしっかりとさせる必要がある。
第二に、上記の取組みを着実に前進させるためにも、まず本社、地域・法人営業本部のコンプライアンス推進委員会のさらなる活性化が必要である。その一環として、2001年10月よりコンプライアンス指導専任者ができたが、今後とも、限られた人と予算のなかではあるが一層の取組みの工夫が必要である。
3)人権教育の取組み
A.現状
「人権教育基本方針および目標」が、以下のようにある(『2000年度人権教育推進要綱』より)。
〔基本方針〕 人間尊重の社風の構築(差別のない明るい職場づくり)
〔目標〕
1.教育・啓発指針の確立
1.計画的・継続的な教育および啓発活動の推進
1.啓発教材の整備と充実
1.社外研修会への積極参加
上記に基づいて、全国的に年度の統一テーマを設定して研修が実施される。例えば、1998年度は「部落問題」を、1999年度は「セクシュアルハラスメント」を、2000年度は「セクシャルハラスメント」「在日韓国・朝鮮人」をテーマとしている。教育体系としては下記の通りで、基本的には全社員が年2回(90分×2)の研修を受けるようになっている。
〔本社〕
- 役員研修
- 店部長研修
- 新任職位者研修(グループ長・課長・支店長・所長)
- 内勤社員入社時研修
- 同和・人権教育推進委員会事務局担当者会議・研修(人権推進担当職)
- 営業研修者員研修担当職研修
- 社外研修会
〔各地域〕
- 職場内人権教育
- 管理職(推進委員)人権教育
- 業務職入社時研修
- 営業研修社員入社時研修
- 社外研修会
体制的には、「同和・人権教育推進委員会」があり、本部(委員長は社長、副委員長は人権推進部担当役員、事務局的機能は人権推進部)、地域委員会、部支店委員会、で構成されている。この推進委員会の「基本方針」は、下記の通りで、「同和地区住民の雇用促進」を明記しているなど同社の特徴が現れている。
1.人間尊重を基本にした社風を構築し、一切の差別を「しない」「させない」「許さない」明るい職場づくりに努める
1.計画的・継続的に教育および啓発活動を実施する
1.社外関係部署との交流、連帯をとおした活動を展開する
1.同和地区住民の雇用を促進する
1.従業員の採用にあたって、門地、国籍等によって差別をしてはならない(代理店委託を含む)
1.差別行為者および同調者に対する指導は、処分を含めて厳格に行う
そして、こうした人権教育の成果と課題を明らかにするために、1992年、1998年と全社員を対象に「人権問題に関するアンケート調査」を実施し、「調査結果の概要」も「人権教育テキスト」として配布している。さらに2000年には「セクシュアルハラスメントに関するアンケート調査」も実施し、その結果概要を同じく「人権教育テキスト」として配布している。
またトップの姿勢は、2002年度の新入社員入社式での社長兼CEOの次のような「式辞」にもよく表れている。
「さて、富士火災が行っている損害保険事業は許可事業であり、公共性の高い業種であります。よって他の業種以上にコンプライアンス、いいかえれば法律遵守、に対する意識の徹底が求められています。」
「また、当社は外直職員をはじめ、職種の異なった多くの職員が働いています。人権尊重の社風はこのような背景に基づく、ある意味他社にない当社の独自性であると考えています。」
「以上、今後富士火災の社員として必要になる3つのファクター、すなわち「エンプロイアビリティ」「グローバルスタンダード」「ビジョン」、またこれを支える2つの基本「コンプライアンス」「人権尊重」についてお話してきました。」
そして人権週間での「社長の人権メッセージ」(社内メールで全部署に配信)といった形で具体的に示されている。
社内文書上の「差別的な表現」「不快に思える表現」等といった、社員にとって身近な問題についても、最近では、人権推進部からの指摘よりも、社員からや発行主管部署からの意見で改善されるケースが増えてきているという。
さらに、社内講師育成の一環として、部落解放人権大学を定期的に受講したり、部落出身者の就職の機会均等の取組みの一環として、(社)同和地区人材雇用開発センター(2002年度より、「おおさか人材雇用開発人権センター」に名称変更)から部落出身者を一定採用していっている。
B.歴史的経過
こうした取組みの「原点」には、1982年4月に発覚した「損保リサーチ社」事件がある。これは損害保険会社が出資して作った損保リサーチ社が、社内で部落出身者の社員に差別的処遇をしていたこと、冊子『調査員のためのエチケット』の中で「解放同盟は怖い」「トラブルや同和は避けること」などと記載していたこと、配付された損害保険会社もその差別性に気がつかなかったこと、富士火災も含め損害保険会社19社が身元調査を依頼していたこと、といった内容の差別事件である。
富士火災も1972年から形式的には人権教育を行っていたが、この事件を機に1984年、大阪同和問題企業連絡会へ加盟し、教育体系・推進体系を抜本的に改めていったのである。
また1997年には、社内で人権推進のリーダーである管理職による差別発言事件が発生し、1年6ヶ月以上にわたる取組みが真摯に行われた。そして、事件発生から終結までの記録や分析、発言者の手記(抜粋)を「人権教育テキスト」としてまとめ全社員に配布すると共に、この事件を統一テーマに社内研修を実施した。差別発言事件を「人権教育テキスト」で社内開示したことに対しては、賛否含めて社内で大きな反響を呼んだが、人権教育の発展に大きなインパクトを与えたといえる。体制的にも、1998年に「人権啓発室」から「人権推進部」に組織を拡充し、各「地域委員会」に「人権推進担当職」を配置していった。
C.課題
今日の課題としては、以下の3点が指摘されている。第一に、いわゆる「リスク対策」的な研修になっていないかどうかの検証である。これは裏返せば、企業内人権教育はいかにあるべきか、という視点からの検証である。アンケート調査結果でも、さまざまな点で人権意識が高まってきている一方で、管理職と非管理職の意識の格差の大きさや大阪同和問題企業連絡会の認知率の低下など、危惧すべき点があるからである。
第二は、本業がますます多忙になり業務量が増える中で、いかに充実した研修を行えるかどうか、即ち,社内講師である人権推進(啓発)担当者のレベルアップの問題である。
第三は、アンケート調査結果からも明らかになっているが、社員構成(内勤・営業・調査・パート・派遣職員)の多様化や意識の地域間格差の大きさに対し効果的に働きかけるためにも、教材の整備と拡充が急がれる。