報告者のGeorge Jacobsさんは、シンガポールやタイなどで語学教育に関わってきた、アメリカ出身の英語教育研究者である。
女性の権利に対する人々の意識の拡大、社会における女性の役割の変化に伴い、ジェンダー排他的な英語から、ジェンダーを踏まえた英語への変化は起こった。Manやhisといった男性名詞や男性形の所有格で女性をも含めて表すと考えられていたものに替わる言葉として、例えばchairperson(議長の意。manから personに変化)が使われ、後者に関してはhis/her (彼のあるいは彼女の)といった両性併記または their(複数の女性に対しても男性に対しても使用される所有格)が使われるようになっています。ただし、あらゆる階層、場面で一様に変化が起こっている訳ではなく、現在は過渡期にあたるようである。
英語教育に携わる人には、それらの変化を把握しているだけにとどまらず、生徒に伝えていくことが求められている。研究会は、教科書の役割を切り口にして、教育者や生徒が変化にどのように関わっていくかを問う内容であった。Jacobsさんは、「教科書は、社会の価値を反映する鏡のようなものであると同時に、価値の伝達手段でもある。
価値の伝達手段であるということは、価値の変化を促進させる媒体でもある」と話した。その後、Jacobsさんから参加者に対して、「教科書は、現在のありのままの姿を伝えるべきか、あるいはあるべき理想、未来の姿を伝えるべきなのか。その理由は何か」という質問が投げかけられ、参加者は2人1組になって熱心に意見を述べあいました。
続いてJacobsさんと参加者の1人から、それぞれシンガポールと日本の英語の教科書に現れているジェンダーへの配慮に関する分析が報告された。今だ女性の役割が男性以上に家庭中心的に描かれているなどの課題を残しつつも、両者ともジェンダーを意識した内容に改善されつつある点が認められた。付随して、Jacobsさんからは、シンガポールにおいて、女性の権利拡大に熱心な人を含めた女性ばかりの教科書編集チームが、ジェンダーバランスのとれた教科書作りをめざしたが、結果的にはその目標を達成できなかった例が紹介された。
配慮すべき項目がジェンダーバランスのみならず、民族間の調和、異なる宗教への寛容など多岐にわたることも目標の達成を困難にした原因だが、加えて「過去の重み」がのしかかったとJacobsさんは解説した。チェックリストを用意して、一つ一つ確認しながらの作業でなければ、男性中心に語られてきたストーリーが支配的である過去を受け継ぐ人々が、無意識のうちに拾い上げたストーリーは、結果としてジェンダーバランスに公正さを欠いてしまうのである。
最後にJacobsさんは、「今日の学びをどのように応用しますか。どのように分かち合いますか」と問いかけた。ジェンダー排他的な言葉に置き換わる、ジェンダーを踏まえた言葉が出現していることを知るチャンスにめぐり合わなかった人が皆無とは言えない。このような変化が英語以外の言語でも起こっている事実を出発点とて議論を進めるためには、相手の現在地点を確認することから始めなければならないのかもしれない。独りよがりでは言葉は本来の機能を果たさないので、言葉の問題を考える時ほどに分かち合いが大前提となっている例は、他にないのではないか。