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2003.09.09
部会・研究会活動 <国際人権部会>
 
国際人権部会・学習会報告
2003年7月22日
ヨーロッパの拷問禁止条約と拘禁施設訪問制度

(報告)戸塚悦朗(龍谷大学教授)
ティモシー・ハーディング(ジュネーブ大学司法精神医学部教授)

〈第一報告〉

 弁護士時代、精神障害者の人権問題に取り組んだが、国際法律家委員会の訪日調査団を招き、法改正に繋がった(1987年)。その際、ハーディング教授も来日し、報告書の策定に参加した。精神病院の処遇改善に当たっては国際人権基準が大きく影響した。

 訪問制度を規定する拷問等禁止条約選択議定書は、長年の議論の後に、昨年12月ようやく採択されたが、日本の場合、元の条約自体かなり遅れて加入した。現在、この選択議定書批准を促進する運動が求められるが、実際にはなかなか大きな動きにはなっていない。

 ハーディング教授によれば、国連の既存の制度は実効的ではなく、その改善のためにモデルとすべき制度が欧州の訪問制度だ。この制度により1991年に設置された拷問等防止委員会(CPT)は、各国の拘禁施設にほぼ予告なしに訪問し、全ての人・資料に接することができる。そして大きな効果をあげている。

〈第二報告〉

 80年代に来日した当時、世界の人権状況極めて楽観的であった。しかし、国際人権法の欠点(執行メカニズム欠如)により、人権条約の締約国が、時折大規模に、人権侵害を行っている。今回拷問等禁止条約の選択議定書が採択され、多くの国が賛成したけれども、訪問制度がうまく機能するかどうか疑問に思っている国も少なくない。

 その点からは、欧州の仕組みは非常に興味深い先例だ。十分な資源を持ち、多くの前例の蓄積を重ねているからだ。ただ、現在チェチェンにおいて行われている拷問が、テロとの戦争という名目の下に行われ、ロシアはCPTによる声明に従っていない。トルコも当初はCPTに対して鋭敏に反応していたが、過去18ヶ月、状況が変わりつつある。

 また、外国人についても、国際空港のホールディング・エリアで非常にしばしば拷問が行われている。生活状況も劣悪であり、権利侵害を救済する手続も存在しない。非正規に入国した人々に対する処遇は深刻だ。そういう点では現在ヨーロッパにおいても人権状況は極めて悲観的である。そうであるにせよ、SOSトーチャーをはじめとする様々な人権NGOの活動により拷問の実態が明らかになっている点は、極めて重要だ。

〈質疑応答〉

  1. 国連の人権実施メカニズムの欠落について:

    国連における最初の人権条約は女性の人身売買禁止に関する条約であるが、この条約には実施メカニズムが規定されていない。例外的に充実しているのは子どもの権利条約だが、現在でも子どもに対する死刑が行われている国がある。欧州の制度といえども、さほど実効的ではない。欧州人権条約は戦後まもなく成立したが、フランスがアルジェリアにおいて大規模に実施した拷問などに対しては適用されなかった。

  2. 欧州での入管収容施設内人権侵害の実態について:

    入管施設被収容者は人権侵害を受けやすい集団の最たるものだ。収容施設にいても、刑務所にいても同様のことが言える。例えば、アフリカ出身者に対し、ジュネーブ警察は組織的に暴行を加えていた。欧州人権裁判所やCPTは既に外国人が人権侵害を受けやすいことを認めている。講演で紹介した事例8件の内、5件が外国人で、1件がロマの方が被害者であった。

  3. CPTの訪問により生じる変化について:

    事態が深刻であれば、その場で直ちに改善を要求し、政府は三ヶ月以内に対応しなければならない。長期にわたり交渉することもあれば、政府がなんら対応しない場合もある。その場合CPTは声明を公表する。しかし、他の報告制度よりは強力だ。実際に被害者と面談しているので、事態の把握の程度は極めて正確である。ただ、なんらかの制裁を伴うわけではない。

  4. CPTの予算、CPT委員の選出とその資格、訪問拒否について:

    CPTの予算は欧州評議会閣僚理事会が決定する通常予算でまかなわれている。自発的な寄付に頼ることは不健全だ。CPT委員は締約国が推薦し、閣僚理事会が選出する。委員には弁護士や行政官、医学関係者が多く指名されている。さらに、激務に耐えうることが極めて重要だ。締約国は条約上訪問を拒否をすることはできない。

  5. 訪問制度と欧州人権条約第3条事案の相関性、両制度の手続的関連性について:

    事件総数が増加しているなかで、3条違反を認定した判決の数は安定している。また、CPTと欧州人権裁判所とは、機構上、手続上は全く別制度である。ただ、欧州人権裁判所での訴訟において、法廷代理人が証拠上CPTの報告書を用いる場合がある。

  6. 欧州による訪問制度採用の理由、拷問等禁止の逸脱不可能性について:

    制度設置の主張自体が欧州から生まれた。また、1981年・82年に国際連合にアプローチしたが、米ソ中という主要国が全く賛成しなかった。そこで欧州に要請したところ、欧州評議会が受け入れた。また、3条は逸脱不可能であるし、CPTも、逸脱を認めていない。しかしロシアがチェチェンとの関係で逸脱しているのは、極めて憂慮すべき事態だ。

  7. 拷問等禁止について啓発活動の有無、その取り組みとCPTとの連携の有無、領域内の「他者」に対する拷問を容認する意識について:

    なぜ欧州で訪問制度が採用され、実効的に機能しているのか。一つの理由として挙げられるのは、第二次世界大戦中、占領され、多くの人々が違法に拘禁され、拷問を受けたことである。他方で北米は占領されたわけではない。日本も占領はされたものの、拷問を経験したわけではない。このような事情が影響しているのではないか。また、欧州内部で人権を保障しつつ外部的には壁を作るという矛盾については、人権保障と他の優先事項との緊張関係に起因するのではないか。今後10年間、どのように推移するかは予測できないが、近年人権に関する主張が弱まっている。

(文責・李嘉永)