報告者の田中さんは、反差別国際運動がジュネーブに事務所を開設した初期に赴任し、現在までの8年以上にわたりジュネーブで活動を行ってきた。その経験に基づき、NGOが国連を活用するノウハウがまず話され、その後には、部落問題の解決に国連を活用する上での困難とどのように向き合ってきたかについて報告があった。以下に報告の要旨を事務局の文責でまとめた。
国連を有効に活用するためには第1に、そのシステムを理解するのと同時に、人権の会議に出席する各国政府代表や国連職員及びジュネーブで活動を展開するNGOに、反差別国際運動のことを知ってもらうことが重要であった。同じ問題について発言するにしても、どのNGOが発言するかによって、周囲の受け止め方は全く異なる。
人権の会議がジュネーブで開催されるのは、1年の中の決まった期間であるが、ジュネーブに事務所を構える利点の1つは、それ以外の期間に人権高等弁務官事務所が開催する協議会や小さなセミナーに出席し、情報を発信することで反差別国際運動のことを理解してもらえることだ。ジュネーブに駐在するその他の利点には、情報へのアクセスと効果的なロビーイングを可能にすることがある。言い換えれば、インターネット上で公開される情報はごく一部でしかなく、また会議が始まってからロビーイングを行ったのでは遅い。
NGOは自らが望む内容の決議や決定が会議で採択されされるよう、各国政府代表に対してロビーイング活動を展開するが、効果をあげるにはコツがある。
それはNGOの提案について、1)他の国々に対してリーダーシップを発揮して取り組んでくれる国をさがすこと、2)リードは取れないが賛成はできるという国をさがすことだ。その際留意するのが、地域グループを巻き込むこと及び地域的バランスを考慮することだ。
特にヨーロッパ諸国は、EUという単位で行動することが多いので、EUの協力を得ることはすなわち、一度に20カ国ぐらいからの賛成が確実になる。他方、ヨーロッパ諸国が賛成しているだけでは説得力をもたないため、ラテンアメリカやアフリカ地域からも賛同してくれる国を見つけることが必要だ。
部落問題が国連で取り上げられるように働きかける上での困難は、特殊性と普遍性のバランスの問題だ。日本に固有の問題だと位置付けられると、世界の問題を扱う国連にはふさわしくないという理由で取り上げられない。
一方、類似の差別が他の国や地域にもあることを説明し、普遍性を追求すると特殊性が失われることになる。人権小委員会が、職業と世系に基づく差別にどのように取り組んできたかを例にとると、2001年には、特に南アジア地域における当該差別についての報告書がグネセケレ委員から提出され、そこには部落差別に関する記述も含まれた。別の委員に引き継がれた2003年の報告書では、アフリカ地域に焦点があてられている。そして人権小委員会は、次に原則と指針の作成に着手する決定を行っている。
後者の報告書をみた人の中には、部落問題はどこに行ってしまったのかと思う人がいるかもしれないが、報告書の作成で終わらせることなく、基準設定にまで踏み込むためには、アフリカ地域の同様の差別について触れるというステップが不可欠だった。
ここ数年、人権小委員会のみならず、人種差別撤廃条約の履行状況に関する日本政府報告書審査や反人種主義世界会議などで、部落問題が取り上げられるよう活動を行ってきた。それらは相互に関連しあって、少しずつでも状況は動いている。