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2005.07.11
部会・研究会活動 <国際人権部会>
 
国際人権部会・学習会報告
2005年04月25日
ネパール:非常事態宣言下における人権

山本愛(特定非営利活動法人アジアボランティアセンター)
宮下和佳(特定非営利活動法人関西NGO協議会)

〈第1報告〉:山本 愛さん

(1)なぜ起きたのか

18世紀に国ができて以来、ネパールではカースト制度が国家統一の一手段とされ、軍人カーストが代々国を統治してきた。実質的な議会政治が始まったのは1990年で、この年、民主憲法が制定され、カーストや民族に基づく差別の禁止も盛り込まれた。’90年以降は外資導入や国際援助機関のネパール関与が盛んになった。現在、国の開発予算の70%は外国に頼っている。これらの恩恵は首都カトマンズなどの大都市周辺に集中し、受益者も上層のカーストに限られ、遠隔地の人々との格差が広がった。

このような中、マオイストは社会正義を掲げ、地方を中心に活動を広げていった。2001年6月の王室虐殺事件後、現ギャネンドラ国王が即位し、マオイストと停戦を結び和平交渉をもったが、同年11月には交渉が決裂した。度重なる停戦合意と和平交渉の決裂、地方議会の不在、野党や学生の街頭行動、マオイストによる首都カトマンズ封鎖などの不安定要素により、この2月1日、国王は首相を解任し、今後3年間、自らが中心になって民主主義を取り戻すとして非常事態を宣言した。非常事態下、あらゆる情報が統制されている。報道・出版関係は厳しい検閲を受け、電話も盗聴されている。逮捕者が多数出たが、情報入手が困難なため正確な数字は不明だ。市民の中には、今回の国王の行動を支持している人もいる。しかし、基本的人権が否定されたこの状況を喜んでいる人は少なく、ほとんどの人たちは固唾を飲んで成り行きを見守っている。

(2)NGOへの影響

FEDO(フェミニスト・ダリット組織)は被差別カーストの女性たちが10年前に作った組織で、地方で活動を行っている。識字活動を中心に、啓発、法律、女性の経済的自立、政治直接参加を促す活動を行ってきた。当初は外国の援助に頼っていたが、最近では、政府や自治体に行政サービスを要求するようになってきた。ネパールでは、すべてのNGO活動に軍の許可証が求められるが、非常事態の今、識字活動は許されていない。また、その他の啓発・技術習得活動も許されていない。集会は事前の届け出が必要で、内容はチェックされる。また、FEDOの活動領域はマオイストの活動範囲と重なってきたため、マオイストから活動許可を得なくてはならず、その見返りとして寄付金を要求されてきた。

FEDOは今、難しい選択に迫られている。自己啓発型の活動や組織化はできないが、井戸堀りや奨学金などサービスデリバリー系の活動ならできる。活動範囲も郡庁所在地などに狭める必要性があるかもしれない。ダリット解放運動を目指してきたFEDOが、今後どの方向に運動を進めていくのか、今は見えない。パートナーとして現地のプロジェクトに協力してきたアジアボランティアセンター(AVC)も今後どのようにサポートしていけるのか悩ましいところである

〈第2報告〉:宮下和佳さん

(1)世界・日本の反応

国王による非常事態宣言に、印、米、英などの政府は強い反対を示し、自国の外交官を本国に召還し、軍事援助を一時停止した。現在、ネパールの国家収入の半分以上は外国の援助であり、支出の25%は軍事費に充てられているため、この停止は打撃である。AA会議(今年4月於ジャカルタ)でインド首相とネパール国王が会談をし、軍事援助一部再開の約束を取り交わしたと言われている。アメリカは、かなり早い段階で米大使と国王が会談をして、100日間で民主主義を復活させなければ援助を停止すると忠告した。中国とパキスタンは、援助停止は内政干渉にあたるため行わないと発表している。AA会議でネパール国王はインドに先立ち中国の国家主席と会談している。ネパールはインドと中国に挟まれているが、中国との関係を強める意向があるのかもしれない。EU諸国は、デンマーク、スイスなどが、開発援助の一時停止や新規案件の当面停止を発表した。

 これに対し、ネパール政府は、外国の援助がなくても影響はないと発表しているが、逆の見方もできる。これだけ新規案件の停止が続くと厳しいはずである。つい先日、海外にいるネパール人の協力を当てにした外貨国債を発行した。

 こうした中、日本は二国間援助ではトップドナーである。2月1日の後、大口の新規案件を2件発表した。15億円と3億円の無償援助である。日本政府はネパールの現状をどのように受け止めているのだろうか?非常事態宣言に関して政府は声明を出したり、駐ネパール日本大使が国王と会談したが、日本のメディアでは一切報道されていないため、内容は分からない。ネパール・ピースネット(NPN)は、この事態に対して世論の注意を喚起し、ネパールにおける基本的人権の回復に日本政府の努力を求めるために、署名活動を行った。1077人の市民が賛同の声をあげてくれた。もうすぐアメリカが忠告した100日目を迎えるが、ネパール政府がどのような立場をとるか注目したい。

注記:この部会の後、4月29日にギャネンドラ国王は非常事態宣言を解除した。しかし、国王の直接統治は実質的に続いている。拘束された人たちは一部まだ釈放されていない。

(文責:小森 恵)