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2006.09.15
部会・研究会活動 <国際人権部会>
 
国際人権・人権部会 学習会報告
2006年2月7日
マレーシアの国内人権機関:現地調査を踏まえて

阿久澤麻理子(兵庫県立大学教授)

  日本財団のAPIプログラムのもと、2005年8月・9月、マレーシア国内人権委員会(以下、「人権委員会」)の調査を行った。マレーシアは多民族国家で、憲法のもと信教の自由は保障されている。しかし、人口の60%を占めるマレー人の信仰するイスラムは憲法上「連邦の宗教」と位置づけられ、マレー人とはイスラムを信仰する者と憲法で定められている。マレーシアには治安維持法(ISA)をはじめ、多くの人権制約法が存在するが、こうした制約の下で、人権委員会がどのように機能をしているのかを知るために調査を行った。

  1999年に人権委員会の設置法が制定され、それに基づき委員会が設置された。この法律のもと、人権委員会が扱う「人権」の範囲は、憲法にある基本的自由と世界人権宣言で謳われている人権とされている。その機能は、1.人権教育の促進、2.政府への立法等に関するアドバイス、3.国際人権条約の加入を政府に勧告、4.人権侵害の申し立ての調査、である。また、拘留施設を訪問する権限を持つが、刑務所や留置場だけでなく、麻薬患者の施設、精神障害者の施設なども訪問している。委員は現在17人(内、女性6人)で、民族的バランスにも配慮されている。人権侵害の申し立ては、2002年の221件から2004年には614件に増えた。その多くは、当局の不適切な対応や警察の権力乱用に関する苦情申し立てで、残る四分の一は先住民の土地問題に関する申し立てである。

いくつかの制約事項

  委員は首相の推薦を受けて国王が任命するので、民主的プロセスを経ておらず、任期も短い。人権委員会が扱う人権の範囲は憲法の基本的自由に関する領域であるが、憲法は、それらの基本的自由を制約する立法の余地を認めている。また、マレーシアが批准した国際人権条約は改めて国内で立法化されない限り、法的効力をもたない。法廷にもちこまれた事件は人権委員会では扱えない。施設の訪問も手続きに則って事前の許可を得なくてはならない。

人権委員会の活動

  法の制限下にある人権状況の改善という視点から、法の見直しに力を入れている。憲法上の基本的自由を制限している国内法は、治安維持法(ISA)、煽動法、秘密保持法、公共秩序維持法など多数ある。ISAのもと逮捕されると、裁判なしで拘留されるため、公正な裁判を受ける権利や拷問を受けない権利などが否定される。人権委員会はこれらの改善を目指しレポートを作成し、それらはインターネットでも公表されている。また、政府に立法に関するアドバイスを行い、例えば、障害者の社会的アクセスを保障した障害者法が2004年に制定された。

  マレーシアは子どもの権利条約と女性差別撤廃条約を含み5つの国際人権条約を批准しているが、留保事項も多数ある。子どもの権利条約では、子どもの定義の条項を留保しているし、親の地位で差別を受けない権利や出生時から名前や国籍を有する権利も留保されたままである。女性差別撤廃条約では、家族に関する条文(結婚、離婚、親権、相続など)にすべて留保がかけられている。これらは、シャリア法(イスラム法)に抵触するからだ。また、これら条約は、国内法として立法されない限り効力をもたないため、人権委員会は新しい法律の制定を促してきた。「子ども法」はあるが、その目的は保護であり、参加を含む子どもの権利が位置づけられていない。女性への暴力に関する法もできたが、シャリア法には家族に関する規定があるから、イスラム女性にはこの法律を適用しなくてもDVは救済できるという考えも根強かった。これには、イスラムの女性団体も反撥し、結果的にこの法律はイスラム女性にも適用されるようになった。

イスラム社会と人権

  1980年以降、イスラムの教えを厳格に守る動きが世界的に強まり、さまざまな形で制度化されていった。マレーシアでは、その一つとして、シャリア法に基づくムスリムだけの法廷が設置され、一般の法廷から分けられた。家族関係と宗教関係および刑法の一部にシャリア法が適用される。男女関係に関する規定が目立つとの印象を持つが、家族や血統の継続を重視するからである。イスラム教からの離脱は認められていない。したがってイスラム教徒は生涯ムスリムである。最近、マレーシアでは憲法の「宗教の自由」がイスラム離脱を認めるものかどうかが大きな論争を呼んでいるが、憲法上、「連邦の宗教」であるイスラムに関する問題を批判することは、マレー人の宗教を批判することになり、極めてセンシティブで難しい問題である。多民族社会マレーシアでは、これが社会不安を煽る問題ともなりかねない。したがって、実際には、イスラムから離脱したいという申し立てが人権委員会に寄せられるなどしているが、こうした問題を人権委員会は正面からは取り上げてこなかった。今後話し合いの場を持つとのことである。

  こうした問題に積極的なのは、やはり女性団体やNGOである。しかし、イスラムを真っ向から批判して、変えるという取り組みができない以上、イスラムの女性団体はコーランを読み直して再解釈し、人権に即した新しい解釈を示す、という戦法をとっている。

  このように、伝統的にイスラムを解釈しようという流れと、近代化を推し進めてきたマレーシア社会との間に矛盾が生じてきている。多文化社会マレーシアにおける人権保障を考えるさい、極めて困難な課題は、ムスリムと、非ムスリムの「法」に対する考え方が異なることである。非ムスリムの私たちにとって、法は民主的手続きで作られるが、イスラムの人々にとって、法は神が定めるものである。社会に新しい問題が生じた場合、私たちは法律を作って対処する。イスラム社会では、イスラム法学者がファトワ(判断)を出して、社会に示す。「法」「国家」「秩序の作られ方」などの解釈が西欧の私たちと大きく異なる。こうしたことを今後どのように克服していくのかが、異なる文化を持つ社会が「人権」を共有する上で極めて重要である。

(文責:小森恵)