調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

Home調査・研究部会・研究会活動国際人権部会 > 学習会報告
2008.03.31
部会・研究会活動 <国際人権部会>
 
国際人権・人権部会 学習会報告
2008年2月9日

『差別と健康』部落女性の調査より

報告:ティモシー・ハーディングさん
(ジュネーブ大学医学部名誉教授)

 差別と健康に関して、被差別部落の女性85人に聞き取り調査をおこない、調査結果を取りまとめられたので、その内容を報告していただいた。

 今日においても、部落差別は、結婚、雇用、職場、日常生活といった場面に於いて存在しており、これまでにも、その実態は広範囲に調査が実施されてきた。今回の調査では、差別と健康の関連性に着目して調査を実施したところである。この種の調査は、他国に於いても実施されており、例えばアメリカ・イギリスにおけるアフリカ系市民、スウェーデン・フィンランドにおけるサーミ、東欧のロマ、オーストラリアのアボリジニ、ニュージーランドにおけるマリオを対象とした健康調査などである。実際に報告者も、1978年に世界保健機関によるアパルトヘイトと健康に関する調査に関わってきたところである。

 では、この差別と健康についての調査では、どのような項目で評価してきたかを幾つか紹介する。まずあげられるのは平均寿命である。被差別集団の人々は、平均寿命も平均余命も短いとされている。また、乳児死亡率は、支援の取り組みの効果として、反応が短期間で現れるため、この点も評価基準とする場合が多い。

 また、疾病の罹患率としては、結核と心臓病のそれを用いる場合が多く、また障害のある人の比率や、精神科にかかる人々の比率、更には自殺率も、差別と健康に関する指標として挙げられている。

 但し、これらの指標を用いて行われた調査結果を見ると、被差別集団によって深刻な分野や深刻度に相違が見られる(最も深刻な健康状態にあるのは東欧のロマであり、アボリジニも同様のパターンであるが、アルコール問題が深刻となっている。これらの被差別集団の中では、米国・英国のアフリカ系市民の深刻度は相対的に低いことが指摘される)。

 このような差が見られるにせよ、差別と健康には関連性があると指摘できる。それでは、差別がどのように健康問題を引き起こすのかについて検討する。明確に見いだせるのは、差別がもたらす貧困によって、十分な医療的なケアが受けられなかったり、栄養摂取が不十分であることなどから、健康問題が引き起こされると考えることができる。他方で、差別それ自体が健康問題に直結するという論点も挙げられよう。今回の調査では、差別と健康を繋ぐ媒介変数として、貧困、住環境、医療へのアクセス、教育、雇用、心理的影響などの要素を挙げた。差別実態が、これらの媒介変数としての生活実態に影響を及ぼすのであるが、これらの要素同士が影響を及ぼしあっていることも考えられよう。そして、これらの全てが、健康問題に影響を及ぼす要素となりえるという仮説を立てた。

 この仮説を基に、65才以上の部落女性85人に聞き取り調査を行った。65才以上の女性に限ったのは、家族の中でどのようなことが起こったのかを記憶していると予測したからである。そこで、子ども・青春時代、出産・子育て時代、そして1980年代以降のライフステージに分けて、住環境、教育、被差別体験、医療へのアクセス、健康問題、心理的影響について質問した。聴きとりを行ったのは、2003年に大阪、高知、福岡の37人の女性、さらに自らのネットワークで和歌山、兵庫、愛媛、福岡の女性に聞き取りをした。

 但し、記憶が曖昧であったり、長時間にわたるヒアリングでお疲れになったり、また内容がセンシティブであることから、データが欠落している部分が若干ある。そのため、一部のデータについては分析することができなかったり、解説を慎重に行うことが必要な部分がある。

 まず住環境について、子ども時代は、極めて劣悪であったことが解った。過密状態で暮らしており、平均で一部屋4.9人が暮らしていた。また外付けのトイレや共同トイレを用いていたり、井戸や池、川の水を生活用水に用いていた。子育て期になると過密状態が和らぎ、3.1人に減少するなどしている。ただし、住環境としては、道路の条件が悪かったり、街灯がついていないということもあった。

 教育については、子ども時代のデータは欠落していた。しかしその後は大きな変化があり、困難度は0となっている。識字についても、彼女達の子どもや孫の時代になると、非識字率はほぼ0となっている。

 被差別体験についても、明らかに改善がなされている。ただ、誰から受けたかについては、子ども時代に学校で他の生徒や先生から受けたという回答が多い。結婚に関しては極めて高く、また警察が非常に強い偏見を持っていると感じているようである。他方で医療関係者から差別を受けたという回答は少ない。部落の家に飛んできてくれたり、薬代や診察料を待ってくれたりしたという点で、好印象である。

 ライフスタイルについては、アルコールや薬物の乱用に関して、55%の女性が、家族や近親者に深刻な飲酒問題を抱えている人が最低1人はいると回答している。また、食肉産業を営んでいる地域では、食事が偏っているという問題がある。

 医療へのアクセスについて、子ども時代には被差別体験は殆どなかったと回答しているが、漢方薬や鍼灸を用いていた。他方、出産・子育て期は医療へのアクセスで問題が多かった。配偶者が不安定な仕事についていて保険が十分カバーされていなかったため、なかなか病院に行くことができなかった。80年代に入るとかなりの改善が見られる。

 健康問題については、子ども時代の幼児死亡率、つまり自らの兄弟姉妹の5歳未満の死亡率が極めて高い。出産子育て期には事故や労災、お酒に関係する健康問題が浮上してくる。

 この調査の弱点として、比較対照するグループがない点が挙げられる。そこで、兵庫の高齢者福祉センターに集まっている部落外女性に若干の項目について調査を依頼して比較してみた。その結果、子どもの死亡率について顕著な差がある。部落女性の場合、184人の子、313人の孫がいるが、そのうち子が17人、孫が1人亡くなっている。部落外女性の場合、121人の子、215人の孫がいるが、亡くなったのは子ども2人、孫0人であった。

 子どもの死亡率という観点から見た健康には大きな格差があった。また、50歳未満で死亡した数でみると、けがでなくなった数に大きな違いがある。事故、とりわけ労働災害で亡くなる比率が高いと指摘できる。

 これらの調査の結果、1950年代は教育、住環境、雇用が健康に強く影響を及ぼしていたが、50年代から80年代では、生活や心理的影響などの要素が加わり、複雑なつながりになってくる。80年代以降になると、雇用や生活、心理的影響の要素が強くなってくるといえる。

(文責:李嘉永)