奈良県の水平社歴史館に行き、館内を見学の後、職員の仲林さんから報告を受けた。以下、仲林さんの報告を紹介する。
この5月1日に水平社歴史館をオープンすることができた。計画から10年目にしての実現であった。水平社歴史館建設の経過を簡単に説明しておきたい。
奈良県においては1980年代に入り、抜本的な環境改善事業として小集落地区改良事業が本格的に始まった。御所市柏原においても、1986年に地区改良事業が始まった。地区改良事業による古い家屋の解体は、そこに残る貴重な資料の散失のおそれを生じさせた。
柏原の自治会や解放同盟柏原支部では、これを機に水平社発祥の地に水平社歴史館を建設し、貴重な資料を保存・展示していこうという運動が始まった。1988年に自治会や解放同盟柏原支部を中心に地元各種団体の加盟で水平社歴史館建設推進地元準備会をつくった。翌年には御所市内各種団体の加盟により、水平社歴史館建設推進委員会の設立、事務局の設置へと準備を進めていくことになった。
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資料収集では、地元の方々がたくさんの資料を持ち込んできてくれた。持主にとっては何でもない資料でも、こちらからすれば今まで全く見たこともない資料だったりした。1番多く資料がでてきたのは、阪本清一郎さんの蔵からだった。
その後、米田富さんの親戚縁者の方から、是非米田さんの資料を見に来て欲しいと言われた。行ってみると、背広はハンガーで壁に掛かっているし、書類・資料類は本箱に入れたままで、米田さんがそこに座ればすぐに仕事ができるという状態のまま保存されていた。しかも、阪本さん米田さんは全国水平社の中央の役員だったので、地元資料だけではなく全国的な資料が残っていた。
現在、水平社歴史館に50,000点の資料がある。その中で特徴的な資料を見ていくと、これまでの水平社運動史研究の見直しと歴史的再評価という事実がたくさん出てくる。
1922年3月に発せられた水平社宣言は、日本初の人権宣言と世界のマスコミから評された。我々は御所市柏原を、人権のふるさとと位置づけている。水平社歴史館が建設できた今、もう一度、柏原から世界に向けて人権情報を発信していくと共に、特別展示室の開放等、文化情報の発信源としての役割も担っていきたい。