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成人教育部会・学習会報告
2003年2月24日
「成人教育の概念と理論」

(報告) 上杉 孝實(龍谷大学)



 報告書理論編の巻頭に位置する「成人教育の概念と理論」について、上杉孝實さん(龍谷大学)に報告いただいた。以下はその概要である。

 まず第1に「成人教育の歴史的性格」で、成人教育は、もともと対象の制限されていた学校教育を、一般に拡大するという性格をもっていた。

 19世紀後半〜20世紀初、イギリスでは労働者教育、フランス・ドイツでは民衆教育の名のもとで行われてきた教育が、成人教育とよばれるようになった。教育が公ではなく私に委ねられていたため民衆の教育機会は乏しく、公教育制度成立後も中等教育・高等教育を受けることは難しかったのである。

 大正期以降、日本でも各高等教育機関の公開講座が行われた。

 日本の特徴として、成人教育という概念に先立ち、欧米からの輸入であった学校教育に対して社会教育の概念が登場した。第二次大戦後、社会教育の本質は自己教育であって、公の役割はその奨励や環境醸成にあり、教育機関や自主団体が教育を行うものと考えられ、成人教育の側面がクローズアップされる。

 第2に「成人教育の内容」である。労働者をはじめ民衆は、職業に関わって何らかの職業教育を受ける機会はあっても、幅広い教養を身につける機会を阻まれてきたため、イギリスなどでは職業教育以外の批判力を養う教育が重視されてきた。それに対し、アメリカでは実用的な立場が強く、また移民の受け入れ上の必要もあり伝統的に職業教育の側面が強かったが、現在ではイギリスを含め各国で、産業構造の変化や技術革新によって、成人の職業教育の必要性が高まっている。

 日本では大正期、思想善導、生活改善、職業指導の側面が強かった。1948年以後、社会教育は文部省の、職業教育は労働省の管轄であり、また海外では公的職業教育が充実しているが、日本では私が中心であった。さらに、海外では刑務所や軍隊における一般教育も行われているのに対し、日本ではそもそもそれらは教育カテゴリーにない。伝統的に、生活課題解決のための学習や生活改善など生活との関わりでの教育が重視され、部落解放の観点からの地域総合計画づくりや人権のまちづくりと結合した学習のように、学校型に限定されない地域での活動を通じた学習なども重要である。

 さらに、成人が社会生活を送るうえで不可欠の基礎的な知識・スキルを獲得するための、成人基礎教育や識字は、公的に保障される必要がある。

 第3に「成人教育の方法」である。欧米ではその学校教育拡張の性格から、講義と討論が中心であり、一人の教育者が継続的に関わるのが通例であるが、成人対象であることから、学習者の経験の重視、教育者と学習者の対等性が強調される。イギリスでは労働者に適した教育の確立をめざして、労働者にも高等教育を普及するチュートリアル・クラスを1907年に開き、30人以下の少人数学級で、週1回、年24回、3年間のチューターによる継続的な個別指導を含む教育が行われた。

 日本では学校教育との対比による社会教育の一環としての成人教育だったため、学校とは異なる形態をとってきたが、第二次大戦後は民主主義普及の課題もあり、公民館などでの講座・学級も盛んになり、ワークショップ、グループワークなど相互作用を重視する学習も行われるようになった。その後、問題解決のためには、共同学習だけでなく体系的学習の必要も再認識されるようになっている。

 第4に「成人教育者の役割」に関し、欧米では教授を行うチューターの役割が大きく、コースを企画するオーガナイザーもチューター経験者であることが多いが、日本では社会教育職員等のコーディネート機能が重要である。

 第5に「成人学習理論」として、成人の変容をもたらす学習にとって、認識の深化とともに、共同学習・人間的交流を通じた主体的な関わりが重要である。

(熊谷 愛)