調査研究

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2004.04.10
部会・研究会活動 <識字部会>
 
識字部会・学習会報告
2004年02月20日
狭山事件特別抗告申での識字能力に関する争点
-識字能力の観点から特別抗告申補充書作成に関わって-

(報告) 内山 一雄(識字部会部会長)
熊谷 愛(識字部会事務局)
花立 都世司(大阪市教育委員会)

意見書作成の経過報告と概要

(内山一雄)

 2000年5月に山上益朗主任弁護人から、裁判所側の「社会経験から石川さんは脅迫状を書き得る能力をもった」との論理に識字運動の実際から反駁できないかとの相談を受けた。

 識字部会で議論・検討を行い、識字学級生に狭山事件の脅迫状の文面を聞き取って自力で書いてもらう調査を行った。

 2000年6月の大阪市内生江識字学校での予備調査後、9月に取り組みを大阪府内の識字学級に依頼、9月から翌年にかけて学級生による脅迫状書き取りの集約・分析、調査結果の検討、狭山裁判での識字能力に関わる争点整理を行った。

 2002年の東京高裁による異議申立棄却を受けた弁護団の特別抗告申立、2003年9月の特別抗告申立補充書提出という流れのなかで、弁護団から今回の協力要請を改めて受けることになった。

先の調査の集約・分析を再整理した意見書について

(熊谷愛)

 91のサンプルを識字レベルにより、「不就学・初等教育中退」程度のAグループ(12名)、「義務教育修了」程度のBグループ(58名)、「高等普通教育以上」程度のCグループ(21名)に分け、脅迫状と同じ「誤り・特徴」が見られるか、異なる「誤り」が見られるか、を検討した。

 9分類できる脅迫状の誤り(<1>「子供わ[子供は]」、<2>「小供[子供]」「刑札[警察]」、<3>「死[死ぬ]」「死出[死んで]」、<4>「五月2日」、<5>「思い[思え]」、<6>「ほ知かたら[ほしかったら]」、<7>平仮名への万葉仮名的漢字の使用、<8>平仮名の「つ」「っ」へのカタカナの使用、<9>「気名かツたら[こなかったら]」)で同一といえる誤りが高率に見られるのは<1>のみで(Aで66.7%)、類似の誤りは<1><6>で各8割・6割超、<3><4>で1-2割台を示すグループがあった以外、1割を切った。以上から、脅迫状に見られる誤りは非識字者においては特異といえる。

 他方、脅迫状の誤りが9分類に止まるのに対し、サンプルは、平仮名表記に関し21種類、漢字表記に関し8種類の多岐にわたる。

 次に、A・Bを比較すると、Aは漢字使用率が低いため平仮名表記の誤りが多い(字形の誤り、清音・濁音・半濁音の混同、「お」と「う」の混同、名詞につけられた送り仮名…)が、Bは平仮名の誤りが少なく、漢字の誤りが多い。Aにおける漢字表記の誤りは、「字形が微妙に違う」「字形、意味、音が似た別の字を書く」等、「正しい漢字が書けない」パターンであり、一サンプル中での誤りのパターン吟味から、脅迫状における「万葉仮名的用法」は皆無といえ、Bも基本的に同傾向である。

 この分析結果から、非識字者には脅迫状における特徴があまり見られず、脅迫状には非識字者に特徴的に現れる誤りが見られないといえ、その傾向は特に非識字の程度に比例するといえる。

脅迫状と石川さん作成文書との比較考察

(花立都世司)

 石川さんと同年代を対象とした「国民の読み書き能力調査」や、石川さんの学校での欠席日数や成績、非識字状態で義務教育を終えた後に識字能力を自力で獲得する困難さ等から、石川さんは平仮名とごく簡単な漢字しか書けない非識字状態にあったとする、「心理状態」等の推測を含まない判定がまず優先されるべきだ、とされた。

 高識字率の日本社会では、筆記具を適切に動かして書く、高度な身体技法としての書字の難しさが理解され難いが、非識字者は「はらい」等で適度に力を抜けず、筆圧が高い。また、非常に複雑な形態を持つ漢字は、非識字者にとって、(画数が多いほど)細かい点まで正確にバランスよく「その字らしく」書くのが難しい。

 さらに、文章には句読点の打ち方等の種々の様式があり、非識字者の文章は文字列として文字間隔や行間隔が不揃いでデコボコだったり、句読点の誤りや分かち書き等の特徴があったりする。用字用語の面では、先述のように多種多様な「誤り」のバリエーション(例えば、名詞等につけられた不要な送り仮名、濁音・半濁音の誤り、漢字・平仮名の字形の誤り…)が見られる。

 石川さん作成文書には、脅迫状には存在せず識字学級生と共通する「誤り」が多数見られるほか、平仮名表記の誤りや平仮名の字形の極端な誤りが徐々に減り、字画線も滑らかになるとともに、使用漢字が少なく画数の少ない漢字に字形の誤りが見られた状態から、漢字の使用率が上がり、字形の誤りが多数現れるようになる、という非識字者における用字用語の時系列的発達の過程が示された。

 これに対して、一見すると非識字の特徴をもつかのような脅迫状のテクストは、当て字といった誤用が多いのに文字自体の誤記はほとんどない等、<1>非識字者に典型的な誤りを含まず、<2>「当て字」「省略」に分類できる9つの手続きを使えば、識字者が書きうるものである。また、識字学級生と石川さん作成文書に共通する「誤り」は、脅迫状では正しく表記され、脅迫状の筆者は、それらの用字用語について十分な発達を遂げている。

 以上から、当時の石川さんに脅迫状を作成する筆記能力がなかったことは明らかである。

(熊谷 愛)