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2004.06.19
部会・研究会活動 <識字部会>
 
識字部会・学習会報告
2004年03月31日
全米識字法(National Literacy Act)の内容に学ぶ

岩槻 知也(京都女子大学短期大学部)

  「全米識字法」が1991年に成立した背景には、次のような議会の議論があった。
  1. アメリカの約3,000万人の成人が識字能力に深刻な問題を抱え、
  2. 識字問題は世代間の問題であり貧困の問題と密接に結びついているゆえ、アメリカの経済発展にとって主要な脅威であり、
  3. すべての公的および民間識字プログラムは支援の必要な人々の一部(約19%)にしか届かず(また成人教育法による国のプログラムも対象者の10%にしか提供されていない)、学習による利益も最小限にとどまる場合が多く、
  4. 非識字の予防は、国の非識字率の上昇を食い止めるために必要不可欠で、
  5. 識字プログラムの多くは、資金、他の識字プログラムとの連携、講師のトレーニング・技術に対する充分な投資を欠き、
  6. 優れた識字活動に関するよりよい情報を得て、評価・指導を改善すべく研究を重ねることが、識字能力と雇用可能性の改善にとって重要であり、
  7. 5,000万人もの労働者が2000年までに訓練または再訓練の必要があり、
  8. 非熟練労働者の供給増の一方、非熟練労働の需要は減少している。

  次に「全米識字法」の内容であるが、まず「識字(literacy)」については、「仕事や社会への参加に役立ち、自分の目標を達成したり、知識や潜在能力を開発するために必要とされるレベルの英語の読み書き能力・会話能力および計算能力、問題解決能力のこと」と定義されている。

  全体は、タイトル1「識字:戦略的な計画、研究および調整」、タイトル2「労働者の識字」、タイトル3「識字への投資」、タイトル4「職業技能に関する業界のリーダーシップ」、タイトル5「家族のための本」、タイトル6「拘禁者の識字」、タイトル7「識字ボランティア」、タイトル8「自治領および自由連合州に関わる修正」で構成されている。

  以下では、主要なタイトルの内容を順に紹介する。

  まずタイトル1では、労働長官・厚生長官・教育長官からなる「省庁横断組織」の運営によって識字問題に関する基礎的・応用的研究を行う「国立識字研究所」と「州立識字資源センター」の設置について規定されている。

  「国立識字研究所」の研究テーマには、「成人はどのように読み書きやその他の技能を学び、獲得するのか」「教育的に最も恵まれない層に対して効果的にサービスを届ける方法とは」「専門家やボランティアの講師をどのように募集・訓練・再訓練するのか」などの例が挙げられ、国家レベルのデータベースの作成(現在はウェブサイト上で公開)などを通じて、国・州・地方機関による識字政策の開発・実行・評価を支援する、とされている。

  もう一方の「州立識字資源センター」の主な任務は、識字サービス間の連携の奨励、州・地方機関の識字サービス提供力の強化、データ・専門的知識の共有に向けた国立識字研究所とサービス提供者との橋渡し、とされている。

  タイトル2「労働者の識字」は、中小企業やその連合、労働団体による労働者のための識字プログラムの開発・実施に対する支援(例えば、労働者のための識字プログラムの評価、最も効果的な中小企業のプログラムモデルの選定、モデルたりうるカリキュラム・指導法などに関する調査結果の周知)を通じ、基礎的技能が低いため不安定就労・失業状態にある人々の技能を向上させることを任務とする「全国労働者識字支援協会」(労働省内組織)について定めている。

  タイトル3「識字への投資」では、地方の教育機関・矯正教育機関・地域組織・公的または民間の非営利組織・中等後教育機関への支援など、識字施策への投資に必要な国家予算を2億6000万ドルと見積もり、乳児から7歳の子どもと親の両方に識字サービスを提供する「イーブン・スタート・プログラム」や、「家族の識字」公共放送プログラム、低所得家庭の子ども・学校で失敗の危機にある子ども・身体障害をもつ子ども・里子・ホームレスの子ども・移民の子ども・図書館に行けない子ども・自身または親が収監または拘禁されている子どもを対象に安価な本を配布するなどの「家族のための本」(タイトル5に詳述)を、財政的に支援すべき「家族の識字」プログラムとしている。

  ここから日本における識字の現状への示唆として、

  1. 「全米識字法」における識字の定義を用いた日本の識字実態調査の必要性(具体的な識字/非識字の数値の必要性)、
  2. 米国の「国立識字研究所」「州立識字資源センター」、また国家予算で運営される大学内の研究センター(例えば、ハーバード大学「国立成人学習・識字研究センター」)のような体制・組織の必要性、
  3. 雇用する側である産業界を巻き込んだ「労働者の識字」、子どもに対するサービスを含む「非識字の予防」という観点からの「家族の識字」など、識字問題に対する多面的なアプローチの必要性、

といったことを引き出すことができるだろう。

(熊谷 愛)