日韓交流ハウス呉満(オー・マン)代表には、1997年に東大阪市の社会教育センターで開かれたハングル講座第1期生として指導を受け、出会った。
「日本と韓国の文化交流の場を生活の中に築くこと」を理念とする日韓交流ハウスは、2000年5月5日、(公的施設を借りるのが難しかったため)在日コリアンの多い大阪市生野区鶴橋の古い小さな民家に開かれた。<1>文化活動を通じて日韓両国の親善友好に努める、<2>日韓両言語による相互理解を深める、<3>人と人との交流の場を提供する、を活動テーマとして、当初は日韓をめぐる体験を参加者もともに語り合う「オンドル夜噺」を中心に、その後は国際交流基金や大阪市助成金の支援も受け、日韓交流に関わる文化交流事業・韓国語講座・日本語講座・韓国異文化体験ツアーを展開してきた。
日本語講座が始まったのは、日韓交流ハウス周辺のスナックで働くコリアン女性が、カラオケの曲名が読めないのでカタカナを知りたいと言ってきたのがきっかけである。今里新地にも多い韓国語の通用する店に勤める彼女らの背後には、女性が日本以上に低賃金で、離婚すると親元にも帰れないという韓国社会の事情もある。こうして2000年6月に「ひらがな」「カタカナ」の指導を、2001年11月からは報告者による日本語指導を始めた。「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」(山田文明代表;以下「守る会」)からの依頼で2004年12月に、初めていわゆる「脱北者」の女性1名を日本語講座に受け入れた。2005年10月5日現在の受講者は、韓国からのいわゆるニューカマー4名(20代:1名、40代:3名)、北朝鮮からのいわゆる「脱北者」4名(20代:2名、40代:2名)の計8名である。
朝鮮戦争後1960年代の韓国は貧しく、日本では大学を出ても企業に門戸を閉ざされ、1959年12月〜84年にかけて約9万3000人の在日コリアンが北朝鮮に帰国した。北朝鮮に渡った在日コリアンとその日本人の妻、北朝鮮で生まれた子どもで、中国経由で日本に脱出してきた「脱北者」は現在、約100名、そのうち約20名が関西に定住者資格で暮らしている。彼らに対し、日本政府は定住者資格は与えても援助は全く行っておらず、個人やNGOによる支援があるのみである。
日本語講座は月・水・金の週3日、1回90分で、10:30〜、12:30〜、14:30〜、16:30〜の4クラスがある。授業は中断なく毎日受ける方が効率的であるが、課題をこなす時間も考慮して週3日を基本としているが、受講者の希望で週1日、2日も選択できる。一般的な日本語学校は年に60万〜100万円もの授業料を必要とするが、日韓交流ハウスの日本語講座の受講料は、週3日で1万5000円/月(週1日5000円/月で週2日なら1万円/月)、韓国語講座も共通の低料金設定にしている。しかし、脱北者の場合、1名を除いて、受講料のみならず教材費・辞書(電子辞書)購入費、交通費も、「守る会」の「脱北者あしなが基金」の支援で賄われている。
生活上必要な日本語は聞き取れるし会話もできる韓国人ニューカマーの受講者の場合、文法を学んでいないことによる誤用が多かったり、語頭に濁音が来ない等の韓国語の特徴から「バケツ」が「パケス」になるような発音の癖があったり、ひらがなはある程度理解できてもカタカナの習得が不十分であったりするため、それに対応した少人数指導を行い、誤用訂正も積極的にしている。できるだけ韓国語を媒介語に用いない日本語による直接法を基本とし、教材としては体系的に文法を教えられる『みんなの日本語』úJ、úKを用いて、学習した文法を使った応用会話に力を入れるとともに、漢字については書けることよりも読めることをめざしている。
脱北者の場合、北朝鮮では日本から2万円/月の送金で不自由ない暮らしができたが、送金が止まればたちまち生活苦に陥る状況で、制度として4年制小学校、6年制中学・高校はあっても、「食べていくこと」が最大の心配であり、学習が保証されていないため、勉強して働くという価値観が希薄である。こういった生活習慣・意識の違いや経済的基盤がないこと等による日本での生活に対する不安が大きく、日本語学習以前のメンタルケアの側面が最も重要なので、韓国語が使える意味は大きい。とくに初めの2〜3カ月は個別指導を中心に少人数制を併用する形で、媒介語として韓国語も用いながら、ひらがな・カタカナ・発音、さらに漢字の読み書きへと指導を進める。生活保護受給者は一部であり、仕事を得ることが最大の課題だが、言葉の問題に加え社会システムも全く異なる日本で仕事を得ることは非常に難しいため、まず自宅での学習環境をつくり、日本語習得の必要性と日本社会のしくみを教えることにも力を注いでいる。
韓国では脱北者の受け入れが減ってきており、また脱北者が韓国社会に定着するのも厳しいのが現実である。日本政府は、受け入れるのであればきちんと支援すべきである。