調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

Home調査・研究 部会・研究会活動識字 > 講師の手引書
部会・研究会活動 <識字部会>
 
識字部会
ある日本語読み書き教室の現場から

 最近、東京や大阪などの大都市圏にかなり多数の外国人が居住しつつあることは周知のとおりですが、このような外国人が日々の生活に必要な日本語を学ぶ場はまだまだ不足しています。民間の日本語学校などもありますが、一斉授業のうえに進度も速く、授業料も高いといった状況です。こうした状況のもとで、公民館等の社会教育施設で開かれている日本語読み書き教室でも、長期間日本に暮らしている在日韓国・朝鮮人や日本人に加えて、最近日本にやってきたアジアや南米諸国の若い人々の参加が増えています。

 ここでは、このような外国人の増えつつある日本語読み書き教室の事例を、ごく簡単にご紹介します。

(1)学習者との最初の出会い

 私たちの教室では、まず教室を訪れた学習者との最初の出会いを大切にしています。というのも、教室を訪れた学習者が参加を決意するかどうかは、学習者の教室に対する「第一印象」に大きく関わっていると思われるからです。「第一印象」で決めつけるななどとよく言われますが、この「第一印象」というのは意外に大切なものではないでしょうか。とくに最近やってきた外国人を対象に含むような日本語読み書き教室では、このような「第一印象」を軽視することはできません。最初に出会った講師が、どことなく暗い表情をしていたり、読み書きの力をテストしてやるぞというような雰囲気をもっていると、学習者はそれを敏感に感じとり、参加への意欲を失ってしまうかもしれないのです(かといって、むりやり表情をつくるのもヘンですが)。

 いずれにせよ、この最初の出会いの場面では、まず教室を訪れた学習者の不安を和らげ、話しやすい雰囲気をつくることが大切です。そのうえで、学習者の語ることばに素直に耳を傾け、その人となりや希望を少しでも知ることに専念しなければなりません。なぜなら、この出会いが、学習者の要求をくみ取る第一歩となるからです。

 資料(学習カルテ)は、このような最初の出会いの場面で、学習者に聞いておいたほうがよいと思われる項目を、一枚のカードにまとめたものです(実際に私たちの教室で使っているものです)。最初に出会った日にこれらすべてのことについて聞くことはほぼ不可飴に近いですし、またすべてをこの1回で聞いてしまおうとあくせくする必要もないでしょう。ただしこのような項目が、講師の頭の片隅にあるかないかで最初の出会いの内容が大きく変わってくることには間違いありません。

 そこでこれらの項目のなかで、とくに留意すべき点について順にみていくことにします。

  1. 氏名:外国人の場合、基本的には母国での氏名を尋ねます(とくに在日韓国・朝鮮人の場合、日本名を名乗っている人もいます)。そして発音もできるだけ忠実に、カタカナなどで文字化しておくとよいでしょう。そうすれば、教室での自己紹介の場面で、母国での氏名を名乗ってもらい教室全体で発音をまねてみることもできます。学習者の母文化を尊重するということも、こんなことから始まるのかもしれません。それから、郵送等の都合上、母国の氏名とともに、日本での表札名(通名)も聞いておいた方がよいと思われます。

  2. 住所・電話番号:とにかく連絡ができるように、できる限り詳しく聞いておくことが大切です。

  3. 仕事:仕事に読み書きが必要な湯合、その仕事の内容が、学習の中身に直接関わることがあります。
     仕事について聞いておくことは、学習の中身を考える際に重要なポイントとなるでしょう。

  4. 来日時期・滞在期間:とくに一時的な滞在なのか、永住を希望しているのかが、学習の中身を大きく左右することがあります。

  5. 家族の状況:むりやり聞きだす必要はまったくありません。ただ本人が留守のときや、日本語の会話に支障がある場合に、その代わりに連組できる人がいるかどうかという問題です。
     ですから、ある意味では家族である必要はなく、「身近にいて、助けてくれる人」でもいいわけです。

  6. 健康状態:高齢者などの場合、たとえば、私たちの教室には、視力が弱いので小さい文字は読めないとか(私たちの教室では実際に、・虫メガネを準備しています)、冬になると足が痛むので参加しにくいなどという問題を抱える人がいます。

  7. 教室をどうして知ったか:文字の読み書きに困っている人に、教室のことを宣伝する方法を考える際に役立つでしょう。
  8. 教室での学習に関すること
    1. 就学歴:日本での学歴と母国での学歴を両方聞いておくとよいでしょう。とくに母国での学歴が高い人には、ことばの学習になれている人もいます。

    2. 会話の能力・読み書き能力:ごく大まかに、学習者の自己評価を聞きます。テスト的なものをすることについては、要注意です。学習者の中には、学校時代の苦い経験を思い出す人がいるかもしれません。また会話能力の場合は、面接時のやりとりである軽度判断できるでしょう。

    3. 学習の目標・要望:最初の面接だけではなかなかできませんが、úJで述べたように、学習者のことばに含まれている意味を、できる限り深く読みとる努力をすべきでしょう。

    4. 母語・その他読み書きできる言語:日本語がまったくわからない学習者とのコミュニケーションをとる場合には、必須の情報です。講師の中に、英語や学習者の母語がわかる人がいたり、すでに教室に来ている学習者の中で、通訳をしてくれる人がいるかもしれません。いざとなれば、この欄に記入してある言語の辞書を使うこともできるでしょう。

 さて、以上のような項目を参考に、最初の出会いを体験するわけですが、もちろんのことながら、これらの項目を一つひとつ証人尋問のように機械的に質問することは、避けたほうがよいでしょう。

 「読み書き教室」の学習者というよりは、初めて会った人と友達になるときの感覚で、会話をすすめてみてはどうでしょうか。そのためには、自分のことも、相手にわかるようにていねいに紹介することが必要になってきます。冒頭にも述べたように、実に難しいことではありますが、教室を初めて訪れた学習者の不安感を取り除き、話しやすい雰囲気をつくったうえで、要求をできる限りくみとることに集中すべきでしょう。


----------------------------------------------------------------------------

(2)学習の目標づくり

 以上のような最初の出会いをきっかけとして、講師は学習者の要求を的確にくみとり、学習者の目標づくりを手助けします。私たちの教室では、学習者が考えている生活上の目標や教室での学習の目標を学習者自身に文章化してもらいます(書くことができない人については、もちろん講師が援助します)このことは、学習者が自分の目標を再確認するという意味でも重要だからです。

 資料に、その具体例を示しました。これをみてもわかるように、生活目標については1年間、学習目標については2〜3カ月という比較的長い区切りで、ごくおおまかに設定しています。このような目標はあくまでも学習者の要求に基づいているという点で、学校の指導要領にあるような目標とは異質なものだと思われます。そしてこれらの目標を文章化すれば、それを教室全体で発表しあいます。一対一の学習を中心に据えている教室では、他の学習者がどんなことを学習しているのかわからない場合が多いでしょうから、教室全体の連帯感を高めるうえでも、この目標の交流は大きな意味をもつのではないでしょうか。


----------------------------------------------------------------------------

(3)学習の記録づくり

 以上のような大まかな学習の目標を設定することと同時に、日々の学習の記録をつくることも、学習者の学びの過程を把握し、学習者に的確な次の一歩を示すためには重要な作業となります。

 資料(学習の記録)は、このような「学習の記録カード」の実際です。私たちの教室では、どのような教材を使って何をしたかという点に加えて、「話題(聞き取り)」欄なるものを設けています。ここには、学習の中で話題になったおもしろいトピックや気づいたことをメモしておきます。とくに雑談の中に出てくる内容には、アンテナをはっておきましょう。後にも述べますが、学習者の興味や関心、生い立ちなどは、このような雑談の中に出てくることが多いように思われます。そしてそのようなトピックが、作文などを綴る際の格好の素材となるのです。

 またこの記録は、講師団会議などで、学習の中身に関する講師同士の相互評価にも役立つことがあります。こんな教材を使ってこんなことをしたらうまくいったとか、こんなことをしたのは失敗だったといった体験を、この記録をもとに交流することができるのです。


----------------------------------------------------------------------------

(4)学習のふりかえり

 学習のふりかえりは、学びの節目をつくるという意味で重要です。たとえば、私たちの教室では、「この3カ月をふりかえって」といったようなテーマの感想会を開き、学習者自身に「できたこと」「できなかったこと」を発表してもらいます。そして、このような学習者の自己評価に対し、担当の講師が簡単にコメントを入れます。

 ここで講師は、各学習者の当初の目標にあわせて、これまでの学習をふりかえります。もちろんのことながら、このような「ふりかえり」は、テストの点数のように数量化できるものではないでしょう。

 進度のきわめて遅い学習者でも、何かが少しは変わっているはずです。たとえば毎回出席し続けることも、なかなかできることではありません。したがって講師は、細心の注意を払って、少しでも「できた」点があれば、どんなことセも評価することを心がけたいものです。いずれにせよ、学習者の次への意欲をわきたたせることにつながるような「ふりかえり」をすることが大切だと思われます。

 また1年の終わりには、資料に示したような「学習修了証」なる賞状をつくっています。このような「修了証」は、賞状などをもらったことのない学習者にとっては、いっそうの励みになるかもしれません。

 記入欄には、どれだけのことができたか、これからどんなことをすればよいか、などといったこととともに、出席日数を入れておくことをおすすめします。1年間よく頑張ったという実感が、このような数字から生まれてくることもあるようです。そして担当の講師が、賞状にこれらのことを記入して、学習者本人に渡します。文字にするということは、口だけで言うよりも重みを増します。それだけに、何度も言うようですが、その「ふりかえり」が、学習者に達成感をもたらし、次への意欲へとつながるものにしなければならないでしょう。

 最後に、以上のような「ふりかえり」は、できることならば、担当の講師1人でおこなうのではなく、講師団の共同作業として行われることが望まれます。「学習の記録カード」などを利用しながら、「ふりかえり」の方法を講師間で交流することが、より適切な「ふりかえり」を生む基盤となるでしょう。


------------------------------------------------------------------------------

(5)文集づくり

 私たちの教室では、学習活動の大きな柱として、毎年1回、学習者や講師の作文をまとめた文集をつくることにしています。毎年大変ですが、できる限り全員が提出することをめざしています。

 この作文では、「自分の感じたことや考えたことを自分のことばで書く」ということを目標にしているので、講師はまず、学習者の生い立ちや仕事、日常生活のエビソードなどから、その題材を探し出す努力をします。ただこの題材は、「題材を探そう」と一所懸命になったときよりも、むしろ学習者と「雑談」をしているときに見つかることが多いようです。苦労の多かった昔の話や日々の生活でのおもしろいエピソードなどは、リラックスした雰囲気でかわされる雑談の中に姿を現すからです。したがって講師は、このような雑談の中に現れるトピックにも敏感に反応できるアンテナを張りめぐらせておく必要があるでしょう。そして題材が決まれば、実際に「書く」という作業に入ります。ただしこの「書く」という作業は、文字を不自由なく書ける人にとってもかなり難しいものなので、・学習者にとつてはなおさら至難の業となります。そんなとき講師は、学習者から聞きとった話をメモしたり、テープに録るなどしながら、学習者が書く作文の「手本」を書いてもいいでしょう。

 また、学習者がどうしても日本語で書けないという場合なら、学習者の母語で書いてもらうのもいいかもしれません(この場合、講師の日本語への翻訳能力が問われますが‥‥)。

 このようにして一所懸命に作文を書く過経で、学習者は、いま一度自分の過去や現在の生活をふりかえり、じっくりと自分自身を見つめなおしていくようです。

 日系ペルー人のある学習者は、日本人の印象についてこんなことを書きました。

 ‥‥日本人はみちをきいてもしらないふりしたり、「ちょっと」といって、はしっていってしまう。

 外国人をこわがっているのか、ちかづいてきてくれない。また、お金のことがわからず、おつりをごまかされたりもしたし、あるいていたら、へんな目でみられたりもした。くにはちがう、でもおなじにんげんとしてふつうにつきあってほしい。このような日本に暮らす外国人の思いを、私たちは普段あまり聞くことができません。つまり学習者の「作文を書く」という作業を援助するなかで、講師の方もまた、学習者に対する理解をよりいっそう深めていくことができるのです。

------------------------------------------------------------------------------

(6)生活相談の問題

 最後に、学習者の生活相談の問題についてふれておきましょう。ある意味でこの問題は、学習者が日本社会の中で生きていくということの根本問題にかかわることだと思われるからです。

 たとえば、私たちの教室に来ていた日系ペルー人の学習者はある工場で働いていたのですが、その工場の潅い主が、貸金未払いのまま、ある日突然蒸発してしまったのです。そのときいっしょに学習をすすめていた講師が、役所や弁護士との連絡に奔走したのですが、結局解決にはいたりませんでした。

 これはほんの一例ですが、このようなこと以外にも、最近自本にやってきた外国人などの場合、医療や福祉に関するサービスを充分に受けることができなかったり、不当な条件のもとで仕事をさせられているといったことがままあるようです。このような問題については、講師個人の力で責任を持ちきれない場合が多いと思われますので、行政の外国人相談窓口や医療・福祉サービス、労働などに関する相談をおこなっている民間の外国人支援団体との連絡を密にしておく必要があるでしょう。

<資料>

(岩槻知也)