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部会・研究会活動 <識字部会>
 
識字部会
成人の学習としての識字活動

(1)成人の学習活動で留意する点

 教育にはおとながこどもを教えるという文化の伝達のイメージがあります。とりわけことばは文化を運ぶものであり、その文字・表記の教育は伝達に重きがおかれます。しかし、識字活動は成人が参加者であり、学校教育に代表されるこどもに対する教育とは異なる活動としてとらえる必要があります。

 以下に、識字活動で留意すべきいくつかの点を、成人教育学(アンドラゴジー)を参考に示します。

 ただし高齢の成人などの場合は、また別の配慮が必要となってくるので柔軟に考えてください。

‡@参加者中心

 いかに教えようかと問うのではなく、いかに参加者は学ぶか、またそれをいかに援助し、共に識字活動を進めていけるかと問うことが大切です。つまり講師がいかに教えるのかが中心となり教える者と学ぶ者を二分した上下関係を、今まで講師によって行われるとされていたあらゆる過程に学習者が参加することによって、教える者と学ぶ者の区別を重視しない対等な関係にするということです。その時、講師は教える人でなく、参加者の学習を促進し集に識字活動に参加する人(フアシリテータ)となり、学習者は参加者になります。

 フアシリテータは、多様な参加者すべてが参加できるようにする、ある役割をもった積極的な参加者とでもいえるでしょう。他の参加者を介助し、質問をし、そして質問や積極的な対話を引き出し、参加者ができるだけ等しい参加をできるようにし、参加者同士の交流を深めることが大きな役割となります。とりわけ導入において参加者の緊張をほぐし、くつろいだ雰囲気づくりをするなどは、参加者の積極的な参加を進める非常に重要な部分です。また、感受性が豊かで共感的な態度、グループのプロセスへの理解など、従来の教育で重視されていた技能、態度とは異なるものが必要とされてきます。

‡A尊敬、秘密を守る義務

 成人に対して少しでもこども扱いするのは失礼です。対等な個人として信頼し尊敬しあう関係(パートナーシップ)をつくる必要があります。対等で肯定的な人間関係の中でこそ学習は創造的なものとなります。「非識字」者は、学校教育の失敗によってつくられた面があります。

 その点においても学校教育で受けたいやなことを思い出させるような教育方法等は避けなければなりません。例えば、赤ペンで○×をつけたり「正答」を書き加えたりするのは、参加者がそれを望んでいる場合だけにするなどです。

 識字活動で参加者について知りえたことは、プライバシーの保護に責任をもつ必要があります。

 フアシリテータ同士の間でも、参加者のプライバシーは守るべきです。

‡B学習の自己決定・自己管理・自己評価

 参加者の自己決定権を侵さないよう注意する必要があります。識字活動への参加が自主的であったように、成人は自主的に自分の目標を立てて行動します。参加者が望まないことを無理強いしてしまわないよう気をつけてください。参加者が、学習内容やその方法、過程についてどのように感じているかに関心をはらい、肯定的に感じるような学習活動にしてください。「非識字」者のなかには、学習に自信がなく自己の学習能力を過小評価している人もまれではありません。

 プレッシャーを与えないで自分のペースで学習する自由を保障してください。さらには、学習目標の設定、カリキュラムの編成、学習方法の選択、学級運営についてなど学習のあらゆる段階に参加者の自己決定権を保障していってください。また、参加者による学習の評価を尊重してください。そのためには、その日最初に前回の、そして最後にその日の学習について簡単なふりかえりをするとともに、定期的に中長期の学習にかかわる参加者自身の要求を評価する機会をつくってください。

‡C成人の特性(知識・経験、課題中心、時間の要素)

 成人はそれぞれが、ユニークで膨大、多様な知識・経験を持っており、それが学習の豊かな基礎となります。フアシリテータが学習資源の一つにすぎないのに対して、参加者自身は学習の土台となる最も大きな学習資源です。何が難しいか、したがってどのような順で学ぶかなどは、それぞれの知識・経験によって違ってきます。また、成人にとっての経験はその人そのものであり、成人はそれを守ろうとします。その経験を拒否することは、その人の人格を否定することになります。反対に、その経験を学習に取り入れるなら、その人に対する敬意を示すことでもあります。

 学習内容や教材は、周到に調査し考えられて作られたものでも、個々の参加者と独立した固定されたものになってしまいます。用意された教科書、教材に参加者の学習を合わせていくのではなく、参加者が実際に直面している職場や生活上等の諸問題を中心におき、その解決のためになるような学習にしてください。そのためには、方法、原則にとらわれないで参加者が望む問題の解決に役立つあらゆるやり方を試みることが必要です。

 年齢とともに時間がますます重要なものになってくるため、成人とこどもでは時間のもつ意味が違います。また、成人は現在直面している課題の解決につながる学習活動を望むので、将来いつか役に立つことを長い時間かけて学ぶこどもの教育に対して、短期間で学べるものや学びながら課題の解決に適応できるものとする必要があります。それは、参加者の学習要求に応えるということで、それには直ちに応えるという即時性とともに、予定していた学習内容を場合によっては変える柔軟さという即興性が必要です。

‡D交流

 最初の時間は最も大切な時間です。歓迎のことばをのべるなど参加者が歓迎されていると実感できるようにしてください。はじめての参加者がいる時は、経験をつんだフアシリテータが十分な準備をしてその人につき、識字活動に参加する意欲と関心を高めるようにしてださい。活動をはじめる時、フアシリテータが自己紹介をするのはもちろんですが、参加者同士で自己紹介してください。交流のきっかけづくりには、緊張をほぐし参加者がお互い知り合いになるためのアイスプレーカーという技法や人間関係をつくるワークショップを用いるのもよいでしょう。それは、参加者のセルフエスティームを高めるのに効果のあるものといえます。注意すべきことは、そのような体験的参加型学習方法になれていない人への配慮です。強制的な参加にならないよう留意してください。

 識字活動における文字学習等は、非常に疲れやすい困難なものです。疲れている様子を察知して文字学習以外のものに切り替えたり、休憩をはさむ必要があります。標準的な識字活動は2時間ですが、中ほどにお茶の時間をはさんで、少しまとまった休憩をとり、交流を深めるとよいでしょう。予定された識字活動の時間が終わったら、参加者と自由に話のできる時間を5分以上とるようにしてください。その時間は、活動時間内に個々に接することのできなかった参加者と交流するためです。なかには、みんなの前では質問しにくい人や、より強い関心から深いことを尋ねたいと思っている人、また、学習にかかわってだけでなく生活上の問題などについての相談をする人などがいるでしょう。交流は識字活動をおこなっている部屋の中だけで大切なのではありません。とりわけ、部落における識字活動など、参加者同士が住んでいる所が近い場合、日常的に支え合うネットワークづくりという面があります。そのためには、食事にいくことや、パーティやハイキングなどのイベントをするなど、交流を深める取り組みをしてください。

 また、欠席者には連絡をとり、プライバシーの侵害にならない範囲でその様子を他の参加者につたえてください。欠席の理由が病気などの場合は、見舞いにいきたい人もいるでしょうし、長期の欠席者の場合は、再度参加するように励ましたいという人もいるでしょう。

‡Eジェンダーの観点

 女性に「非識字」者の多いことが示すように、識字問題は女性問題でもあります。日本の部落の識字活動への参加者もほとんどが女性です。しかし、今まで識字活動を女性差別の問題としてとらえた取り組みは十分にできていませんでした。今後、ジェンダーの観点から識字活動を問い直しておこなう必要があります。例えば、参加者の女性を「おかあちやん」と呼ぶ場合がありますが、母親という役割にもとづく観点からひとまとめにしてしまうのは問題があります。その点については、フアシリテータがジェンダーに敏感な感性をもつための研修、意識変革が不可欠です。

 また、女性差別について参加者の意識化を進め、参加者がお互いにエンパワメントできる関係づくりをする取り組みが必要です。

‡F学習形態について

 学習形態には、様々な種類がありますが、参加者の多様な学習ニーズに応えたり、文字・表記習を保障するには、参加者とフアシリテータが一対一であることが望ましいといえます。しかし一方で識字活動においては、非識字が差別によって生じたものであることに気づき、自らの生活を綴り語ることを通じて問題の所在を明らかにし、解放への展望と確信を深め支え合うため等にはグループ学習(小集団学習)が望まれます。1〜3人の参加者に1人のフアシリテータが組んで小さなグループをつくる方法は、両者の要素を兼ね備えており、大阪における識字活動でよく行われている学習形態でもあります。

 その例を紹介します。識字活動に初めて参加する等、自学自習がほとんどできない参加者の場合、フアシリテータと一対一で組みます。その場合、対面して座るのではなく、横に座ります。少しもしくは、ある軽度自学自習ができる参加者の場合は、2人で1人のフアシリテータと組みます。

 自学自習がかなりできる参加者の場合は、最大3人で1人のフアシリテータと組むことができます。

 グループは、そのような参加者とフアシリテータの1組(2〜4人)を3〜5組つくります。それ以上になれば、別のグループに分けます。

‡G学習環境、備品等

 快適な学習環境を用意してください。部屋の温度や明るさを適切にしてください。高齢者は寒さに敏感です。夏も冷房で冷え過ぎないよう気をつけてください。昼間なら参加者が直射日光を受けないよう、夜間なら照明を十分とってください。学校の教室の照明は基本的に夜の使用を前提としていないので注意が必要です。弱視等のため視距離の短い人は自分の頭が影をつくりがちなので、読み書きをする時影ができないよう工夫してください。よく聴こえるように配慮することも重要です。特に大勢で広い部屋の場合や難聴者や高齢で聞こえにくい人がいる時は、部屋の外の騒音には窓やドアを閉めたり、部屋の中の空調や冷暖房、ポットの音や参加者の配席にも気を配るなどしてください。難聴者で補聴器を使っている人がいる場合、携帯ループの活用を検討してください。

 机・イスも参加者に合ったものを用意してください。特に、高齢者や視覚等に障害をもつ人の場合、体位に応じて調節できる机・イスや、角度が変えられる書見台や斜面台を用意するなど特別の配慮が必要です。また、参加者が学習を管理できるように、教材・作品等を入れるロッカーやキャビネットや棚、ファイルや自学自習の教材や本をたくさん用意してください。辞書は、日本語の文字・表記を学ぶのに欠かせません。文字が大きいもの等、それぞれ個人にあった様々な辞書を用意してください。教材やノートについては、高齢者に少なくない視覚に障害をもつ人には、市販のものはマス目の大きさが不十分であったり、印刷が薄いなどで適さない場合があります。

 適当な大きさの文字やマス日の教材、教材の拡大コピー、軽いルーペや拡大器、適当な照明等に配慮してください。


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(2)ことばの問題と識字

 部落における識字活動のかなりの部分を漢字学習がしめています。漢字は、ことばの学習、さらには文字・表記の学習にかぎっても、その一部にすぎないのにあまりにも多くの時間をとられ、識字活動全体に影響を与えています。文字・表記学習を識字活動として進めるため、国語国字改革運動の観点を参考にした留意点をいくつか取り上げます。

‡@日本語の文字・表記を学ぶうえでの困難

 日本語が難しいと思われる理由は、日本語を話すのが難しいからではなく、書くのがとても複雑で難しいからです。日本語における識字は、その複雑な文字・表記、とりわけ漢字の問題です。

 漢字はアルファベット文字に比べ、複雑さと数の多さで学習するのが難しい文字です。一般の社会生活における漢字かな交じり文での漢字使用の目安として選ばれた常用漢字は1,945字です。

 また、新聞の99%をまかなうだけなら1,650字で十分ですが、すべてをまかなうには4・000字近く必要です。中国語のように一字一音の原則と異なり、大部分の漢字が音と訓をもっており、3通り以上の読み方をもつ漢字も少なくありません。

 漢字が伝わってきた当時の中国の音で用いるため、聞いただけではすぐにわからないことばも多く、「非識字」者が「漢字でしやべるからわからん」と言うように、漢字、漢語にたよるところが大きいことによる問題もあります。ただし、日本語の文字に利点がないわけではありません。

 かなは、アルファベットのように音節以下の単位まで要素を抽象化していない音節文字であることから、表記することを学ぶのは比較的容易です。しかし、かなで日本語を表記できても現状では識字者とは見なされません。日本語は漢字かな交じり文で表記されています。しかし、漢字に音と訓があるためどちらで読むかわからないことがあり、訓読みの送りがなが一定しないため、一応の表記の基準は定まっていても正書法は確立していません。また漢字を次第に増やしていく学習方法がとられるため、初級の教科書の表記は一般の出版物の表記とは異なるものとなります。

‡A日本語の文字・表記の学習における留意点等.

 外国人については、漢字が使われている国とそうでない国から来た人で、漢字学習において大きな差があることに留意する必要があります。漢字学習には心理的な問題もあります。日本で育った「非識字」者は、その多くが漢字を習いたいと識字活動に参加します。そして熱心な人はノート1ページごとに同じ漢字を書けるだけ書いたりします。その背景には、字がきれいに書けるようになりたいとか、今日はここまで書いたという成果がほしいなど色々な理由があるでしょう。

 しかし問題なのは、その漢字の読みや意味に十分留意しないで書いている場合があることです。

 特定の漢字観や学習観にもとづく「非識字」者の漢字に対する強い思い入れはかえって漢字学習以外の学習を妨げてしまいます。

 原稿用紙の使用は、文章がかなり自由に書けるようになった後にするなど、注意が必要です。

 例えば、原稿用紙でなければ自然に分かち書きをして、句読点がなくても読みやすい文章を書く人が、原稿用紙で書くと句読点の打ち方がわからないために、文章を書くのに困難を感じるようになってしまいます。原稿用紙の書き方を途中で少し間違っただけで、その後全部を消しゴムで消すようなことはやめましょう。

(花立都世司)