調査研究

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大阪の部落史通信・14号(1998.6)
書評

浪速の食文化とともに
大阪市中卸売市場食肉市場40年史

(大阪市中央卸売市場南港市場、一九九八年)
八木 正(広島国際大学)

 近年、神戸や奈良などで、地道な食肉産業の地域史研究が急速な盛り上がりを見せつつあるのは、実に喜ばしい。今回書評する表記の刊行物も、基本的にはこの流れに沿う、待望の大阪市の食肉生産・市場史にほかならない。

本書の本文は、次の三章構成となっている。

 第一章 大阪市における食肉市場(と場)の変遷 三宅都子(大阪市教育センター)
 第二章 大阪市食肉市場のあゆみ 松島正博(大阪市立大学)
 第三章 食肉流通の現状と将来− 二一世紀の南港市場の役割− 松島正博

 第一章と第二・三章とでは、単に叙述対象の時代区分の違いに留まらない、問題関心や叙述姿勢の大きな差異が看取される。前者では、大阪における「と場」の歴史的展開の探索に重点が置かれているのに対し、後者では、南港市場の経営問題や経済的な位置づけに主たる関心が寄せられている。

 三宅氏の「と場」の地域的展開に関する史料解明は、粘り強い探索の発見成果であり、その研究上の意義は特記するに値する。氏の探求によって、大阪市における「と場」の曙時代と発展期における実際の職場の様子(貴重な写真をふくむ)が、初めて明るみに出たからである。とりわけ、明治初期に安井村にあった「と場」の発見と解明、屠場法制定後の木津川屠場や今宮村営屠場(後に、大阪市立今宮屠場)における「と畜」解体作業の具体的記述は迫力に満ち、その資料的価値はきわめて高い。

氏の探求が、「と場」で働く仕事師たちの職人技に対する尊敬の念に根ざしていることは明らかで、その姿勢は、統合された大阪市立屠場(「津守屠場」)の記述部分でも貫かれている。そしてさらに、市立食肉市場と関係の深い、家畜市場の変遷にまで記述が及んでいる。その部分から教示される点も多々あるが、他面、あまりにも豊富な研究内容をすべて盛り込もうとしたためか、せっかくの貴重な記述であるのに、分析の焦点がいささかぼけて、結局何を主張したいのかがあまり明確でないのが惜しまれる。それに、東京や横浜の「と場」で見られるような、現場労働者自身の闘いに支えられた研究活動と結びついていないことも、著者の責任ではないが、少し気にかかる点である。

 松島氏の論述部分は、これとはある意味では対照的で、その分析の視点は、割合に明快である。とはいえ、第二章の最初で展開されているのは、大阪市中央卸売市場食肉市場の開設の経緯、市の計画内容、その後の発展経過に関する官庁資料にもとづく記述でしかない。ただそれに続く、市場の移転計画、南港市場の開設と発展の箇所では、一貫して業界の合理化・近代化、および「と畜場」の衛生化の視点から問題がとらえられていることは、明らかである。だが、官庁から独立した研究者としては、そこで働く現場労働者の意見はどうだったのか、市場と「と場」の併設がデメリットでしかなかったのか、という点の検討も要したのではなかろうか。

 第三章では、食肉流通の現状と将来を見据える中で、二一世紀に向けた南港市場の役割のあり方について、きわめて明確な方向性が提示され、ある説得力をもっている。現状の部分では、出荷先としての南港市場、仕入先としての南港市場の位置が分析され、将来の課題としては、集荷と買受力の強化、衛生対策の充実、情報取引の必要性が提起されている。特に、最後の点の指摘は卓抜で、傾聴に値しよう。

 ともあれこのような形で、大阪市の食肉産業の歴史、現状、将来にわたる概観がまとめられた意義は大きく、今後さらに研究が進められる基盤が確立されたと言ってよい。