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大阪の部落史通信・33号(2003.8)
 

書評と紹介

箕面市史改訂版編さん委員会編

 『改訂箕面市史 部落史』本文編
 『改訂箕面市史 部落史』史料編úJ 近代行政文書1
 『改訂箕面市史 部落史』史料編úK 近代行政文書2

小林 丈広(京都市歴史資料館)

はじめに―その構成について―

 本シリーズは、箕面市史の改訂版として、とくに部落史に焦点を絞って編纂・刊行されたものである。現在までに刊行されているのは本文編一冊と史料編二冊の計三冊であるが、今後もう一冊史料編が刊行される予定とのことである。小文では本文編を中心に書評を試みるが、必要に応じて史料編にも言及することにしたい。

 本文編は、箕面市域の被差別部落の歴史についてまとめたものであるが、その内容が近現代に大きく偏っているところに特徴がある。史料編の二冊についてはそのタイトルから見ても近代が中心であることは明らかであるが、通史にあたる本文編も六五〇頁近い本文部分の内、前近代(幕末を含む)にはわずか八一頁しか割かれておらず、残りの約五七〇頁が近現代に充てられている。これは、部落史に限らず、地域史や自治体史の通史の構成としては異例のことであろう。

 ただ、部落史について言えば、これまでも、通史と銘打ちながらほとんどを近現代の記述が占めているものもないではなかった。これは、当該地域に残存している史料が極めて限られているためにとられた苦肉の策であることが多く、結果として、解放運動や同和事業の顕彰に多くの頁が割かれていた。したがって、それらは編纂にかける熱意は感じられるものの、やはり一種の記念誌として受け取られ、歴史書としての評価には限定がつく傾向にあったといえよう。

 ところが、本書の場合、行政文書を中心とする豊富な史料に依拠し、それぞれの出来事や事業を記述する際に、客観的、分析的に記述しようとする編纂姿勢が維持されている。評者はここに、自治体が主体となっておこなう部落史叙述のひとつの範型が示されていると考える。すなわち、本書が前近代に関する記述を禁欲しているのは、史料に基づかない、不確かな記述を極力おこなわないとの編纂姿勢の表れと考えられ、その結果として時期的に見た時に分量の偏りが出るのはやむを得ないと判断したからだと思われるからである。これは、部落史(研究)が一般社会に流布する偏見や俗説を打破することにひとつの目的があることからすれば、妥当な判断といえるであろう。

 もちろん、史実に基づかない伝承や俗説にもそれなりの存在意義や成立の事情があると思われるので、それらについても丁寧な解説があっても面白かったと思われるが、随所に組み込まれたコラムの一部がその役割を果たしている。いずれにしても前近代に関しては現在の研究水準を吸収し、無駄のない、簡潔明快な叙述になっており、隣接市町村の部落の歴史を考える際にも参考になると思われる。

一、本文編の内容について

 評者の関心に従っていえば、前近代の記述で興味深かったのは以下の諸点である。

 第一点は、「起源説」に対する本文編の姿勢である。部落史の読者には「起源説」に関する関心が高いことは編者も十分承知した上でのことと思われるが、ことさらにそれに関する議論は展開されていない。部落の成立については、この地域の地勢的な特徴から常識的な推定を提示するにとどめている。また、太閤検地における「かわた」記載の広がりをまとめるなど、今後の研究を待つという慎重な姿勢も顕著である。総じて言えば、前近代の記述内容は評者の理解と共通するものであり、共感を持って読むことができた。

 第二に、対象となった箕面市域の部落が二地区(北芝と桜ヶ丘、地域呼称は時期によって変転するが、小文中では現在通用している地区名を表示することにした)とも忍藩阿部家(のち一橋家)の支配下ということで、領主について上方らしい錯綜した支配関係は浮かび上がっていない。その代わりにというわけではないだろうが、「非人番」の呼称について詳しい表をつけて紹介している。広範に広がる「非人番」を分析することで、京都町奉行所と大坂町奉行所による支配の分担状況を在地レベルで検討しようとの意図が感じ取れ、興味深かった。

 第三に、幕末の状況については、新しく領主となった一橋家との関係で論を展開しようと試みているが、地方文書の不足により概括的な記述にとどまらざるを得なかったようである。

 前近代の記述全体を通して感じられるのは、生き生きとした叙述をおこなうためには、あまりにも地方文書をはじめとする一次史料が不足しているということである。前近代の記述では、その制約の中で無理をせず実証的な姿勢を堅持しているのが印象的であった。

 次に近現代の記述の特徴であるが、これについては細かく指摘すれば多岐にわたるので、とくに重要な点について二、三紹介することにしたい。

 第一点は、本書が対象とした二地区の行政区画、戸口、所得の変遷などが丹念に跡づけられていることである。それにより、人口が停滞的な桜ヶ丘と、膨張する北芝とが対比的に浮かび上がった。第二点目は、水平運動の指導者など地区の代表的な人物について、その後の動きが具体的に追えることである。活動家や有力者が他の住民や融和事業などとの関係でどのような動きを見せるのか、読み込んでいった時の興味は尽きない。

 ただ、これらについて言えば、さらに深い分析が求められるのも事実である。桜ヶ丘の停滞と北芝の膨張は事実であろうが、なぜそうなったのだろうか。ある地区は停滞しているのに、ある地区は急成長しているという事例は、各地で報告があるだけに、箕面市の二地区は格好の分析対象であるように思われる。説得力のある理由付けがなされていれば、今後の各地の部落史研究にとって参考になったことであろう。

 また、本書では歴史上重要と思われる人物の人名表記がアルファベットになっているケースがある。この人物は水平運動だけでなく、「北芝区」の分離問題などでも重要な役割を果たしているようなので、本来ならば、こうした人物については履歴も含めてまとまった人物像が提示されれば、本書もより理解しやすいものになったものと思われる。ただ、これについては、やむを得ない事情もあったことと思われるので、次章であらためて述べることにしたい。

二、本書刊行の真の意義

 本文編近現代の記述を読んで感じた第三の意義は、融和事業の具体的な展開を、行政文書から克明に再現していることである。評者が本書の書評を引き受けた理由は、実はここにある。ここで評者自身のことを述べるのは恐縮であるが、評者が学生時代に出会った史料は、こうした分析を行うのには好適の史料群であり、まだ融和事業に対する理解も十分ではなかった一九八〇年代のことではあったが、同様の作業をまとめてみようと試みたことがあった。しかし、評者が調査した地域(静岡県内)は当時も今も「部落問題」には触れて欲しくないとの意向が強く、今日まで本格的な紹介をおこなうこともできないまま時が経過している。そうした事情に鑑みる時、おそらく、箕面市の当該住民にとっても同様の苦悩が予想されるにも拘わらず、ここまで編纂や史料の公開に協力する関係が築かれたということにこそ、本書編纂の真の意義が感じられるのである。

 これに関連して、本文編の記述内容を近現代史研究の現状に照らしてみれば、昭和恐慌期の地方改善応急施設事業や戦後の農地改革、あるいは共有山林の処分問題などについて一地域の実態が明らかになったことの意義は小さくない。それぞれの重要性についてはすでに他地域でも指摘され、実証研究にも着手されているところではあるが、行政文書を丹念に分析することによって、それぞれの出来事の経過と実情、解放運動に与えた影響などが具体的に明らかとなるということが、あらためて確認できた。こうした作業を通じて、融和事業が他の公共事業と比べて決して特異な事業ではなく、むしろ他の事業と同様の意義と同様の問題点を抱えた、いわば典型的な公共事業のひとつであったことが明らかになるように思われる。それは、今後の各地域での地域史や自治体史においても同様の可能性を示唆するものといえよう。

 本シリーズでは、本文編の編纂だけではなく、その元となった行政史料の多くを史料編の中で翻刻・刊行した。これは日本の近代史研究全体、あるいは地方政治史や行政史研究にとってもひとつの英断ではないかと思われる。史料編刊行によって、本書編纂の意義は倍加されたと言っても過言ではないだろう。こうした試みの意義は、部落史だけでなく、むしろ各地で取り組まれている自治体史などで是非受け止めていただきたいと考える。

 評者は、そうした意義に比べれば、本書収録の人名表記の一部が当面アルファベットにならざるをえなかったことは、当座やむを得ない措置であったと考える。部落史を編纂することの意義は、部落差別が今なお厳しく存在しているところにあるのであり、そうであればあるほど、編纂に対する障害も大きくならざるを得ない。何の障害もなく編纂できるのであるならば、部落史を編纂すること自体が必要なく、通常の自治体史の中で一定の言及があれば事足りるのである。その兼ね合いの中で、箕面市は大きな成果を作り上げたということができるのではないだろうか。

おわりにあたり

 最後に、本文編全体を見て感じたことを二、三補足して稿を閉じることにしたい。

 本文編はコラムや図表などを多く用い、文章も平易でわかりやすかった。事業の内容を地図などで示す際には、苦労も多かったと思われるが、制約の中でよく工夫されているとの印象を受けた。ただ、とくに近現代の記述について、各節が大状況から小状況へ、たとえば国政の動きを記した後で村政について述べるという叙述スタイルがとられていることが多く、違和感を禁じ得なかった。地域史や自治体史では、村の史料や出来事の記述に徹しながら、暗に社会全体の流れが見えてくるような叙述を心掛けるべきではないかと感じたのである。大状況から書き起こす自治体史がまま見受けられるが、かねがね気になっているところなのでこの機会にあえて記しておいた。言うは易く行うは難いことであるが、地域の具体性に徹することでかえって普遍性に通じるような叙述がありうるのではないかと考える。

 また、箕面市は、現在十二万人もの人口を抱える都市であるが、部落に居住するのはわずか千人足らずに過ぎない。にもかかわらず、これほど充実した部落史を刊行することの意義については、何らかの形で市民にわかりやすく示しておく必要があるのではないだろうか。編纂の意義については、本文編「あとがき」などでも触れられているが、より広く市民一人一人にとってどのような意味があるのかを継続して訴えかけていく必要があろう。

 最後になるが、本書の編纂に関しては何よりも事務局のご苦労が大きかったと想像する。このような成果にたどりついた事務局の労を多としたい。評者は本書の編纂経過については何の知識もなかったが、本書の内容を見て書評の価値があるものと考えて、お引き受けすることにした。したがって、見当違いなことばかりを申し上げたかもしれないがご寛恕をお願いしたい。本書を初めて手にした時の感想は、小文中でも述べたように、学生時代に志したものに近いものがようやく世に出てきたというものであった。同様の試みが、各地で試みられることを期待して筆を擱くことにする。

  • (箕面市史改訂版編さん委員会編『改訂箕面市史 部落史』本文編、箕面市発行、A5判、六四九ページ、非売品、一九九九年三月刊)
  • (箕面市史改訂版編さん委員会編『改訂箕面市史 部落史』史料編úJ 近代行政文書1、箕面市発行、A5判、七五四ページ、非売品、一九九五年三月刊)
  • (箕面市史改訂版編さん委員会編『改訂箕面市史 部落史』史料編úK 近代行政文書2、箕面市発行、A5判、六七四ページ、非売品、二〇〇二年三月刊)

今回、書評していただいた上記三冊はいずれも現在、機関への寄贈のみ行っており、一般頒布はしておりません。なお、問い合わせは箕面市行政史料・市史担当(電話:072-721-9824)で受け付けています(事務局)。