調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

Home > 調査・研究 > 大阪の部落史委員会 > 各号
2008.01.28
前に戻る
大阪の部落史通信・41号(2007.12
 

新刊紹介

北崎豊二編著
明治維新と被差別民

小林 丈広(京都市歴史資料館)


明治維新と被差別民 研究会を組織し、継続し、さらにその成果をまとめることは、たいへん根気のいる作業である。私は、本書を刊行した「維新の変革と部落」研究会の経緯については不勉強で何も存じ上げないが、私自身の経験からも、その運営の過程でなされたであろう苦労は、想像できるような気がする。そうした苦難を乗り越えて、研究会は一冊の成果をまとめた。それが、『明治維新と被差別民』(解放出版社、2007年、3200円)である。

 最初にまず、本書の構成を紹介することにしたい。

序論(北崎豊二)
第一章 維新変革期の被差別民における職業観の形成(森田康夫)
第二章 畿内周辺における夙の賤視解除運動(吉田栄治郎)
第三章 近世・近代移行期における兵庫津の諸賤民(高木伸夫)
第四章 非人番制度の解体(北崎豊二)
第五章 大和国における辛未戸籍の編成について(井岡康時)
第六章 部落分村運動試論(吉村智博)
第七章 幕末維新期の博労・かわた博労・かわたの変遷についてのノート(秋定嘉和)
第八章 明治初年の斃牛馬処理と屠畜業をめぐる動向(本郷浩二)
第九章 文明開化と被差別部落(里上龍平)
第十章 近世―近代部落史の連続面について(上杉 聰)

 目次だけを見ても、テーマの多彩さと問題意識の鋭さとがかいま見えるようである。その豊富な内容と研究史上の意義を的確に紹介することは、私にはとてもできそうにない。そこで、ここでは本書刊行に寄せて、こうした試みの意義を紹介させていただくことにしたい。

 本書の魅力の第一は、近世から近代にかけての「移行期」についての数少ない研究書だということである。近世史の側からも、近代史の側からも、「移行期」研究の重要性が叫ばれて久しい。以前、『都市下層の社会史』という本の「序論」でも指摘させていただいたが、近世史と近代史とでは、同じ用語を使用していても、前提となるイメージが全く異なることがある。それらを検証し、日本史の全体像を提示するためには「移行期」の研究が不可欠であるが、成果といえるものはいまだに少ない。本書は、そこに一石を投じたものということができる。

 次に注目されるのが、書名に「被差別民」を掲げ、「かわた」や「非人」以外の様々な存在を意識して取り上げていることである。これなども、言うは易く行なうは難い課題である。説得力のある歴史叙述を行なう場合には、地名や人名などをどう表記するかという問題を避けて通ることはできないが、とくに現代に近い時期を扱う場合には、当事者の協力を得られないことも少なくない。単に、史料を利用するだけではなく、日頃から当事者とどのような人間関係を結んできたかが厳しく問われる研究領域といえよう。その意味でも、様々な立場に対して造詣の深い方々が、共同研究の形で真摯な意見交換を行なうことは大きな意義がある。

 そうした意味で、被差別民の歴史を叙述するということは、優れた地域史を叙述するということであることがわかる。近年、歴史学の世界にも業績主義・成果主義の波が押し寄せ、とりわけ近代史の分野では、手間暇のかかる地域史研究に腰を据えて取り組む者が少なくなっているのではないかと危惧していたところである。斎藤洋一氏は、「被差別部落史を地域史のなかに位置づけて、両者を一体のものとして明らかにする必要がある」(「被差別部落と地域史研究」『岩波講座日本通史別巻2』岩波書店、1994年)と指摘するが、被差別部落史どころか地域史をすら避けて通る傾向が生まれているとすれば、事態は深刻であるといえよう。本書の刊行が、そうした私の心配が杞憂であることを示しているとすれば、幸いである。

 本書のような「移行期」の研究は、それによって地域社会がどのように変化したのかという、大きな課題に挑戦したものといえる。近世と近代とでは文書の形態も、使用される用語も異なる。当然、その背景となる法や制度、思想も異なるので、双方の時代の史料に精通しなければならない。一点一点の史料の発掘という面倒な作業の結果として、史料の山の中から新しい歴史像を作り上げていくことこそが、まさに歴史学研究の醍醐味といえるであろう。

 最後に、本書を編纂された北崎豊二氏は、『大阪の部落史』編纂でも中心的な役割を果たしておられるが、かつて自由民権運動研究が盛んだった頃から、その中で見過ごされていた部落問題との関わりについて先駆的な発言をされてきた方である。本書の「序論」は、近年の風潮に対する、氏なりの思いが噴き出したものと推察されるが、学問とは何かという普遍的な問いにつながるものであろう。ご一読をお勧めしたい。ただ、本書は前述のように、それぞれに異なった背景を持つ地域を対象に、その深層を探るという困難なテーマに挑んだものである。それだけに、読者にとっては難解な箇所も少なくない。一般の読者への手引きとして、内容に踏み込んだ解説を付け加えていただければなお有り難かった。