一.「改正」問題の経過
昨今、大きく問題となっている教育基本法の「改正」の動きは、戦後の民主教育を支えてきた重要な理念を大きく損なう危険性を有しており、決して看過することができない。そこで、この間の議論の流れをつぶさに検討する必要がある。
2000年12月、教育改革国民会議は、「教育を変える17の提案」を行った。教育基本法に関する基礎的な知識も持ち合わせない構成員が、極めて強引に議論を進めた様子が窺える。その後中央教育審議会は、2003年3月20日に「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」という答申を公にし、さらに与党「教育基本法の改正に関する検討会」が2004年6月16日に中間報告を取りまとめた。ここに至って、教育基本法「改正」の具体的な内容が明らかとなったのである。
二.審議過程における基本法認識
これらの審議過程、とりわけ教育改革国民会議での議論では、教育基本法の有する「基本法」としての地位、あるいは憲法との関連性に関してはほとんど議論が行われていなかった。単に森隆夫(お茶の水大学元教員)が、次のように述べていたにとどまる。「判例などを見ますと、基本法は普通の法律と全く同じで、基本法に矛盾する法律があっても、これを無効とするものではないといった最高裁の判例もございますし、基本法も普通の法律と同じで名前が基本というだけである。」
このような基本法認識は、基本法にかかわる判例をつぶさに読めば出て来ようがない。伊藤校長事件(東京高判S49・5・8)は次のように述べている。「教育基本法については、後法は前法を破るとの一般原則を直ちに適用することはできない」。また、旭川学テ事件においても、最高裁は次のように述べた。「同法における定めは、形式的には通常の法律規定として、これと矛盾する他の法律規定を無効にする効力をもつものではないけれども、一般に教育関連法令の解釈及び運用については、法律自体に別段の規定がない限り、できるだけ教基法の規定及び同法の趣旨、目的に沿うように考慮が払われなければならない」。この点を看過して議論が始まり、今日の「改正論」につながっている。端的に言って、森氏は、この判例を誤読したか、さもなくばかかる記載を知った上で、意図的に基本法的性質を認めなかったのであろう。
三.与党中間報告の内容について
具体的な「改正」の内容は、与党中間報告においてより具体化されている。この点を個別に検討する。
関係諸法との整合性に関しては、生涯学習・家庭教育・大学教育等に関して、教育基本法にその重要性を強調する規定を置くよう提言している。これらの規定については、既に生涯学習振興整備法や少子化社会対策基本法、次世代育成支援対策推進法等に、既に盛り込まれている。これらの諸法との重複規定を置く理由としては、それぞれの法制が文科省以外の省庁が所管していることから、文科省権益を確保することにあるのではなかろうか。
教育行政の役割に関しては、極めて重大な問題を内包している。すなわち、現行基本法上は「教育」が不当な支配を受けない旨が定められており、その不当な支配の中心的な存在が行政機関であると理解されていたが、この文言が「教育行政」と改めるよう提言されている。これは、かかる規定の性格を全く正反対のものにしてしまう。すなわち、際限のない教育行政による教育への介入を許すものとなっているのである。これを実体的に裏付けるものとして、教育振興基本計画の策定に関する規定の新設を求めている。
また、教育の目的・目標にかかわっては、20にわたる徳目を挙げている。しかしここには、復古主義的な内容を盛り込んでおり、憲法の内容に反するものも見受けられる。さらに教育の機会均等に関する条項については、「社会的身分」や「門地」、さらには「経済的地位」など、戦後教育において貧困な家庭の子どもたちにも教育を受ける権利を実際に保障してきた文言を削除するなど、教育における不平等のいっそうの拡大を助長する意図が窺える。
さらには、教員に対し、教育行政に関する「研究と修養」を義務づけ、自主研修を否定し、官製研修の強化を図ろうとしている。さらに中教審は男女共学規定については「性別による制度的な教育機会の差異がなくなって」いることを理由に削除を求めているが、与党中間提言でも記載がない。しかしこれは、近年のジェンダーフリー教育に対するバッシングを受けて削除されたとの曲解を招きかねない。
四.改正形式の問題に関わって
教育基本法の改正についていえば、概ね次の四方式が考えられる。1)新規制定方式、2)廃止制定方式、3)一部改正方式、4)全部改正方式である。しかし、現行の教育基本法制定の経緯や、前文・規定内容に鑑みると、現行法の準憲法的位置付けは明らかである。ここから、「憲法が変わっていないのになぜ変えるのか」という批判が出てくることは明白である。このことに対抗しようと、前文にある「憲法の精神に則り」という文言を削除する方向で検討している。まさに、戦後憲法の理念に基づく教育を大きくゆがめる方向性が明らかである。
上記のような動きに対抗すべく、「教育基本法『改正』法案の国会提出に反対する文化人129人の声明」を公にした。その後、教基法『改正』の動きはあまり目立っていないが、この反対運動をいかに継続するかが今後の課題である。
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