この報告では、昨年中間提言を公にして以降の憲法改正問題に関する動向が検討された。
(1)政府与党
自由民主党の改憲案は、結党50年を記念して公表した「新憲法草案」であるが、その後政権についた安倍晋三首相が「美しい国へ」を刊行し、また、臨時国会での所信表明演説でも改憲の意思を強く押し出した。その要点は、愛国心や国を守る気概の重要性、そして集団的自衛権を憲法上明示する全面的改憲論である。2007年年頭会見では、任期中の憲法改正に意欲を見せている。ただし、自由民主党が先の改憲案を持ち出してくるかどうかは微妙である。というのも、実現可能性にこだわったもので、自民党らしくないという意見があるからであり、当該草案の前段のより保守的な草案大綱に沿った修正案がでてきてもおかしくはない状況である。いずれの改憲案にしても、現行憲法の全条文にわたるものであり、全部改正も辞さないという構えである。しかし、憲法の基本原理の変更に触れるものであれば、もはや改正とはいえない重大問題である。さらに、安部首相は、国の骨格を示すものが憲法だとしているが、そこには悠久の歴史や歴史的統一体としての国家を想定している。しかし国家とは統治機構、制度としてのそれであり、平和主義、民主主義、基本的人権の尊重を担保する基本的な制度装置と理解すべきであろう。
公明党について言えば、戦前の弾圧の経験からも、戦争放棄や弱者救済の立場から、現行憲法に高い評価を与えている。従って原則的に護憲であり、改正範囲は追加的な改正に徹している。9条は堅持し、集団的自衛権は保持するけれども行使できないとしている。秋までに方針をまとめるとしたが、改憲レースへの埋没を避けようとしている。
(2)野党
民主党については、現在改憲派優位の状況である。党内事情は複雑であるが、改憲発議要件の3分の2が改憲派を占めることになるともいえる。枝野幸男は憲法改正のキーパーソンである。舛添要一と憲法改正について新聞紙上対談した。ここからも憲法改正に関するタブーがなくなったという認識が伺える。なお、国民投票法案は、(報告当時)自公民の一致で成立する可能性が高く、修正協議では大筋で合意されているとのことである。ところで、民主党改憲論の問題点として、憲法の生命力を時間軸で測ろうとしているが、この点には疑問がある。社会の政治過程を規律する憲法は、歴史とともに変化するとは安易にはいえないのではないか。また、憲法提言は、未来志向、新たな憲法の創造を目指している。国民主権の徹底と拡張、選挙権の拡大、一般的国民投票制度、司法への国民参加などが盛り込まれている。これに関連して、憲法を社会の法規範とみなし、国民にとって使い勝手のよい手段とみなしている。しかしこれは、合理的に時代に会わないものは変えるという発想に結びつく。自衛隊についても、現実に憲法をあわせるという逆転した発想を行っている。なお、国会の行政監視機能強化を謳っているが、立法権の復活強化をこそ取り上げるべきではないか。差別禁止や人間の尊厳の尊重に関わる重要立法が行われていない点を真摯に受け止めるべきである。さらに平和主義については、集団的自衛権行使の可能範囲を明記すべきとしているが、この点にも大きな疑問がある。現行憲法の先進性を強調すべきではないか。
共産党・社民党については、何れも護憲論である。9条護憲をもとに、改憲派が新たな権利を上げるのは9条改憲の口実だとしている。また、生存権・平等は実現すらしていないと主張している。この点については論点の掘り下げをして欲しい。社会的公正の実現は、自由競争原理からはじかれた人々の生存を確保するという国家の役割である。また国民と国家の関係や私人間の調整役としての国家の役割は少なくない。他方で、9条護憲にこだわるあまり、社会民主主義への転換を怠ったことは反省すべきではないか。
(3)経済界
なお、政党のほかに、経済界においても改憲論が広がっている。経済同友会の北条代表幹事は、2003年に改憲論を打ち出してる。前文では、日本の特色を踏まえた国の形、国際社会とのかかわり方、集団的自衛権、公共の福祉による制約などを謳っている。
また、日本商工会議所も中間まとめを発表している。日本人のアイデンティティや歴史伝統文化を大事にするとのスタンスである。また、集団的自衛権、環境権、プライバシー権、外国人、参議院、国旗国歌の明文化など、同友会と同じような立場に立っている。
日本経団連は、この間政権与党へのコミットメントを強めているが、2007年1月1日付けの御手洗ビジョンは、安倍首相の「美しい国」論を補完する政治色の強いものとなっている。ここでは、中央集権を弱め、道州制を導入し、愛国心教育を強化すべきとしている。さらに2010年代初頭までに9条2項を改正し、日米同盟を強化すべきとしている。