野口報告では、バングラディッシュのカースト問題、とりわけ清掃労働に携わるカーストについて、自らのフィールドワーク調査データに基づく報告がなされた。その後、今日の清掃労働に携わる被差別当事者を中心とする運動の現状が示された。
バングラディッシュでは、政権がこれまでのアワミリーグからBNPとジャマヤートとの連合政権というイスラム教を強く支持する政党へと移行している。このような政権交代の移行期に、ダッカの次に大きな第2の都市チッタゴンにおける清掃労働者の現状を野口報告は詳細に示した。バングラディッシュではイスラム教が大多数を占め、ヒンドゥー教徒は11%と少数である。また、カーストの順序はブラーマン、カエステ、ノモ・シュードラ、被差別カーストなどであり、インドとほぼ同様である。清掃に従事する人たちは、英国植民地時代にウッター・プラデッシュのカンプール地方から移住してきた人であり、自らをハリジャンと呼んでいる。チッタゴンにはハリジャンが住むスイパー・コロニーが4つ存在している。彼らが日常に体験する差別には地域の学校からの排除、居住差別、共食の拒否、職業差別(他の職業への転職が困難)、ヒンズー寺院からの排除などがあげられる。
しかし、市に雇用されている清掃労働者は、比較的収入が安定しており、農村人口の約53%が土地なしの農民、もしくは日雇労働者であり、1人あたりのGDPは268ドル、貧困線以下が国民の47.5%を占めるバングラデシュ社会では、市雇用の清掃労働者のポストは魅力的になってきている。そのために、これまでハリジャンが「独占的に」従事してきた清掃労働に、清掃人カースト以外の人々が参入してきている。これは、インドと大きく異なった状況であり、何がこの変化をもたらしたのか、今後の解明が待たれる。
とはいえ、清掃人カーストの人たちにも大きな不満があり、市に対してさまざまな要求をしている。その主なものは、失業問題である。市雇用の清掃職のポストは、1,856人(2002年現在)のうち、646人がムスリムである。また、常雇が722人に対して臨時雇が1,134人であり、常雇が年々減少し、臨時雇に置き換えられている。そのために失業している青年たちが膨大に生まれている。また、市が建てた住宅も老朽化してきており、過密・住宅不足だけでなく、共同水道、共同便所も不足している。従来、ハリジャンに対しては、インドから移住の際の契約として、仕事と住宅の補償および従業員住宅としての住宅対策が採られてきた。しかし、今日退職すれば転居を求められる。このように近代的雇用と歴史的経過との齟齬が生まれてきている。
その一方で、前向きな兆しも見られる。それは、清掃人カーストの解放運動の可能性である。具体的には、1998年に4つの当事者団体が統合され「バングラデシュ・ハリジャン連合協議会」が結成された。この組織は、全国に150万人いるというハリジャンの組織化を目指すもので、全国に54支部をもち、生活改善と権利擁護を旗印に、運動を展開し始めた。
桐村報告ではダリットの人々による当事者団体の組織作りとその具体的な活動は詳細に示されていない。しかし、ネパールにはNGOが200団体ほど組織されている。また、野口報告では当事者団体に関する運動の現状がいくらか紹介された。このことは、ネパール、バングラディッシュ両国において、当事者自らが置かれている抑圧された状況を打開していこうとする積極的な兆しが現れてきていることを示唆しているといえよう。
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