調査研究

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<差別意識・偏見の構造分析調査研究事業>
 
部落問題に対する意識形成調査研究会・学習会報告
<第1回 研究会>

差別意識・偏見の研究動向

八尾勝(臨床教育学博士)

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1、はじめに

 2000年12月6日、「人権教育・啓発推進法」が発効しました。同法は、人権教育を「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」と定義付けしています。一方で「人権尊重の精神」に対立する「差別意識」「偏見」についての確定した定義はありません。

 差別意識と強い相関関係にある「差別」も同様です。それらの概念規定は、差別の対象が何かということや、社会学、心理学、教育学などの依拠している学問領域により、視点の違いがあります。

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2、差別(discrimination)

(1)国連人権機構による定義

 差別については、国連差別防止・少数者保護小委員会(現人権推進擁護小委員会(The Subcommission on the Promotion and Protection of Human Rights))の「個人に帰することのできない根拠に基づいた有害な区別」という定義(1949)があります。

 「人種差別撤廃条約」(1965)、「女性差別撤廃条約」(1979)、「ILO第111号条約」(1958)等の人権関連諸条約については、それぞれ撤廃をめざす差別の対象ごとに定義があります。それらの定義は「〜に基づく区別、排除、制限又は優先」、ないしは同じような意味の文言で結ばれています。

 「世界人権宣言」(1948)や「国際人権規約」(1966)そのほかの人権関連文書では、定義はありませんが「差別」という言葉が使われています。その際、「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による」、あるいはそれに類する文言が「差別」の修飾語として付加されています。

したがって、国連が合意する差別の定義は「個人の属性に基づいた有害な区別、排除、制限又は優先」とまとめることができると思われます。


(2)日本の法令等による差別の把握

 「日本国憲法」(1946)にも、「差別」(第14条)、「差別待遇」(第16条)が定義なしに用いられ、第14条では、「法の下の平等」の対立概念として位置づけられいます。

「男女雇用機会均等法」(1986)では、第2章第1節「女性労働者に対する差別の禁止等」に「男性と差別的取扱いをしてはならない」(第6条、第7条、第8条)との表記があり、「人権擁護施策推進法」(1996)ではその目的を定めた第1条と同法の提案理由に「不当な差別」という文言が見られます。


(3)「同和対策審議会答申」にみる差別の定義 

 「同和対策審議会答申」(1965)では「近代社会における部落差別」を「一口に言えば市民的権利、自由の侵害に他ならない。市民的権利、自由とは、職業選択の自由、教育の機会均等を保障される権利、居住および移転の自由、結婚の自由などであり、これらの権利と自由が同和地区住民にたいしては完全に保障されていないこと」と定義しました。

 これは、朝田善之助が提起(1961)した部落差別の基本命題の「差別の本質」の影響を受けていると考えられます。

 答申はさらに、差別の発現形態を「心理的差別」と「実態的差別」とに分類しています。「心理的差別」とは「人々の観念や意識のうちに潜在する差別であるが、それは言語や文字や行為を媒介として顕在化する」とし、「言葉や文字で封建的身分の賤称をあらわして侮蔑する差別、非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別」と例示しています。「実態的差別」については「同和地区住民の生活実態に具現されている差別」としました。

 「心理的差別」と「実態的差別」の分類は、その後の「地域改善対策協議会意見具申」である「今後における啓発活動のあり方について」(1984)や、「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的なあり方について」(1996)でも引用、踏襲されています。

 今回の「人権教育・啓発推進法」は、部落問題に関していえば、「実態的差別」はかなりの改善を見たが、「心理的差別」については依然として存在しているという基本認識にたって、その解消に向けて教育・啓発の推進を図るための法律となっています。


(4)差別の分類

 差別は、1.法制度や社会構造、2.差別行動、3.被差別者の生活実態、から検証する必要があると考えています。

 差別行動の主体は、(1)公権力、(2)社会的権力(企業・メディア・地域有力者等)、(3)私人、に分類することができます。

 公権力による差別には、法制度上の差別(立法無作為を含む)と、公権力を背景とした官吏の行為による差別があります。社会的権力による差別とは、企業の雇用、昇進や処遇などの企業内制度や、企業内の地位や社会的地位を背景にした個人の行為にあらわれます。

 メディアでは差別報道や差別煽動が含まれます。私人間の差別とは、同対審答申が「心理的差別」の定義に例示したものに類する行為だと考えることができます。

 また、「心理的差別」には「私人間の差別」だけではなく、公権力・社会的権力を背景とした個人の行動も含まれるでしょう。有名なオルポート,G.W.(1954)は、偏見にもとづく差別行動は、1.誹謗、2.回避、3.隔離、4.身体的攻撃、5.絶滅、のようにエスカレートすると述べています。

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3、心理的差別と差別意識・偏見

 答申の心理的差別の定義部分にある「人々の観念や意識のうちに潜在する」のは差別ではなく、「差別意識」「偏見」であり、それに続く「言語や文字や行為を媒介として顕在化する」と、例示部分の「言葉や文字で封建的身分の賤称をあらわして侮蔑する差別、非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別」は、差別の行為をあらわしています。

 「心理的差別」では「偏見起因型」差別を述べようとしたのでしょうが、心理学では意識と行動ははっきり区別されています。深層心理学の研究においては、行動を決定するのは無意識であるとしましたし、行動理論は意識や無意識の主観性を排除しています。

 社会学の立場から偏見と差別の因果関係を否定したのはマートン,R.K.(1961)です。そして、社会的学習理論でいう統制の位置(locus of control)の場依存性(field dependence)が大きい日本の生活文化の中においては、差別意識・偏見と差別行動とを分けて考える意味は大きいといえます。たとえば、差別意識・偏見はあったとしても外的規制や自己統制が働けば差別はしません。これには同和教育・人権啓発の成果も関係しているでしょう。

 また、差別意識・偏見がなくても周囲に同調して差別することがあります。臨床教育学では、いじめの加害者にやむを得ず同調する加担者の存在が問題になります。加担者は事後的にいじめの対象に対して偏見を抱くことがあっても、いじめの時点までは被害者に対する格段の思いがない場合があるのです。いわゆる無知ゆえの差別表現も偏見のない差別といえるでしよう。

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4、差別意識と偏見

 「差別意識」と「偏見」は同義語のように使われることが多いのですが、厳密には以下のように区別されています。

(1)差別意識

 「差別意識」は、朝田(1965)の第3命題である「社会意識としての差別観念」という用語にみられるように、社会の意識や文化に組み込まれたものでする。文化にはその文化圏に存在する人の潜在記憶のなかに根を張るという側面があります。

 「差別意識」は差別の存在を前提として生まれた日本特有の用語ですが、「その差別対象に対する差別を是認、正当化する意識の流れ」と定義づけられます。個人の差別意識は差別対象によって強弱がありますが、差別意識は集団に傾斜した概念といえます。

 ただし、オルポート,G.W.(1924)は成員個々の心理を超えた固有の心性としての社会意識の存在を否定しています。社会意識はその社会成員の意識の最瀕値であるという考えです。

 また、メンミ,A.(1971)は思想・信条化した差別意識を「差別主義」と名づけています。

(2)偏見(prejudice)

 偏見は、一般に「予断(prejudgment)に基づき、特定の個人や集団に対して、合理的根拠なしに非寛容的、非好意的、非理性的に嫌悪感や敵対感を覚える状態」とされて、さまざまな人権課題の背景をなしています。しかし、本来的には過度のカテゴリー化(categorization)、ステレオタイプ(stereotype) 、誤った関連づけ(illusory correlation)などからなる認知バイアス(cognitive bias)をあらわす概念です。

認知理論からの偏見研究は、認知的複雑性が低い人や、あいまいさへの耐性が低い人などが偏見を持ちやすいとしています。また、偏見は個人に傾斜した概念です。

 「社会的偏見」という用語がありますが、「社会的に獲得した偏見」というのが本来の意味であり、人権研究の過程で転化して「社会に広範に存在する偏見」という意味をもつようになりました。

 マートン,R.K.(1961)は偏見と差別の関係に、「偏見起因型差別」と「差別起因型偏見」とがあるとしています。オルポート,G.W.(1954)のいう「後年の学習」では、人は自己の利益にかなう形で偏見を取得すると考えられています。

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5、態度と行動

 個人レベルの差別意識・偏見はその個人の認知の問題です。認知(cognition)と感情(affect)と行動(behavior)は相互作用します。

 ローゼンバーグとホブランド(1960)によれば、感情、認知および行動の傾性は態度(attitude)の3成分となります。「行動の傾性」とは、「〜したい、〜しよう」と考える意識の流のことです。この3成分からなる態度は、心理学一般では「行動の準備性」と考えられています。

 態度対象を独立変数、行動を従属変数とすれば、態度は媒介変数だといえます。媒介変数としての態度は、内潜的(covert)的で不可視なものです。

 各種の態度測定スケールや意識調査は、感情や認知や行動の傾性の「言語的表明」を測定します。言語的表明はすでに行動なのです。たとえば言葉を伴わない表情やしぐさも心理学的には行動に属します。われわれが人の態度について語るとき、言語的表明や神経学的反応から推測的理解をしているに過ぎないわけです。とりわけ、各種意識調査には「社会的望ましさ」がバイアスをかけることを忘れてはなりません。

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6、差別意識・偏見の克服への課題

 差別意識・偏見の低減の課題としてオルポート,G.W.(1954)は「人格構造的変容」と「社会構造的変革」をあげています。人格構造的変容は人権教育に負うところが大きいでしょう。人格の変容について臨床心理学は、説得効果よりも当人の「気づき」によることが大きいと考えています。

 学習者に自己の差別意識・偏見の気づきを促す人権学習は、オルポート,G.W.の接触理論(1954)、ロジャース,C.R.のパーソンセンタード・アプローチ(1961)、アロンソン.E.のジグソー学習(1978)などがその先駆です。今また、「偏見文化」を「人権文化」に変える取り組みとして体験参加型の学習に期待が寄せられています。

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7、おわりに

 「人権教育のための国連10年行動計画」は「知識・技能の伝達、態度の形成」、「人権という普遍文化の構築」を人権教育に要請しています。一方、人権課題はあまりにも多様であり、人権教育は普遍化と個別化の往復作業を必要とします。そうした要請に応え得る人権教育の内容の創造が重要だと考えられます。

 筆者は人権教育の基底に、自尊感情・人間観・社会観の育みを置いています。ILOの標語に“All Equal, All Different”というのがあります。「すべての人は尊厳さと人権において平等であり、個性と文化において異なる」という意味だと考えています。

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<参考文献>

* 国連差別防止・少数者保護小委員会,1949『差別の主要なタイプと原因』国連広報局
* オルポート,G.W.,1954,原谷達夫・野村明訳,1961『偏見の心理』培風館
* メンミ,A『差別の構造』白井成雄・菊池昌美訳,1971,合同出版
* 八木晃介,1980『差別の意識構造』解放出版社
* 今野敏彦,1991「差別意識研究の現状と課題」『部落解放研究』第82号,部落解放研究所,pp.46-59
* 差別を考える研究会編,1992『年報差別問題研究1』明石書店
* 山内隆久,1996『偏見解消の心理』ナカニシヤ出版
* 部落解放研究所編,1997『部落解放・人権法令資料集』解放出版社
* 杉乃原寿一,1999「差別とは何か」『月刊部落問題』4月号,兵庫部落問題研究所,pp.5-26
* 中島義明他編,1999『心理学辞典』有斐閣
* 部落解放・人権研究所編,2001『部落問題・人権事典』解放出版社