調査研究

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部落問題に対する意識形成調査研究会・学習会報告
<第3回 研究会>

子どもたちの人権意識と自尊感情についての調査の概要

外川正明さん
(京都市立松永記念教育センター)

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1、 はじめに

 この調査は1998年に、京都市の小・中学生を対象に実施した「人権意識と自尊感情」に関する意識調査である。問題意識としては、人権教育が広がりを見せる一方で、その傾向をすべて手放しで喜んでいいのかという点にあった。

 研修に参加している先生に「人権とは何ですか」と問いかけると、「人が生まれながらにしてもっている権利」「かけがえのない権利」など、「○○の権利」という答えが返ってくる。

 次に「人権教育って何ですか」と問いかけると「優しさを育む」「思いやりを育てる」といったあいまいな答えが返ってくる。これでは足元をすくわれてしまう。特に「思いやり」などは、満たされた者から満たされない者を見るという関係性が生じる。水平社宣言のいう「いたわるがごとき運動」を連想させる。

 人権教育のための国連10年政府行動計画などが具体的に動いているが、一方で、人権教育が、心がけや公徳心、道徳心さらには奉仕という方向に流されてはならない。

 人権教育、同和教育とは「権利の教育」である。同和教育の出発点は、部落の子どもの権利を守るところから始まった。人権教育でも、子どもたちが自分には「幸せになる権利」「生きる権利」があるという認識を育てることに凝縮されるべきだろう。
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 ところで、従来の部落問題市民意識調査は、部落問題をいつ、どこで、どのように知ったかを問うものであった。そこでは、政治起源説の割合がどれだけか、啓発に何回参加したかで意識がどれだけ変わったかという学校教育や啓発の効果をみる視点であった。

 また、就職や結婚という日常生活の中で、「部落の人とであった時に」という仮定の設問に対して、「わけ隔てなく」という答えを期待した調査だった。しかし、その調査が本当に市民意識を反映しているのか、仮定の質問にどれだけの意味があるのかはあまり省みられなかったのではないか。

 そこで、自尊感情の概念を調査に取り入れた。他者の人権に対する認識の有り様は、自分自身に対する認識の有り様(自尊感情)と深い関連を持つ。自己認識はその裏返しとして他者認識につながり、これが人権意識に関係していると考えた。

 先行的には、自己に対して整合的・調和的な認識がある人間は他者からの見方も受け止めているという調査や自己評価が低い人は対人関係に積極的になれないという研究がある。

 従来の人権意識調査の枠組みではなく、他者とともに自己をどう見ているのかという問題意識で調査に取り組んだ。ただし、小中学生に対するこの調査の課題として、「調査結果=部落問題認識」ではないということに留意されたい。
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2、調査の構造と要素

 調査の構造について。人権意識の基盤となる認識として自己認識に関わる(1)「自尊感情」、他者への認識の総体としての(2)「人間観」(3)「社会観」、人権侵害や差別に対する認識や判断として(4)「人権に対する認識」という要素と、(5)「人権侵害に対する態度や行動」で構成した。

 (1)の自尊感情を計る尺度は多岐にわたるが、小学生への設問は40問程度が限界で、おとなでも50問程度であるということを配慮し、以下の6つの因子にまとめた。

 「(1)自尊感情」とは「自分の能力や可能性に対して自信や確信を持ち、あるがままの自分を受け入れ、自分の価値を積極的・肯定的に評価する感覚」と位置付け、「自分の能力に対して自信を持っている感覚」の「自己有能感」、「自分自身が好きだという感覚」の「自己信頼感」、「努力することに価値を見いだしている感覚」の「勤勉性感覚」、「他者から受け入れられている感覚」の「包み込まれ感覚」、「他者と積極的に関わろうとする感覚」の「社交性感覚」、「他者と協調しようとする感覚」の「同調性感覚」の6因子を設定した。これは、子どもを取り巻く「いじめ、不登校、引き篭もり」などの問題を踏まえて設定した。

 「(2)人間観」には、「人間としての価値は同じ」という「人間の同質性の認識」と「ひとりひとり文化が違う」という「文化の多様性の認識」、「人間は相互に関係しあっている」という「相互依存関係の認識」、「他者を受け入れ理解しようとする受容性」としての「他者への共感的理解」の4因子を設定。

 「(3)社会観」では「社会の矛盾・不合理や差別への認識」の「批判的思考」、「社会をコントロールすることができる」という「環境統制感」の2因子。

 「(4)人権に対する認識」では、「人権侵害などの問題がある」という「問題の認識」、「問題を解決できる」という「解決の認識」の2因子を設定した。

 最後に、「(5)人権侵害に対する態度や行動」では、具体的な場面設定をして行動を選択させた。自尊感情などの要素が人権意識に関係し、人権侵害に対する態度や行動に関係するという仮説を持って調査した。
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3、分析の方法

 京都市は地域類型に分けて調査する。例えば?類は農業中心地域、?類は住宅中心というように分けている。小学4年、6年、中学2年の各1,000名を抽出したが、京都市の1学年が12,000名であることから、最大誤差は3%前後で、かなり信頼値は高い。
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4、調査結果の概括

 (1)「自尊感情」の因子ごとに見る。自己有能感(図3−1)は、学年進行にともなって低くなる。中2のL群(否定的な層)が16.5%ということは、40人のクラスで3、4人は「自分はもうだめだ」と感じている。自己信頼感(図3−2)も同じ傾向を示す。

 勤勉性感覚(図3−3)も下がる。中2の30%が「自分は努力しても無駄だ」と感じている。

 包み込まれ感覚(図3−4)では、4分の3の子どもが強く感じているのは救われる。それでも、この感覚を感じていない5%の子どもが気になる。

 社交性感覚(図3−5)、同調性感覚(図3−6)ともにH群(肯定的な層)の減少とL群(否定的な層)の増加が見られるが、社交性感覚よりも同調性感覚のほうがどの学年においても高い。子どもたちには「問題なく付き合おう」という意識があるのではないか。

 自尊感情因子の平均得点(表3−1)は、いずれもマイナスにはならないが、学年進行とともに低下していることには注意が必要だ。学年が進むにつれて自尊感情を高く持っている子どもたちの割合が減少し、全体として低下していく傾向がある。「自分を価値ある存在として受け止める」という認識が、成長とともに次第に弱くなっていくことが示された。
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 (2)「人間観」に関わって。同質性の認識(図3−7)は、50パーセントを超えているし、多様性の認識(図3−8)は学年進行とともに増加している。中2では同質性と多様性のバランスがとれている。

 しかし、学校は「みんな同じ」というメッセージを強烈に出している場所なので、中学になり「自分は自分」という考えが強くなっているのかもしれない。

 相互依存関係(図3−9)、他者への共感的理解(図3−10)は、小学6年生が一番高い。グループ学習などが小学校で積極的に取り組まれている影響と考えられる。
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 (3)「社会観」に関わって。批判的思考(図3−11)は成長に伴って、社会を見る眼が鋭くなり、中2では46.1%に高まる。社会を変えることができるという環境統制感(図3−12)は高いレベルだが減ってきている。多様性の認識、批判的思考は学年とともに高まるが、「何とかしよう」という環境統制感は低下するという傾向が読み取れる。

 子どもたちの人間観・社会観については、学年進行とともに、多様性の認識や批判的思考が高まり、同質性の認識や環境統制感が低下していくが、全体として中2ではきわめて近似した得点を示した。

 このことは、成長とともに人間や社会に対してバランスのとれた見方が形成されていくとも受け取れるが、子どもたちが「個人主義」といった考え方に向かっていくとも危惧される。

 (1)「自尊感情」(2)「人間観」(3)「社会観」の3者の関係は(図3−13・14・15)、自尊感情や人間観の認識が高い子どもは社会への批判意識なども高いことが分かる。また、自分に対する評価は下がるが、社会に対する見方は厳しくなるということもできる。

 自尊感情と人間観、社会観、そして人権に対する認識については、それぞれに関連が見られた。自尊感情の高い子どもは、人間観・社会観についても好ましい認識をもっており、それらの認識の高い子どもは、次に述べる「(4)人権に対する認識」の問題の認識においても、解決への認識についても高い。
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 (4)「人権に対する認識」の問題の認識では、差別は許されない(図3−16)は50%を超えているが、ここでの「やや思う」をどう評価するかが難しい。また、いじめられている人にも責任がある(図3−17)という問いは、多くの子どもがそう思うと答えているのは問題だ。

 差別される理由を当事者に求めようとする意識があるが、教師は、いじめられる子どもに責任があるという姿勢を微塵も見せてはならない。いじめ(差別)に正当な理由などありえない。

 差別の解決への認識(図3−18・19)は、差別は許されないが「なくすことができる」というのは少ない。何かはできるだろうが、差別そのものをなくすことはできないという「確信のなさ」が現れる。部落(史)問題学習は小6から中2で実施されるのがほとんどだから、「知識は持っているがあきらめの気分」といったところである。

 人権に対する認識においては、差別は許されないと認識している子どもの比率は高いものの、その認識を確信とし、解決できると考えている子どもの比率は少ない。しかも、差別とその解決を自己との関わりでとらえる子どもの比率は、学年とともに減少する。
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 「(5)人権侵害への態度・行動の選択」では、自己と離れた一般的な権問題についての設問では、「正解を選択する」ということが起こり得るので、このように身近で具体的な質問とした。人が仲間はずれにされているとき(図3−20)では、「先生に言いにいく」「みんなで話し合う」が減少し、「関係ないこと」が増加する。

 積極的な行動が減り、消極的な行動・無関心が増加していく。人がからかわれているとき(図3−21)も、「やめろと言う」「先生に言いにいく」が減少し、「関係ない」が増加する。自分が仲間はずれにされたとき(図3−22)では、「他の人と仲良く」「がまんする」「気にならない」という回避行動や消極面が増加する。

 相手を傷つける言葉を言ったとき(図3−23)は、その相手が最初の原因をつくったという設定だが、「相手があやまれば」が増加する。責任の回避や転嫁が学年進行とともに増加している。人権侵害に出合ったときに積極的に行動しようとする子どもの比率は、学年が進むにつれて減少し、回避的行動や無関心が増加する。

 態度・行動の選択と人権意識(自尊感情・人間観・社会観・人権に対する認識)の関係については、平均得点の比較(図3−30・31・32・33および表3−4・5・6・7)で説明する。
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 「人が仲間はずれにされているとき」の行動は、積極的な行動を選択した子どもは自尊感情と人権の認識において高い得点を示し、関係ないを選んだ子どもの人権の認識はきわめて低い。このように、自尊感情や人間観、社会観、人権の認識と子どもたちの具体的な態度・行動との間には、関連が見られる。

 「人がからかわれているとき」でも同様の結果となった。人権侵害に出合ったとき、何らかの行動が取れる子どもたちは、自尊感情も人権に関する認識も高く、人間や社会に対する見方においても好ましい認識を持つ。

 「自分の人権が侵害された場合」にも、何らかの行動を選択した子どもたちの自尊感情と人権の認識は高い得点を示し、消極的・無関心な態度を選択する子どもたちのそれらは低い。自分が人権侵害の当事者となっても、行動の選択としては自尊感情や人権に対する認識によって違ってくる。

 「相手を傷つけたとき」にも、自尊感情と人権の認識は、何らかの具体的行動を選択した子どもに高い。あやまらない、気にならないという子どもたちは、人間観・社会観も低い結果となった。

 責任転嫁、無関心を装う子どもたちは、自尊感情や人権の認識だけではなく、人間や社会に対する見方に関しても高められておらず、「個人主義」「ニヒリズム」というまわりとの関係を拒否する姿が見えてくる。
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 このように、明らかに態度・行動の選択と認識の間には関連が見られる。自尊感情などそれぞれの認識を高く持っている子どもたちは、人権侵害の場面に出合ったときに、積極的な行動を選択し、逆に認識の低い子どもたちは、回避的な行動や逃避的行動、無関心の態度を選択する傾向が見られた。

 人権を普遍的な価値として、認識し行動できる子どもたちを育てる人権教育は、人権に対する正しい知識を伝えるだけではなく、こうした価値観、つまり自己の生き方をひとりひとりの子どもたちが獲得していく教育実践として推進されなければならない。

 「かけがえのない自己」という認識が、「かけがえのない他者」という認識と一体となり、人権を守るということの大切さを認識することができる。その認識は、人権侵害の場面に出合ったときに「何かおかしい」という意識を作り出す。

 その意識に、個々の人権問題の歴史的事実、社会的事実といった知識が加わったとき、その思いは、確信となり具体的な態度として表すことを可能にする。

そして、それを具体的な行動とするためには、その態度や知識を行動につなぐための技能・技術(スキル)が必要となる。コミュニケーション能力やアサーティブネスといった自己主張の能力である。

 これらの認識と態度と行動を積み重ねていくことが人権を尊重する生き方と言えるのだと考えている。 (事務局:椎葉正和)