1、「特に困難を抱える青少年の支援」を打出した内閣府「青少年の育成に関する有識者懇談会」
2003年4月、内閣府「青少年の育成に関する有識者懇談会」が興味深い『報告書』(以下、「懇談会報告書」)を出した。6章からなるもので、中心の章と思われる「5 基本的な対応の方向」を見ると、「1 青少年観の転換」「2 社会的自立の支援」「3 特に困難を抱える青少年の支援」「4 率直に語り合える社会風土の醸成」「5 施策の総合的な推進」と、いずれも青少年をめぐる今日の転換点を強く意識した内容が盛り込まれている。
特に関心を引かれるのが、「3 特に困難を抱える青少年の支援」の「社会の変容と格差」の次の一節である。
「・・・成熟経済への移行が日本より先行した欧米諸国では既に1980年代から強まり、格差の固定化や差別による社会からの排除の解消を目指したソーシャルインクルージョンが大きな社会的課題となっている。・・・・・・我が国においても、問題状況がより深刻になる前に必要な取組みを行っていくことが求められている。」
また「2 社会的自立の支援」の「青年期の包括的自立支援方策の確立」の次の一節も重要である。
「若者の意欲を現実化し、社会的自立を促進するためには、人生設計、教育、職業選択、職業訓練、生活保障などが総合的に行われることが必要であり、個々の支援方策を充実させるだけでなく、その調整と総合化とが求められている。
大人への移行の遅れは職業的自立を果たした若者にも見られる現象であるが、移行がより困難なのはやはり安定就労が難しい層の若者であり、この観点からは、特に教育施策と雇用施策の連携の強化が重要である。
・・・また、総合化の試みとして、例えば、イギリスにおいては、コネクションズ(1)と呼ばれる支援のための総合相談サービスが地域において始められ、全国展開が計画されている。・・・」
少し引用が長くなったが、若者の就労状況が厳しさを増している現在、部落をはじめ社会的に困難を抱える青少年に対し、こうした視点を明確に据えた「キャリア教育」・就労支援が強く求められているのである。
2、深刻な部落の若年就労実態
現在、全国的に新規高校卒業者の就職問題や200万人にも及ぶ若年「フリータ」問題は深刻となっており、政府も緊急に「若者自立・挑戦プラン」(2)を作成し2004年度から実施しようとしている。しかし、これらの取組みや現状認識の中には、先に示した「懇談会報告書」の視点はあまり反映していない。例えば、経済産業省が構想した「ワンストップサービスセンター(通称:ジョブカフェ)も、雇用関連サービスを1ヶ所でまとめて受けれるという点では従来にないものだが、都道府県で1ヶ所と限定されており、イギリスのコネクションズのように末端地域でパーソナルアドバイザーを置き総合相談機能を果たすという取組みには程遠い。
その点で改めて部落の若年就労実態を直視すべきである。たとえば大阪府が実施した2000年調査(3)では、部落の15-19歳の失業率は約31%(府平均約16%)、20-24歳でも約15%(府平均約10%)にも達し、深刻な実態を示している。
この背景には、全般的な要因に加えて、部落の場合、経済基盤や家庭の基盤が弱いため、<1>大学進学率が28・6%(全国平均40.7%)と低く、逆に就職者率が約40%と全国平均の約2倍(1997年文科省基礎調査)と高いこと、<2>高校中退者の割合が平均の2倍以上あること、<3>最終学歴が中卒である割合が30-34歳台で約24%(大阪府2000年調査より)と大阪府平均約9%の3倍近いこと、<4>教育・職業達成したモデル像が少なく職業観が弱い傾向があること、さらに<5>部落の女性の場合、複合差別の結果、早年の結婚願望が強くキャリア志向が弱い傾向があること(4)、などの独自の要因も存在している。
3、これまでの公正採用選考実現の取組みを踏まえたキャリア教育・就労支援を
こうした新たな状況は、不況が生み出した一時的なことではない。一方で、大学進学が50%に達し(専門学校なども加えれば8割近い)、大手企業の求人先が高校生から大学生へ、さらには正規職員から非正規職員へシフトしているという構造的問題がある。他方で、家庭・地域社会自体の脆弱化とそこからの青少年の遊離・孤立の中での労働観の希薄化、また職業探索期間が長期化しているにもかかわらず、学校での「出口」時点中心の進路指導、さらには、「やり直し」を可能とするキャリア形成のための生涯学習の仕組みやそれを受け入れる企業や制度上の欠如、といった構造的問題が横たわっている。(5)
これまで同和教育や部落解放運動は、新規学卒者に対する就職差別撤廃=公正採用選考のために、高校での統1応募用紙の実現や受験報告書によるその点検に取組み、多くの成果をあげてきた。(6)これは、戦後の「縁故採用」を主とした企業の採用方式が批判される一方で大量採用が始まりだした中、大手企業にとって「身元調査」を行うことが採用管理としては当り前となっていた状況(7)に対する反差別人権の側からの鋭い問いかけであった。
しかし今日の状況を見た時、これまでの成果を十分踏まえつつ、「学校から職業への移行」の支援を、「出口」時点中心ではなく、以下の3点の取組みに発展させていく必要がある。
<1>学校斡旋(新規学卒就職)の枠内で移行できる者の支援
学校が職安・企業と連携して新規学卒者を就職させていく、という日本独特の仕組みは、就職3年以内に「中卒7割、高卒5割、大卒3割」が離職してしまうといった課題を持ちつつも、安定した「学校から職業への移行」にとってはなお大きな意義があるといえる。
従って、就職前の職場見学など、真に必要な就職慣行の改善は関係者との理解と合意を得た上で進め、より安定した「移行」を実現していく必要がある。同時に、「就職協定」の遵守や統1応募用紙の完全実施などを求めてきた公正採用選考の理念が確立されるべきである。(8)
また、就職直後の一定期間は、示されていた労働条件の違いや職場での人間関係の悩みなどによる離職を防ぐためにも、学校として何らかのフォローが必要であり、そのための人的支援も欠かせない。担任や進路指導担当者の個人的な献身性に終わらせてはならない課題である。そして、「受験報告書」の集約を府県行政レベルで行っているように、この点についての集約も行い改善すべき課題を明確にしていくことが求められている。
さらに最終学歴が中卒者の場合、現状では正規職員への移行は極めて厳しい。これに対しては、中学校だけでなく、後の<3>で述べるような社会的支援の仕組みが不可欠である。
<2>学校在学中の者のキャリア探索と職業能力獲得の支援
今日、職業技術教育といった狭い意味だけではなく、「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」といった広い意味の職業観・勤労観を小中高校と系統的に育む必要性がある。それは「キャリア教育」という言葉で提起され始めている。(9)特に、大学卒業者の約2割が「無職」と、高校生の約1割よりもはるかに高い割合を示していることを考えた時、いわいる「進路多様校」だけでなく「進学校」においても当然キャリア教育の必要性は大きいし、大学においてもその必要性が急浮上している。
そして当然ながらその内容構成の柱の1つに、これまで人権・同和教育が培ってきたことを位置付けるべきである。例えば、小中学校では、職場体験等を通じて労働の意義や苦労を知ると共に、職業差別の現実を学ぶことを重視している。高校では、公正採用選考の理念や取組み、労働基本権などは欠かすことができない。また、ジェンダーの視点や豊かな職業モデル像の確立、さらには人権・環境をはじめとした社会的責任を担う今日の企業像・社会的起業家像なども教育内容として創造していくことが求められている。そして、これらは学校だけで取組めるものではなく、地域の協力が不可欠であり、「地域に開かれた学校づくり」が求められる。
同時に、部落をはじめさまざまな社会的困難を抱えた青少年に対するキャリア教育を考える時、以下の3点の視点は前提条件として欠かすことはできない。
第1に、生育過程において様々な形で精神的に傷つき自己否定しがちな面を持つ彼・彼女らに対し、自尊感情を育み自分に対する自信をつけていく必要がある。これは、人権・同和教育の中で最も大切にしてきた点の1つであり、小中学校にとどまらず高校においても多くの成果をあげてきている。
第2に、家庭基盤が弱く、学習意欲が損なわれがちな面があることを見た時、学習の動機づけを豊かにする取組みが重要である。そのため、学校内外での体験活動を重視し、その中で自分の社会的実在感を育んでいくことが不可欠である。
第3に、「わかる授業」を行うことである。学校や教員に対し子どもが不信感や拒否感を持つ最大のきっかけの1つは、授業がわからないにもかかわらず結果として放置され教室の中で疎外感を持たされていることである。例えば、部落解放・人権研究所で進めている「フリータへのインタビュー調査」の中でも、進路が大きな課題になる中学3年生の時にその矛盾は特に顕在化し、「保健室登校」や欠席・遅刻の増加、不登校となる事例が少なからずある。しかし、進路と関わってある意味では子どもが自分なりに将来を考える時であり、「やり直しのチャンス」でもある。この点を重視し、子どもの到達度に応じたきめ細かい学習を行い勉強が分かることの「達成感」「楽しさ」を保障する必要がある。
<3>高校中退や学校斡旋に乗らずにフリータ、あるいは離職してフリータとなった者のキャリア探索と就労への支援
毎年10万人を越す高校中退者や急増する学校斡旋に乗らない高卒者の多くは、フリータとなっていく傾向が想像される。またいったん就職したものの離職した中卒・高卒者も、大卒者と比べて正規職員になる確率は低く、フリータになる割合が高いと言える。
こうした青少年の就労実態はこれまで直視されず、ややもすれば「甘えている」「だらしない」といった形で「若者たたき」の根拠にすらされてきた。しかし、先に指摘したように、一定の社会的時代的背景の中で生み出されてきた青年の就労実態と意識であることは明らかである。
従って今後の課題としては、第1に、こうした青少年の就労・生活実態を具体的に把握することが重要である。そして、イギリスのコネクションズのように、身近かな距離にあり安心して相談できる人と解決のための諸機関のネットワークが必要である。
第2に、「やり直し」を可能とする社会的仕組みを「教育と雇用」の両方の分野で早急にに確立していくという課題がある。(10)例えば、東京都では、高校改革の1環でエンカレッジスクールやチャレンジスクールを位置付け、公立高校の入試を基本的に面接・自己アピール力(本人の意欲)のみで判断し、学力検査や内申は不要とする取組みが始まっている。教育内容も、子どもの力が発揮できることを最大限重視したカリキュラム改革を進めており、今後の発展とその普遍化が大きく注目される。(11)
また大阪府では「地域就労支援事業」が実施され、旧「解放会館」や市町村に一定の研修を受けた地域就労支援コーディネーターが配置され、他方で、市町村、職安、学校等諸機関とのネットワークを作り、就労だけではない総合相談サービスを始めだしている。こうした中での学校の果たす役割は少なくないと思われる。(12)
こうした取組みは、部落をはじめ社会的に困難を抱えた青少年ほどその必要度は高く、急を要する課題である。
4、社会的困難を抱えた青少年の進路・就労実態と意識の把握を
以上のようなキャリア教育・就労支援の総合的な取組みが新たに求められており、特に「特に困難を抱えた青少年の支援」が大きな課題となってきている。
しかし、効果的な支援を行う上でフリータの実態把握は不可欠だが、十分にされていない現実がある。ましてや部落や在日韓国・朝鮮人、アイヌ、沖縄県出身者、急増している外国人、障害者などのマイノリティ、さらには母子父子世帯、生活保護世帯、児童養護施設の子ども等低階層の青少年の進路やフリータの実態は公的には全く把握されていない。数少ない調査結果(13)の中でも、低年齢、低学歴、女性ほどフリータになりやすいことが指摘されており、社会的「困難を抱えた青少年」のおかれている厳しさが推測される。
従って、先に触れた3点の取組みを進めるとともに、こうした青少年の実態把握は極めて急を要するものであり、「懇談会報告書」でもその必要性が指摘されている。
「大人と青少年は共に現在の社会に生き、未来の社会を作っていく仲間である。より長く生きてきた大人たちがより多く現在の社会に責任があり、より長く将来の時間を持っている青少年がより多く未来社会の形成に責任がある。」(懇談会報告書より)ことを念頭に、新たな1歩を踏み出していくことが求められている。
- 日本労働研究機構『資料シリーズNo.131 諸外国の若者就業支援政策の展開―イギリスとスウェーデンを中心にー』2003年3月31日。
- 2003年度に入って文部科学大臣、厚生労働大臣、経済産業大臣、経済財政政策担当大臣からなる「若者自立・挑戦戦略会議」が設置され、6月10日プランを作製し2004年度概算要求では727億円(前年度274億円)を要求している。
- 大阪府『同和問題の解決に向けた実態等調査報告書(生活実態調査)』平成13(2001)年3月、86頁。
- 玉井眞理子「ジェンダー意識と学習・進学意欲のかかわり(上)―T中学校における質問紙調査結果から―」『部落解放研究』142号(2001年10月)、「ジェンダー意識と学習・進学意欲のかかわり(下)―T中学校における質問紙調査結果から―」『部落解放研究』143号(2001年12月)
- 小杉礼子『フリータという生き方』 草書房、2003年3月15日
- 部落解放研究所編『就職差別NO』1995年年月20日
- 日本経営者団体連盟『わが国の労務管理の現勢 第3回調査 1971年』
- 福岡県高同教事務局「新規高卒者の進路保障(「職業生活への移行」)に関する問題について 学習資料案」
- 文部科学省でキャリ教育推進に関する総合的調査研究協力者会議が設置され、2003年7月に「中間まとめ」が出され、2003年末には最終報告が出される予定である。また国立教育政策研究所生徒指導研究センター『児童生徒の職業観・勤労観を育む教育の推進について』平成14年11月もある。
- 矢野眞和『教育社会の設計』東京大学出版社、197頁、2001年3月。
- チャレンジスクールについては「読売新聞」東京版2001年5月8-11日で「挑戦 チャレンジスクールの1年」1-4が、エンカレッジスクールについては「毎日新聞」2003年1月29日で「新教育の森 先生は変わるか<7>」が紹介している。
- 自立・就労支援方策検討委員会『地域就労支援事業(仮称)の創設』平成12年3月。
- 小杉礼子「高校生の就労をめぐる現状と課題」部落解放・人権研究所編『部落解放研究』第152号、2003年6月。