調査の趣旨と概要
欧米では1970年代以降の経済のグローバル化に伴い、製造業からサービス業への産業構造の転換が生じた。以降のポスト・フォード主義時代においては、フレキシブルな労働力の創出が求められ、結果として労働者は、少数の中核をなす常勤労働者と増大するパートタイム・臨時雇用者に分極化することとなった。ここでパートタイム・臨時雇用者になりやすいのは、低階層出身者・移民などのエスニックマイノリティであることが指摘されており、近年、「若者」も社会的弱者としてクローズアップされている。
「日本社会」においても、経済のグローバル化に伴う産業構造の変化等の社会変動によって青年期から成人期への移行(トランジッション)が不安定で困難なものになりつつあることが、「フリーター」や若年失業者の増加現象から指摘されており、社会の側の対応、若者への支援の必要性が認識されつつある。その際無視できないのは、困難な状況に直面する若者たちの多くが不利な条件に置かれた者である点である。「フリーター」が低い階層の出身者から多く析出される傾向はすでに従来の「フリーター」研究から明らかにされており、教育達成・地位達成と出身階層の関連に関する従来の教育社会学の知見からも、低階層出身の若者たちの困難な状況が予想される。さらに、被差別部落(以下、部落)出身者などマイノリティの立場に置かれた者にあっては、大人への移行における困難や日本社会の差別的な構造を強く経験していることと思われる。
マイノリティ、低階層出身の若者たちのトランジッションにおける困難と日本社会の差別的な構造は従来から存在してきたはずだが、近年「フリーター」という社会問題が注目されることによって派生的に注目を集めつつある段階である。「不利な条件におかれた青年への支援」(『青少年の育成に関する有識者懇談会報告書』)の必要性がようやくなされはじめているが、効果的な支援策を構想するために、まず詳細な現状把握がなされねばならない。
このような背景を踏まえ、日本労働研究機構(現労働政策研究・研修機構)が2003年度に行った全国のフリーター調査に際して、大阪でのデータ収集に部落解放・人権研究所が参加し、大阪においてプロジェクトチームを立ち上げた。従来のフリーター調査が、中卒者、高校中退者等の最困難層をカバーできていないのでは、という機構側の課題認識と、若年失業率や高校中退率が一般地区と比べ倍近い数値を示すなど部落の若者の状況をあらためて把握する必要性に関する部落問題研究者の現状認識が合致し、調査が行われた。
なお、分析については、それぞれの執筆者の主たる関心と責任にもとづいてさまざまな視点から行われている。
研究体制と執筆担当者
西田 芳正 |
大阪府立大学社会福祉学部 |
(第5章 終章) |
大西 祥惠 |
大阪市立大学大学院後期博士課程 |
(第1章 第8章) |
妻木 進吾 |
大阪市立大学大学院後期博士課程 |
(第4章) |
菅野 正之 |
広島大学大学院後期博士課程 |
(第2章) |
中村 清二 |
部落解放・人権研究所研究部長 |
(第3章) |
内田 龍史 |
部落解放・人権研究所
大阪市立大学大学院後期博士課程 |
(第6章 第7章) |
調査手続き
失業・フリーター状況にある青年への聞き取り調査を、部落解放同盟大阪府連各支部および府立高校(進路多様校)の進路指導の先生に依頼、紹介してもらい、調査が可能となった。
部落ルート(5地区) 26名(男14、女12)
高校ルート(2校) 14名(男6、女8)うち部落出身1名
それぞれの対象者につき、1〜3時間、就業への経緯を中心に生活史聞き取りを行った。
調査時期
2003年4月〜10月
政策への示唆
以上の分析から導き出される政策への示唆をまとめておきたい。
第一に、予測されたことではあるが、本調査において、マイノリティ・低階層の若者が無業者・失業者・フリーターとして困難な状況に至っていることが確認された。若者労働市場の逼迫に対する何らかの施策が必要であるが、特にマイノリティ・低階層の若者に対しても十分に対応しうる内容の施策が急務であると言えよう。
第二に、不登校・低い学力達成・低い学歴達成が失業・フリーター状況に至る基本的なルートであることが確認された。早期の学校からの離脱は、彼・彼女らの就業に際して多大なる困難をもたらすこととなる。進路保障の前提として、あらゆる子どもたちに対する学力保障や仲間づくりなどが、学校の主たる課題としてあらためて浮き彫りとなった。また、出口時点中心の進路指導でなく、小中高と一貫した「キャリア教育」の抜本的研究が求められる。その時には「役立ち感」や自尊感情の育みを最重視し、その土台の上に多様な内容を構築していく視点が重要である。また、従来からの日本型高卒就職システムの解体傾向は、高卒者の正規社員としての就業にマイナスの影響をもたらすと考えられる。大卒フリーターの問題ばかりが声高に叫ばれがちであるが、中卒者・高卒者の進路保障の取り組みが、より急務であることが確認された。
第三に、家庭背景の経済的不安定・家族関係の不安定が、若者の進路に大きなインパクトを与えていることが明らかとなった。言い換えれば、生まれによって将来選択の幅が左右されるということである。低階層出身の親・家庭に育った彼・彼女らは、親と同様に低階層として析出される、すなわち階層的再生産がなされている。現状のままでは、「日本社会」は階層化社会として固定され、低階層出身の若者が未来に希望を描くことができない可能性がより高くなると言えるだろう。
第四に、部落出身の若者の就業達成には、地縁・血縁などを媒介とした相互扶助的な側面からなされる側面があることが明らかとなった。特に低階層出身者を就業へと包摂する機能を果たしてきた相互扶助的なコミュニティの解体を防ぐような努力がなされなければ、若者の失業状況はより深刻なものとなるだろう。地域就労支援事業のように、コミュニティ単位で、地域に根ざした若者をとりまく支援のネットワーク(例えばワンストップ・サービスなどの)整備が必要とされている。
第五に、ジェンダーによるライフコース、特に結婚・子育てを前提とするライフコース展望は、女性からの就業意欲を奪うこととなっていた。職業達成アスピレーションが結果として冷却されてしまうような女性を取り巻く構造的な状況の改善が必要とされる。
最後に、本調査が明らかにしたことは、大卒「フリーター」、「やりたいこと」を求めて自ら進んでフリーターになるような、新しいライフスタイルを模索する比較的階層の高い層へのまなざしが「フリーター」問題の中心的課題として取り上げられることによって隠蔽される、深刻化しつつある若年無業・失業の実態であり、その背後に潜む階層的不平等の実情、である。「フリーター」を層として一面的にとらえることは極めて危険であり、マイノリティ・低階層出身者それぞれの実情を踏まえた「フリーター」対策が必要とされる。