調査研究

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2006.08.21
部会・研究会活動 <若年未就労者問題(小中高のキャリア教育/労働市場問題)>
 
若年未就労者問題
(小中高のキャリア教育/労働市場問題)
2006年6月3日
「松本伊智朗「養護施設卒園者の『生活構造』―貧困の固定的性格に関する一考察―」
『北海道大学教育学部紀要』49(1),1987,pp.43-119.の内容報告とその検討」

鈴木喜子(大阪府立大学大学院)

 若年未就労者問題研究会では、現在、児童養護施設生活経験者へのインタビューを通じて、社会的に不利な立場に置かれた若者の社会的排除の実態を明らかにすべく調査研究を行っている。

 児童養護施設で暮らす子どもたちが、入所前、入所中、退所後にわたって、さまざまな問題を抱えさせられていることは周知の通りである。しかしながら、児童養護問題がいかなる背景のもとに生み出されているか、そして退所後の子どもたちがいかなる状況下でキャリア達成における困難に直面し、貧困な生活へと追いやられていくのかを明らかにする研究は極めて少ない。今回取り上げた松本論文は、「今日の貧困層を代表する養護施設卒園者の『生活』の中に、いかに貧困への『固定化』への契機が存在するかということを明らかにすること」を研究課題として掲げている貴重な研究である。

 以下、松本論文において示されている重要な知見について列挙してみよう。

 第一に、子どもを養護施設に入所させざるを得なかった世帯はもともと生活基盤が弱く、社会サービスからも遠ざけられた今日の「貧困層」に位置すること、そして児童養護問題は「貧困層」の子弟の養育上の諸困難を集中的に担っているということである。

 第二に、施設卒園者の高校進学率が、調査当時52.0%(内全日制35.4%)と極めて低位であり、4割は強制的に「自立」(措置解除によって退所)させられ、大学進学者はわずか3.5%にとどまるなど、教育達成における厳しい状況がみられることである。松本は、この背景に、低学力・低学習意欲、費用面での問題、施設の受け入れ態勢の不備、施設の進路指導方針の問題をあげている。

 第三に、上記のような教育達成への困難によって、施設卒園後、社会的に不利な状況で労働生活を開始せざるを得ず、先の見通しの持ちにくいものが多いということである。不安定雇用の下での卒園者の労働は厳しく、転職を繰り返すうちにますます厳しい労働条件にある職しか得られなくなっていく。転職の際も一定期間失業・半失業の状態に置かれることが通常であり、住み込み労働者の場合、退職とともに住居も失ってしまう。こうした、職業生活開始の時点から、不安定就労層として固定化させられていくような職種群を、松本は「袋小路的職業」と名づけている。また、卒園生の中では比較的高い層にある高卒常雇労働者でも、長時間の労働時間の割には低賃金労働を強いられている実態が示されている。

 第四に、養護施設卒園生の「社会的ネットワーク」(親・兄弟・親類・教師・友人・サークルなど)と出身施設による「アフターケア」においても、卒園生の生活を支えきれないさまざまな課題が存在することである。親や兄弟の生活自体が不安定であり、一時的な「避難場所」でしかない。失職して親類との同居が不可能な場合、友人宅か園に身を寄せるものの、そこでは「袋小路的職業」への流入傾向が強まってしまう。失職と同時に「住所不安定者」となる面は、彼らの職業生活の不安定さを一面で規定しており、職業の不安定さは、職場の人間関係の弱さにもつながっていく。学生時代から友人関係が続いているものは少なく、新しい友人には施設出身であることを話せない傾向がある。出身施設と日常的に交流をもっている者も少数で、本人たちにとって施設は相談を避けたい場所となっている。施設側も、卒園生のその後を把握しきれず、制度的な不備からも十分な対応ができず、卒園者の「社会的ネットワーク」の弱さを積極的に補完する役割は果たしていない。

 以上のような調査結果の分析から、松本は、養護施設卒園者の生活の基本的な特徴として、低位な労働生活と希薄な「社会的ネットワーク」の相互規定性により形成される「袋小路」的性格が見出されると結論づけている。そして「今日『貧困』とは、諸個人を『孤立化』させ、生活における『主体性』、『自律性』を奪っていく中で、将来の展望をも持ちにくくさせるものとして現れる」と指摘する。

 2000年現在、養護施設の子どもたちの高校進学率は82.8%にまで上昇しており(それでも全国平均97%と比較すれば歴然とした格差はあるが)、松本論文を検討する際、その時代的制約は押さえておく必要はある。それでもなお、当日報告者の鈴木氏によれば、低学歴、低収入の状態、働く場として「住み込み」を選ぶ者の多さ、施設のアフターケアの中で果たす職業斡旋、離職、借金の問題への対応などの役割には当時と現在とを比べてもそれほど変化はみられないという。他方で、被虐待児への対応の強化、措置延長受け入れへの児童相談所の方針弾力化、施設と家庭との調整を主に担う「ファミリーソーシャルワーカー」の配置、軽度の知的障害や発達障害をもつ子どもへの対応が現場で困難な問題として生起してきていることなど、新たな状況も生まれてきているという。

 今後我々が研究を進めていく上での課題としては、松本論文から得られた貴重な知見を踏まえつつ、「児童虐待」の社会問題化を背景とした児童養護問題および施設ケアのあり方をめぐる制度上の変化を詳細に把握すること、そして、なぜ児童養護施設卒園後の職業生活の困難、貧困の世代的再生産という主題にかくも関心が払われず、対応がなされてこなかったのかということについて検討することである。それらについての考察や知見と照らし合わせることによって、児童養護施設生活経験者の語りからみえてくる様々な課題を解決するためには何が必要なのかをより深く分析することが可能となるであろう。

(文責:渡邊充佳)