調査研究

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2007.05.18
部会・研究会活動 <若年未就労者問題(小中高のキャリア教育/労働市場問題)>
 
若年未就労者問題
(小中高のキャリア教育/労働市場問題)
2007年02月10日
貧困・低所得世帯の子どもの生活と意識

小西 祐馬 (浅井学園大学 人間福祉学部講師)

小西さんは、貧困と教育・福祉を研究課題として多くの成果を生み出してきた北海道大学教育学部教育福祉論研究室(青木紀教授)の出身であり、「貧困と子ども」「貧困と教育」というテーマに関する日本では数少ない気鋭の若手研究者である。

小西さんからは、<1>日本の「格差拡大社会」の現状、<2>貧困緩和のための諸制度(生活保護制度、就学援助制度)の役割と課題、<3>貧困にある子どもと家族が置かれている現実とこれまでの研究動向、<4>子どもの教育保障・生活保障に向けての課題などのテーマについて、報告と問題提起がなされた。以下その概要を整理する。

<1>日本の「格差拡大社会」の現状については、OECDによる貧困率の推計でも、2000年現在の日本の子どもの貧困率が平均値を超え、とりわけひとり親家庭の貧困率が世界最高ランクに位置づけられていること、また、総務省の統計でも、若年層の失業率と非正規雇用の拡大が確認できることが示された。そして、こうした貧困の広がりは、かつてイギリスで1960年代に、アメリカで1970年代に起きた「貧困の再発見」がここにきて日本でも起きていることの表れとして捉えることができるという指摘がなされた。

<2>貧困緩和のための諸制度について。まず生活保護制度については少なくとも法的には生存権保障の原理の具体化されたものであること、そしてその扶助の中には、子どもの教育に関して教育扶助が設けられている他、高校進学率の高まりをうけて、近年貧困再生産防止の観点から生業扶助の中に「高等学校就学費」が位置づけられるようになってきたことなどの動向について説明がなされた。就学援助制度は、生活保護を受給するまでには至らないものの経済的理由で就学困難な子どもを有する世帯に対して教育費を補助する制度であるが、近年援助率が急増していること、そうしたニーズの増加にも関わらず援助対象者の基準は引き下げられているのが全国的な傾向であること、さらにはある文科省の官僚へのインタビューの際に「本当に就学できない人が今いるのだろうか」といったコメントが聞かれるなど、水面下で進行している貧困の現実と国レベルでの認識のギャップの大きさが示唆されることが指摘された。

<3>貧困にある子どもと家族が置かれている現実とこれまでの研究動向について。まず子どもと家族の現実に関しては、母子世帯への調査結果などから貧困の世代的再生産が確実に進行していること、児童養護施設に入所している子どもの高校進学率の相対的低さ、2006年の自立援助ホームの悉皆調査の結果でも入所児童の3人に1人が「住所不定」「野宿経験」など広義のホームレス状態に陥った経験をもつこと、少年鑑別所や少年院に入所した少年の2割~3割が貧困家庭出身であることなどが明らかにされた。子どもたちの生活と意識についても、家族の所得階層が低位であるほど朝食をとらない、こづかいをあげないまたは額を決めていない、家にパソコンがない率が高くなり、習い事をさせている、PTA活動に参加している等の率が低くなること、さらに子どもの学業についても、学校の欠席や成績、授業の理解度、塾・家庭教師の利用についても所得階層が低いほど不利な状況にあることが示された。子ども自身へのインタビュー結果でも、社会のメインストリームを意識しつつも、お金がないことが直接障壁となって将来への希望が絶たれてしまう現実があり、そこでは「希望はあるけどお金がない」場合と「希望もないしお金もない」場合の大きく二通りの子どもの姿が浮かび上がってくることが示された。

「子どもと貧困」についてのこれまでの研究動向に関しては、日本では北海道大学教育学部の教育福祉論分野での蓄積や教育社会学における成果が主なものとして挙げられるが、全体として社会階層と子どもの生活・教育の関係を静態的な形でのみとらえた「スナップショット」的な段階に留まっているとのことである。また、欧米では何十年にもわたるパネル調査が行われ、分析にあたっても発達心理学などとのクロスオーバーがなされているものの、ある論者がいうように「まだ貧困のなかで育つ子どもが、なぜ傷つくのかを理解していない」のが現状であり、どのようなプロセスが介在して親の貧困が子どものライフチャンスに影響を与えているのかを探る質的研究が重要とされていることが述べられた。さらに、貧困の多元的理解の必要性を述べるとともに、正義論や平等論の系譜に連なる貧困研究への展望が語られた。

以上のような議論を経て、最後に<4>子どもの教育保障・生活保障に向けての課題として、日本における教育負担の「家族依存」は国際的にみても特異であり、「奨学金制度」も実質上貸付制度の域を出ないなど脆弱であること、また近年盛んに「家庭の教育力」の向上が喧伝されるもののそれは貧困家庭の子どもの教育保障に何らのポジティブな影響をもたらさないことが指摘された。その上で、学校教育にできること/できないことを整理しつつ、ライフチャンスの平等へ向けてどのような制度や取り組みが必要か議論していくことの必要性が提起された。

質疑応答では、生活保護の現場でも低学力・低学歴の10代の不就労者をどう支援するかが悩みの種となっている、あるいは教育達成などのための先行投資に使える現物給付の少なさが生活保護の現場でも限界となっているといった報告や、生活保護制度に導入された自立支援プログラムが就労自立に重きを置いた内容になっていることの問題点、あるいは貧困の世代的再生産を断ち切る実践としては戦後教育の中で教師がどう立ち向かってきたかを掘り起こしていく作業が重要ではないかという意見や、いくつかの自治体で試行的に開始されているスクールソーシャルワーク事業の動向を注視することの重要性などが提起された。

(文責:渡邊充佳)