人権教育のための国内行動計画
「人権教育のための国連10年(以下、「国連10年」)」は2004年に終了した。それを引き継ぐ形で、「人権教育のための世界プログラム(以下、「世界プログラム」)が2005年より始まった。アジア・太平洋地域では、15カ国以上がこの世界的な取り組みを支持して、人権のため、あるいは人権教育のための国内行動計画を策定した。これら行動計画の大半は、人権教育を責務の一つとする国内人権委員会が策定している。これら国内行動計画の半分以上は、「国連10年」の後半、すなわち2000年に入ってから策定されており、その期間はほぼ「国連10年」以降に及んでいる。そうした意味からも、「世界プログラム」は国内における人権教育の取り組みを支える枠組みとなる。
アジア各地の現状
地域内の現状をもう少し間近に見てみよう。東南アジアでは、地域の情況や人権問題を考慮に入れた「東南アジアの学校のための人権教育レッスンプラン」が教育関係者により開発され、インドネシア語、マレーシア語、クメール語、ベトナム語に訳された。また教員研修がフィリピン、タイ、マレーシア、ベトナムでそれぞれ始まっている。カンボジアでは2005年11月に人権教育に関する国内ワークショップが開かれた。
南アジアでは、パキスタンが2000年に人権と人間の尊厳に関するパキスタン会議を開催し、2002年には学校を焦点にした国内行動計画を策定した。また国内のNGOが優れた人権教育の教材を開発し、教員のための研修活動を行っている。インドではタミールナドゥ州で916校、2,211人の教員、109,660人の生徒を巻き込んだ人権教育のプログラムが取り組まれていて、他の州にも急速に拡大しつつある。スリランカでは教員研修と学校単位のプログラムが行われている。アフガニスタンでは、国内人権機関が学校および公務員を対象にした2006年から2008年までの人権教育プログラムを2005年に策定した。
東北アジアでは、韓国人権委員会が国内行動計画案を策定して議会に提出しているが、まだ採択に踏み切っていない。中国は、法律教育の5ヵ年計画を独自で進めており、人権教育の行動計画策定の予定はない。台湾は国連に加盟していないが、「国連10年」を活用して、多数の人権教育のプログラムを実施している。また教育省が2001年に国内行動計画を策定した。
太平洋地域では、オーストラリアが1994年に国内人権行動計画を策定し、2004年には改訂している。ニュージーランドは2005年から2010年にわたる国内人権行動計画を策定し、保育所や学校を人権コミュニティとして位置づけ、権利と責任の学習、暴力やいじめのない環境作りを目指している。
「世界プログラム」
初等・中等学校における人権教育を第一段階(2005〜2007年)の具体的取り組みに定めた「世界プログラム」をアジアで実践していくために、東南アジアでは、学校における人権教育の成果、不十分点、改善すべき点を特定して分析する調査を行う。その調査で把握した優れた実践例を収集して、アジアの国々に発信する予定だ。
重要なプレイヤーの出現と今後のシナリオ
人権教育はこれまでNGOや一部の学校、そして時には政府の専門領域であった。しかし、近年は、中心的役割を担う可能性のある機関が出現している。方針の策定から実施まですでに行っている国内人権機関、教材や人的資源の提供を支える人権センター、そして教員の研修機関である。様々な機関が人権教育の分野に進出することは、学校だけではなく他の部門にも人権教育が広がる歓迎すべき兆候である。
アジア・太平洋地域には地域レベルの人権メカニズムがないし、近い将来それが生まれる兆しもない。そのような中、小地域レベルのメカニズムが出現する可能性が見えてきた。とりわけ、南アジア、東南アジア、そして太平洋地域における政府間の活動は、小地域での人権システムの合意形成につながろうとしている。南アジアでは、女性と子どもの人身売買の防止と撲滅のための南アジア条約と、子どもの福利促進の協定が、それぞれ2002年1月に採択された。これら条約や協定には、人権教育や啓発に関する加盟国のコミットメントが明示されている。東南アジアでも、女性の暴力に関するジャカルタ宣言が2004年6月に採択され、同年11月には人身売買に反対する宣言が出ている。同じく11月には人権教育の条項も含むビエンチャン行動計画が出された。そして、2005年12月の第11回ASEANサミットで、民主主義・人権と義務・透明性・良き統治・民主的制度の強化の条項も含むことになるASEAN憲章制定宣言が採択された。太平洋地域では、人権を優先課題の一つに含む地域協力の強化のための太平洋計画が策定された。こうした小地域内の国々による宣言や条約は、それらの普及宣伝も含め、人権を地域で広めて実現させていく上で大きな助けとなるに違いない。
(文責:小森恵)