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2006.09.15
<部落解放・人権教育啓発プロジェクト>
 
部落解放・人権教育啓発プロジェクト
2006年06月08日
新自由主義的教育改革と人権教育

志水 宏吉(大阪大学大学院人間科学研究科)

  1991年にイギリスを訪問した時に新自由主義の教育に出会った。サッチャー政権下で制定された「教育改革法」の影響で現場が大変混乱している時期であった。

  イギリスの教育改革は、理論的には「教育の中央集権化」と「市場原理の導入」という2つの原理が働いている。前者についてはナショナルカリキュラム(日本の学習指導要領よりは緩やか)とナショナルテスト(学力テスト)が導入され、後者についてはナショナルテストの結果公表(全国紙に学校名とレベルを公表)、学校選択制及び、LMSが導入された。LMSは学校の自立的経営を促すシステムで、地域住民が参画する学校理事会が校長を選任するなど、私立学校と同様の仕組みで動いており、さらに在籍する子どもの数によって予算が割り当てられるため、子どもが減ると学校が破産することもある。

  1997年に労働党政権になってからは軌道修正している。これまでの動きをまとめると、

  1. 第一の道 -1979 オールドレフト 福祉国家 ゆりかごから墓場まで 教育としては、low challenge low support(不干渉)
  2. 第二の道 -1997 ニューライト 新保守主義と新自由主義 high challenge low support(口出しをするが緊縮財政)
  3. 第三の道 1997- ニューレフト 新経営主義high challenge high support(要求もするが、支援も惜しまない)

  第一の道では所得の再配分により結果の平等を目指したが、結果的に失業率の増加を招いた。第二の道では機会の平等を追及したが、こどもの学習環境などの条件は無視された。第三の道は可能性の平等を追求しており、結果は保障しないが、条件整備を行ってスタートラインを揃えることを保障している。社会的に不利な立場に置かれた集団にインプットするというコンセプトは同和対策と同じである。

  1997年以降、教育予算が増えている。特に、課題のある地域への配分は日本とは比較にならない。EMAG(ethnic minority assistance grants)は、エスニックマイノリティをサポートする資金で多住地域に配分されるものであり、EiC(excellence in cities)は課題のある地区を指定して重点投資するものである。その額は日本とは2桁ほど違う。

  第三の道では、教員は教育者であると同時に経営者でなければならず、成果を求められる。また、効果が期待できる層に手厚くインプットされ、本当に支援の必要な層へのインプットは薄いという批判(color blind)もある。

日本の教育改革

  日本の教育改革は振り子のイメージであり、1947年は子どもの主体性、態度が重視されたが、1955年には学力論争が勃発し知識重視型へ転換した。さらに、1975年には「ゆとり教育」に転換し、2002年以降は「確かな学力」の名称で知識偏重へ転換している。

  それに加えて、90年代以降は制度そのものが変わりつつあり、振り子の軸が大きくぶれるという新しい時代を迎えている。それは、コミュニティ・スクールや学校選択制に代表される「新自由主義」と、教育基本法「改正」に象徴される「新保守主義」の流れである

  しかし、東京や京都のコミュニティ・スクールは、学校の特色づくりに賛同した気の合うもの同士が集まったもので、偽りのコミュニティ・スクールと言える。コミュニティのセンターに学校があるという、地域に根ざした学校づくりの構想が必要である。

  現在の学校選択制導入の議論は学習者主権が錦の御旗になっており、教育を商品として捉えている。学校を選ばない・選べない・選びたくない層に対する配慮がない。公立学校には多様な子どもがいる。色んな子どもが集まって異文化リテラシーを学ぶことに意味合いは大きい。学校選択制が導入されれば異質な層と出会うことはより少なくなるだろう。

人権教育の課題

  文部科学省の「人権教育の指導方法等の在り方について〔第二次とりまとめ〕」の作成に関わったが、この中には「効果のある学校」や「隠れたカリキュラム」のニュアンスも組み込んでいる。

  「効果のある学校」研究を通じてはっきりしていることは、学力保障こそが学校教育の第一義の目的であり、基礎学力の保障なしに人権教育はあり得ない。昨年度「効果のある学校」の実態から7つの法則を提示したが、これは、その状態に持っていくためのプロセスを定義づけたわけではない。

  イギリスの市民性教育(citizenship education)は、グローバリゼーションの進展を背景に2002年から中等学校で必修になったもので、日本の道徳教育に近い。市民性教育の柱は、2001年のクリックレポートによると、<1>social and moral responsibility、<2>community involvement(コミュニティでのボランティア活動)、<3>political literacy(主体的な政治への関心)である。実践はされているが、劇的には変わっていないというのが状況にある。 これまで、小学校教員の力量はいかにすぐれた授業をするか=教師の授業力に焦点あり、中学校教員の力量は生徒をいかに掌握するか=生徒指導力に焦点があった。これに加えて、組織の一員として働く力量が問われる。アカウンタビリティの観点から組織としてのパフォーマンスをあげることが求められる。

  また、最近、「格差社会」という用語がマスコミに取り上げているが、実態として家庭や学力の格差は広がっている。特に同和地区の子どもたちにさまざまな歪みが集中的に現れると考えられることから、イギリスの第三の道で行われているような施策の必要性を発信していきたい。

(文責:事務局)