0.問題設定
結婚差別(注1) は、部落差別の中でも最も厳しいとされてきた。だが、これまでに行われてきた調査報告書を見る限り、部落マイノリティ(注2) と部落外マジョリティとの通婚は、一貫して増加傾向にある(注3) [杉之原 1997]。しかし、通婚に至る過程や結婚後の過程については、ここ最近のものを除けば、ほとんど分析されることはなかった。近年集中的に、Mizumura[1999]、中村[2000]、大阪府[2001a]、齋藤[2002]、奥田[2002]が見られるものの、配偶者選択のメカニズムにまで踏み込んで検討した研究は見られない。すなわち、西暦2000年前後に至るまで、ミクロな面では、個々の事例においてどのように結婚差別があらわれたのか、そしてどのようにして結婚差別を乗り越えることができたのかが質的調査に基づいて具体的に分析されることはなかったのである。また、マクロな面においても、なぜ通婚が増加したのか、通婚の増加と社会変動はどの程度結びつけて考えられるのかが慎重に吟味されてはこなかった。ただ、通婚率の増加は「部落差別の減少」の指標として用いられてきたにすぎない。
本稿は、結婚差別を通婚問題ととらえ、主に部落マイノリティと部落外マジョリティとの間に起こる結婚差別が生じるメカニズムを解明すること、さらに、具体的に結婚差別事象を分析する際、その指標として考慮せねばならない構造的な諸条件を析出することを目的としている。まず、1.結婚差別が発生する要因について検討し、そのメカニズムを解明する。続いて2.結婚差別と通婚の状況について、これまでに行われてきた調査のレビューをもとに考察する。さらに、3.部落マイノリティから見た結婚差別のとらえ方についても検討を行う。最後に、4.結婚忌避・差別の今後の展望を予測し、結婚差別にかんする調査を行う上で取り組むべき課題について提言を行う。
1.結婚差別とその要因
改めて、結婚差別とはどのような現象を指すのだろうか。中川喜代子[部落解放研究所編 1986]によると、結婚差別とは、
部落問題においては、婚約・もしくは結婚に際して、相手方あるいは配偶者の出自が部落であることを理由として、婚約に反対、解消したり(させたり)、結婚を解消したり(させたり)する行為
のことであり、反対する行為者としては、「婚約の当事者、配偶者、その家族や親戚など第三者」があげられている。
では、なぜ結婚差別が起こるのだろうか。本節ではそれらの要因を、部落問題に関する要因と配偶者選択のメカニズムに起因する要因の二つに分類し、検討を行う。
1.1 部落問題に関する要因
部落問題に関する要因には、家意識、偏見、人種主義(Racism)、部落差別の現状認識があげられる。
1.1.1 家意識
部落差別が生じる要因として頻繁に言及されるものに、家意識がある。家意識については野口道彦によって以下のような説明がなされている。
「伝統志向原理と家父長制支配原理とによって統合されている伝統的な家や親族集団にかかわる」家制度は、「伝統的秩序への服従、家の系譜的連続性、先祖祭祀、本家?分家関係、家父長の権威をともな」っており、家意識とは、そのように制度化された「家規範」が個々人に内面化されたものである[寺木・野口編 2001:64]。
以下では用語の誤解を避けるために、これら戦前の家制度にもとづく家意識を<家意識>とし、日本では主に高度成長期以降定着する家族への愛着・愛情を基盤とした近代家族的な家意識のことを<家族意識>として区別しておこう。
結婚差別の発生要因としても<家意識>を用いた説明がなされている。
中川[前掲]は、結婚差別の発生要因を以下のように説明する。戦後の民法改正によって家制度はなくなったにもかかわらず、世代を越えての<家>の連続を意図する<家意識>は、新しい身分ともいうべき<家柄><家格>などの意識と結合しながら残存している。また、身分制のもとでの内婚制の結果として、通婚する家は同一の身分であるといった<つり合い意識>が形成されてきた。このことは、部落の者と通婚すれば自分の家(親戚)も差別を受ける、という考え方が持たれ続けていることを意味しており、それらは世間の意向に同調して行動する傾向がある日本社会の行動様式によって、いっそう強化されている。
野口道彦は、<家意識>に関連する意識調査を行い、それらを強く持つ人々が部落に対する結婚忌避が強いことを実証している[1993:24-36](注4) 。さらに野口は、固定的な性別役割分業を内包する近代家族的意識を持つ人も結婚忌避的態度をとる傾向があるとするが[野口 1997]、この点については1.2.6で後述する。
1.1.2 偏見
繰り返し言い尽くされている感はあるが、偏見は重要な要因である。ここで偏見とは、「その集団の成員であるとの理由で、その集団の成員に対してもつ否定的態度、情動、行動」[Brown 1995=1999:15]のことである 。(注5)
部落問題に関する部落外マジョリティを対象とした意識調査によく用いられるパターンとして、SD法(Semantic Differential Method)があげられる。これは、相反するコトバを用いてそのイメージを問う調査方法であるが、これまで部落に対しては、「下品な」「あらあらしい」「閉鎖的」「こわい」「不潔な」といったマイナス・イメージが持たれてきたことが明らかとなっている[横島 1984]。こうした調査には同和地区に対するイメージを固定化させてしまうと言う批判もあるが、2000年の大阪府調査においてもこうした項目が用いられている[大阪府 2001b]。時系列調査で見てみると、2000年調査と1995年調査を比較した場合、すべての項目でマイナス・イメージが増加しており、1990年調査段階に逆戻りした観がある(図1-1) 。(注6)
図1-1 大阪府民の同和地区に対するイメージ
[大阪府 2001b:21]
もちろん、マートン[Merton 1949]が述べたように、偏見を持つ人が必ず結婚差別をするわけではないことは注意しておく必要があるだろう 。(注7)しかし、こうした偏見が鵜呑みにされてしまえば、直接結婚差別に結びつくことは容易に想像できる。部落に対する偏見、マイナス・イメージやねたみ意識は、最近では特にインターネットなどを介して頻繁に流通しており、根本的な解決の方法は今のところ見あたらない。
1.1.3 人種主義(Racism)
黒川みどりは、部落差別を人種主義(Racism)の枠組みでとらえられることを主張している。以下、黒川の主張を要約する[黒川 2002]。
戦後の改革により「家」制度は法的に消滅したものの、「家」意識は存続し、「家柄・家格・血筋といった言葉に置き換えられる、実態を伴わない「家」を守るという意識が、被差別部落との結婚を排除する方向に作用した」。また、家柄や家格は「家」制度の法的廃止によってその価値を徐々に低下させたが、代わって遺伝による能力重視と結びついた血縁へのこだわりが重視されるようになり、それは「血族結婚」の偏見を伴って部落との結婚を忌避する方向に働いた。これらは、「被差別部落という集団を個人の恣意では容易に変えることのできない身体・習慣・道徳などの特殊性をもつものとみなして自らとの間に恒久的線引きを行おうとする意識であり、排除する民衆の側は、そのような線引きをすることによって自己はそれに組み入れられる可能性のないことの永久的保証を獲得」するという人種主義によって支えられた意識であり、部落マイノリティとの結婚は「人種主義の壁をうち破り、部落と部落外の境界を揺るがす行為」であることから結婚差別が執拗に存続しているとする。
現状において部落マイノリティがどの程度「異種」として認識されているかどうかは今後の詳細な検討が必要である。しかし、部落の起源の一説としてあげられてきた人種・異民族起源説に代表されるように、かつて部落マイノリティが生物学的に劣位であると認識されてきた歴史は確かにあるだろう 。(注8)また、現状においてもなにがしか部落外マジョリティとは異なった人々としてとらえられていることも間違いない。このような人種主義というパースペクティブから部落問題をとらえなおすと、部落マイノリティと部落外マジョリティとの通婚問題は、決して日本社会特有の問題だけに還元できるものではなく、「国民国家論」「ナショナリズム論」「エスニシティ論」など経路として、通文化的な問題として捉えられる可能性を黒川は示唆している。つまり、部落マイノリティとの結婚は、部落外マジョリティの「日本人」としての<常人>性を脅かす行為なのである 。(注9)
1.1.4 部落差別の現状認識
部落マイノリティに対する結婚忌避・差別の発生要因として、現代において重要なのは、中川が述べたように、部落マイノリティとの通婚によって、部落外マジョリティの「家」(親戚)が差別を受ける可能性を否定できないという現状認識にあると考えられる。
加えて筆者は、以下の点を補足しておきたい。戦前からの家制度にもとづく<家意識>は低下したと考えられるが、必ずしもそれらを媒介とせずとも、差別が生じる可能性がある。つまり、<家意識>とは無関係に、部落外マジョリティ当人が、部落出身者と結婚しなければこうむることがない「部落差別を受けるかもしれない」というリスクを認識する場合、そうした認識は部落マイノリティとの通婚を忌避する要因として働く可能性がある。必ずしも旧来の<家意識>の払拭だけでは結婚差別問題は解決しないだろう。
また、佐藤裕[2002a]は、大阪府の2000年度調査から、差別の現状を厳しく認識することによって、逆に部落に対する忌避的態度を強化してしまう可能性を示唆している。たとえば、部落が「こわい」というイメージは忌避的態度に強い影響を与えているが、それは「偏見」というよりも状況認識として理解すべきだという提言を行っている 。(注10)
結局、部落マイノリティに対する忌避や差別の可能性を否定できない現状認識がある限り、部落外マジョリティが部落マイノリティと結婚することは、何かしらの「不安定」[江嶋 2002:89]性を引きうけざるを得ないのである。
1.2 配偶者選択のメカニズム要因
これまで我々は、結婚差別は、偏見や家制度にもとづく<家意識>を強固に保持する人々が、部落マイノリティとの結婚を忌避するから生じるのだ、と素朴に想定することが多かったように思われる。このような観点に立つと、偏見はさておき、少なくとも旧来型の<家意識>が低下している現在、将来的に結婚差別の減少を予測することができる。しかし、結婚差別は必ずしも偏見や<家意識>・人種主義によってのみ生じるわけではない。むしろそれ以上に、配偶者選択のメカニズムそのものに部落マイノリティに対する忌避・差別を生み出しやすい構造が見受けられるのである。
では、そもそも配偶者選択という行為をどのようにとらえればよいのだろうか。配偶者選択は、家族を形成するための契機であるから、いくらかは、どのような家族形成が望ましいのかという価値意識にもとづいてなされると想定できる。「家族」については以下の定義が一般的である。
家族とは、夫婦・親子・きょうだいなど少数の近親者を主要な成員とし、成員相互の深い感情的係わりあいで結ばれた、幸福追求の集団である。[森岡・望月1997:4]
家族の機能は、生殖・経済・教育など多面的であるし、また、どのような状態が「幸福」であるかは諸個人によって異なり、相対的なものである。しかし、配偶者選択を行う、すなわち結婚する時点では、少なくとも生活の「安定」を意図していると考えられる。そこで本稿では、配偶者選択を家族形成の契機ととらえた上で、生活の「安定」などの「幸福追求」を目的とする合理的選択として論を進めたい。このように配偶者選択をとらえたうえで、以下では、配偶者選択のメカニズムが部落マイノリティに対する結婚忌避にどのような影響を与えるのか、検討を行う。
一見ランダムに行われているように思われる配偶者選択であるが、一般的には、社会的な制約の下に行われているのが現実である。以下では、園井ゆり[2001]の要約にならいながら、配偶者選択の原理ならびに方式と、部落−部落外の通婚との関連性について検討を行う。
1.2.1 配偶者選択の原理
配偶者選択に関する社会的な制約としては、「内婚―外婚原理」があげられる。「内婚」は、自分が所属する集団の外から配偶者を選択することを禁じるものであり、「外婚」は、自分が所属する集団の内から配偶者を選択することを禁じるものである。結婚差別を考える上で重要なのは内婚原理である。内婚原理は、人種・民族・階層・宗教などの大きな集団に適用されることが多い。特に封建時代には、諸々の賤民身分であった部落マイノリティにとっても、士族・農民などの部落外マジョリティにとっても、内婚原理は制度化され、強固に存在していたと考えられる。
内婚原理が存在する理由としては、「同じ社会的背景をもった者どうしの結婚の方が異なった社会的背景をもった者どうしの結婚より互いの理解や適応が容易で問題が起こる場合が少ないという経験的事実を人間が共通して持っていた」ことがあげられている(注11) [古谷 1991:23]。通婚研究の理論的検討を行ったマートン[1941]も、黒人−白人というカースト間の結婚が少ない理由のひとつとして、結婚後の家族内で紛争が起こる可能性の縮減をあげている。このような合理的な考えの一般化によって、結婚システムにおいてマイノリティの排除が生み出されているのである。
また、個人の観点から配偶者選択をみる「同類婚―異類婚原理」も重要な側面である。同類婚は、配偶者選択の際にできるだけ類似した傾向を求める場合であり、異類婚は自分とは異なる属性をもった者を配偶者として選ぶ場合を指す。こちらも内婚原理と同様に、同類婚規範が強ければ、何らかの「異」類性を持つ人々は、排除されることになる。
同類婚を規定する要因としては、近接性、社会的圧力、合理的選択があげられる[光吉 1978]。園井[前掲]の整理によれば、近接性とは、地理的な距離の近さを指し、互いの面識機会をより多く提供することによって配偶者として選択するきっかけを作る。また、近接性は、同じような社会的カテゴリーの人々は同一地域に一団となって住んでいることが多いため、社会階層や教育程度など同一の社会的カテゴリーをともなうことが多い[菰渕 1981:26]。社会的圧力とは、異類婚に反対する親や友人によるコントロールの結果として、階層的に類似した者が配偶者として選択されるというものである。合理的選択とは、階層的に近似している方が、結婚後の生活を安定したものにしうるという合理的な判断にもとづいて同類婚がなされることを言う。
こうした配偶者選択の原理に照らし合わせた場合、部落外マジョリティが内婚原理や同類婚原理に対する規範を強く内面化している限りは、部落マイノリティとの通婚は忌避されるべきものとなる。アダムスは、アメリカのミドルクラスを例に、互いの属するカテゴリーが著しく異なる場合、関係の終結を導きやすいことを指摘している[Adams 1979]。このことは部落マイノリティと部落外マジョリティの関係においてもあてはまると思われる。
1.2.2 配偶者選択の方式
配偶者選択の方式については、一般的に、結婚する本人が配偶者を選ぶ「自由結婚」(自律婚)と、親や親族などの意志が本人よりも優先されて配偶者を選ぶ「協定結婚」(他律婚)に大別される。「自由結婚」の代表は「恋愛結婚」であり、「協定結婚」の代表は「見合結婚」である 。(注12)「協定結婚」は、「家族と家族を結びつけるものとして把握」されるために、親や親族が介入を行う[森岡・望月 前掲:48]。一般的に、若年層の方が部落マイノリティに対する結婚忌避しない傾向にあるため、年齢の高い親や親族の介入は、結婚差別が起きる可能性を高めることとなろう。
「恋愛結婚」と「見合結婚」の推移を見ると、かつては「見合結婚」の割合が高かったが、現状では「恋愛結婚」がかなりの割合を占めている。1995年以降に結婚した夫婦では、「恋愛結婚」は87.1%にのぼり、「見合結婚」の9.9%をはるかに上回っている(図1-2)。こうした傾向は、配偶者選択の当事者に対する親や親族の結婚に対する介入が低減していることを示唆しており、結婚差別を生みだしにくくさせるためには望ましい傾向だと言える。
図1-2 恋愛結婚・見合結婚の割合の変化
[井上輝子・江原由美子編 1999:11]
1.2.3 配偶者選択の要因群
配偶者選択の決定要因に関する研究によれば、(a)人種(b)民族(c)宗教(d)階層(社会経済的地位)(e)教育程度(f)年令(h)パーソナリティ(k)容姿などがその要因としてあげられている[上子ほか 1991]。これらの条件のうち、パーソナリティのみが異類婚・同類婚ともに作用する可能性があるのに対し、他の要因は全て同類婚傾向に働く。すなわち、これらに相違があればあるほど生活に「不安定」要素がもたらされると想定され、配偶者として選択しづらくなると考えられる 。(注13)
1.2.4 階層内婚傾向
では、現代日本社会においても同類婚傾向は顕著であるのだろうか。仮に同類婚傾向が顕著であれば、何らかの異質性をともなうマイノリティとの結婚は、個々人の選択による排除というよりも、構造的な排除である可能性が高いことになる。
SSM調査(「社会階層と社会移動」全国調査)では、職業階層・経済的階層・学歴階層内婚の状況を伺うことができるが、その結果を見る限り、階層内婚傾向は否定できない。
1985年調査では、小林・鹿又・山本・塚原[1990]と渡辺・近藤[1990]が、階層内婚について分析を行っている。
小林・鹿又・山本・塚原[前掲]は、社会階層と通婚の問題を取り上げ、分析を行っている。それによれば、事実内婚率 (注14)をみる限り、階層内婚傾向は1955年以降低下しているが、その要因は<農業、農業>の組み合わせが農業人口の衰退とともに減少したことによるところが大きく、その他の職業間の内婚率は若干増加しており、特に農業と専門・管理における閉鎖的な通婚圏が存在している。また、通婚の閉鎖性と友人交際の閉鎖性が比較検討されており、通婚関係よりも友人交際の方が閉鎖性が強く、さらにマニュアル階層における友人関係の閉鎖性が顕著であることが示されている。
渡辺・近藤[前掲]は、親どうしの結合を階層的内婚ととらえたとき、その傾向は、専門管理>農業>自営を含む中間的職業層、の順に強く、階層内婚傾向はまったく弱まっていないと主張する。ただし、家結合が支配的であるわけではなく、恋愛結婚が主流となっているように、1985年の調査当時では本人どうしの学歴・職業の同類的な結合から家結合が派生していると指摘する。結局、結婚による階層結合は予想以上に安定的であると結論づけている。
10年後の1995年調査では、井上寛[1995]が配偶者選択について分析を行っている。
井上[前掲]は、1995年のSSM調査データを用いて、配偶者選択はランダムに行われるという配偶者選択の神話を批判し、合理的選択モデルを用いて結婚市場における階層内婚のメカニズムを明らかにしている。そこでは「職業、職業威信、教育のいずれにおいても無視できない水準の階層内婚が見られ」る。「趨勢を年齢(/コホート)に沿ってみると職業と職業威信階層にかんしては若年層ほど階層内婚が弱まっている」ものの、「個別職業階層ごとにみると専門・管理職層と農林漁業階層に強い内婚傾向が見られ」、「学歴内婚は特に高いだけでなく若年層ほど内婚率が高まっている」。また、「階層内婚は、婚姻機会をめぐる合理的選択行動による競争の結果として説明」可能であり、「人々は家族生活の高い生産性(本稿では高い年収や階層帰属意識)を目的とし、それにとって有効であると信じる配偶者選択をめざ」している。それは、「配偶者の父職地位が高いほど、また配偶者の学歴が高いほど、婚姻によって得られる報酬と便益は多くなると期待する行動」であり、競争的なマッチングによって結果的に階層内婚率を高める」のである[井上 前掲:106] 。(注15)
SSM調査で提示される階層は、職業階層・経済的階層・学歴階層のことであるが、これらの「同類性」は結婚後に「安定」した生活を営むための要件となるだろう。
また、階層意識の違いも指摘できる。一般的に社会階層において上層の地位にいる者ほどその地位の維持に敏感であり、配偶者選択に親や親族の意志が反映されるため、階層内婚や身分内婚傾向が強いと考えられている[森岡・望月 前掲:48]。実際、図1-3のように、中卒層よりも高卒層で、高卒層よりも大卒層で、結婚相手の条件として考慮・重視する項目をより高い割合で選択する傾向が見られる。すなわち、低階層よりも高階層の方が結婚相手に求める条件は厳しいのである[国立社会保障・人口問題研究所 1997]。こうした傾向から、職業階層・経済的階層・学歴階層が極端に不釣り合いな結婚は、特に、相対的に上層に位置する人々から忌避される可能性が高いと言える。
しかし、階層内婚傾向は逆の可能性も示唆する。例えば、低階層の部落マイノリティと低階層の部落外マジョリティ間の結婚可能性は、高階層どうしの部落マイノリティ―部落外マジョリティの組み合わせや、高階層部落外マジョリティと低階層部落マイノリティ、低階層部落外マジョリティと高階層部落マイノリティの組み合わせよりも高いと想定できよう 。(注16)つまり下層性を経路として、部落マイノリティ−部落外マジョリティの通婚が促進されてきた可能性もある 。(注18)
図1-3 結婚相手の条件:考慮・重視する割合
[国立社会保障・人口問題研究所 1997:17]
1.2.5 幸せな結婚
ここまで、配偶者選択のメカニズムとマイノリティの排除について検討してきたが、ここでは「幸せな結婚」というイデオロギーについて検討する。というのも部落マイノリティやその他のマイノリティとの結婚は、結婚後に幸せになれないという理由から反対が生じることがあるからである。ここでいう「幸せ」とは、やはり、結婚後の生活の「安定」を指していると思われる。では、ここで「安定」とは何を意味するのか。
第一に、差別を受けないという「安定」である。結婚相手が差別されるかもしれないという現状認識があれば、結婚後の「安定」を疎外する大きな要因のひとつとなる。
第二に、経済的な「安定」である。結婚後に、結婚する以前よりも経済的な生活レベルが低下するとすれば、パートナー同士が深く愛情で結ばれていたとしても、結婚に踏み切ることを躊躇したり[山田1996]、周囲の反対に遭う可能性が高くなることは否めない。
第三に、人間関係の「安定」である。かなり一般化されていると思われるが、結婚は一大イベントであり、親や親族のみならず、皆から承認され、祝福されるべきだという規範が存在する。特に、家族・親族への愛着・愛情にもとづく近代的な<家族意識>を重視する個々人にとって、家族・親族に一人でも部落マイノリティとの結婚を望まない者がいれば、それらの反対を押し切って結婚することは愛情によって結ばれていた家族・親族に対するある種の裏切り行為となってしまう。また、仮に反対があった場合、結婚の意志を貫くためには、仮に部落マイノリティと結婚しようとしなければ引きうける必要のない家族・親族への説得というコストがかかり、それがうまくいかない場合には、最終的には家族・親族ネットワークからの離脱というコストを引きうけなければならなくなる。部落外の当事者が家族・親族ネットワークに依存して生活している場合には、そうしたコストを避けるために、戦略的にマイノリティとの結婚を忌避することは非常に合理的な選択である。さらに、<家族意識>を強固に保持する親は、それだけにより強く、配偶者選択主体に介入を行うかもしれない。彼/彼女らは、幸せになって欲しいと願うあまりに、パーソナリティ条件にもとづいた移ろいやすい二人の間の情愛よりも、パートナーの社会的条件を重視する傾向にあるのではなかろうか。それは「家族で豊かな生活とよりよい子育てをめざ」してきた戦後の「家族主義」的価値観[山田 2000]に照らし合わせた場合、必然なのではなかろうか。
第四に、子育てにおける「安定」である。通婚した場合、通婚カップルから生まれる子どもにとっては差別の問題ともあいまって、自身が何者であるかというアイデンティティの問題にも直面する可能性がある[マートン 1941]。しかし、部落外マジョリティにとって、同じマジョリティと結婚すれば、その子どもは疑いようもなく部落外マジョリティであり、そうしたアイデンティティの問題に直面することはない。そうした状況を予測することで、差別の現状認識とともに、「生まれてくる子どもがかわいそうだから」として結婚忌避を正当化する言説が見られるのかもしれない。
1.2.6 望ましくない結婚――様々な排除
「幸せ」な結婚としてイメージされるものが、あくまでもマジョリティどうしの結婚であるとすれば、「幸せ」でないと想定される、すなわち望ましくない結婚は、SSM調査に見られる職業階層・経済的階層・学歴階層の不釣り合いだけではなく、多岐にわたるであろう。
例えば、先ほどの配偶者選択の決定要因のうち、人種・民族・宗教が異なれば、たとえ本人どうしが結婚を望んでいたとしても、周囲から反対されることは容易に想定できる。
年齢も重要な要素であろう。極端な年齢差は忌避される傾向にある。
ジェンダーについても、パートナーの年齢が、男性の方が年下で、女性の方が年上であることは、好ましくない(普通ではない)結婚となる。また、依然として、男は「男らしく」、女は「女らしく」、といった伝統的なジェンダー意識にぴたりとはまったと合った相手が配偶者として望まれることが明らかになっている[内田 2002]。このことは、「男らしく」ない男性、「女らしく」ない女性が、結婚システムから排除される可能性を示唆している。
さらに、マジョリティにとって、結婚相手が健常者(≠障害者)であることは当然視されており、結婚差別が最も厳しいのは障害者に対するものだと言えるかもしれない[野口 2002]。
こうした、<常人>どうしのあたりまえの結婚の結果として期待される、「安定した生活」や「周囲からの祝福」などの「幸せな結婚」イデオロギーを考慮すると、差別される可能性を包含する何らかの「不安定」を伴うマイノリティとの結婚は、マジョリティの結婚相手として望ましいものではない。そう考えれば、部落マイノリティなどマイノリティに対する結婚忌避・差別は必ずしも「言われなき差別」ではなく、合理的な状況判断にもとづいた行為であるとも言える。
1.2.7 パーソナリティ要因
しかしながら、配偶者選択主体は、同類性にもとづく結婚や生活の「安定」のみを求めているわけではない。現代においては、個人化を主な原因として、パーソナリティ要因が配偶者選択の条件として最も重要であると認識されていることは各種調査で明らかである[野口 前掲;内田 前掲;国立社会保障・人口問題研究所 1997]。姫岡勤が指摘したように、戦前から戦後、そして現代にかけて、共同体主義(ムラ本位)的婚姻から家族主義(イエ本位)的婚姻、そして個人主義(個人本位)的婚姻へと結婚のあり方が変動してきたのは事実であろう。「個人主義社会では、いうまでもなく個人の独立と自由が優先的に尊重され、家族主義社会のばあいとちがって、婚姻そのものに価値が認められ、それ自体が目的となる」[姫岡 1976:79]のである。家規範の低下、個人主義的意識の拡大、二人の愛情にもとづいた結婚の増加が、部落外マジョリティと部落マイノリティの通婚増加傾向を強力に推し進めてきた要因であることは間違いない。
ただし、現代の配偶者選択要因を、パーソナリティや容姿などの個人的要件のみに還元する見方を重視しすぎるわけにはいかない。上述した結婚の条件として重視される項目のように、ブルデューの言う「婚姻戦略」(注18) 、つまり、恋愛感情をいだくプロセスに、結婚相手の社会的地位や経済力といった要素が組み込まれているとも考えられるのである[義積 2000:4]。だとすれば、無意図的にマイノリティがマジョリティどうしの結婚システムから排除されている可能性は否めない。
1.3 部落差別の結果か、配偶者選択のメカニズムの必然か
上記のような配偶者選択のメカニズムに注目し、結婚差別を、部落を忌避する意識のみに還元して考える見方を相対化した場合に起こる困難もある。つまり、結婚忌避が起こったとき、どの程度部落出身であることで忌避しているのか、それとも他の要因で忌避しているのか、はたまた複数の要因が複雑に絡み合って忌避しているのか、容易には見極められないのである。例えば、あからさまな部落差別を受けている場合でも、「本当にそれは部落差別なのか」、何らかの否定的な言動を経験した部落マイノリティとって、判断が難しいという心理的な困難に晒されることになる。
とはいえ、結婚差別の軽減を目指し、何らかの対策を講じるためには、部落差別要因とともに配偶者選択のメカニズムそのものに潜むマイノリティ排除の構造を考慮することは必要不可欠である。結婚差別が起こるのは、部落差別によるものでもあり、配偶者選択のメカニズムによるものでもあるのだ。
1.4 顕示性
ここで、結婚差別を論じる際に忘れてはならない要因をあげておかねばならない。それは、部落出身であることの顕示性(saliency)である。論理的には、配偶者選択の場面において、部落出身であることが顕在化しない限りは、結婚差別は起こらない 。(注19)このことは、言語的・身体的特徴が極端に異なるわけではない部落マイノリティ特有の問題であると言えるかもしれない 。(注20)
部落外マジョリティが、いかなる理由で結婚相手を部落出身であると判断しているのかは、様々な理由があろう。地域を指標として認識するかもしれない。あるいは部落出身者からのカミングアウトによって認識することもあるだろう。場合によると、部落外マジョリティが部落マイノリティであると一方的に見なしているだけで、そう見なされている当の本人は部落アイデンティティを持ち合わせていないこともありうる。残念ながら、部落外マジョリティがどのような判断基準で部落マイノリティを認識しているのか、具体的なデータはない。一つの手がかりとなるのは部落マイノリティからのカミングアウトであるが、この点については第2章の分析モデルについて述べる際に紹介する。
1.5 結婚差別の要因モデル
以上の要因群を図示したものが図1-4である。
これまでの研究では、部落差別要因にもとづく結婚差別のみを想定することが多かったように思われるが、実際には部落差別要因と配偶者選択要因は密接に関わり合っており、それらが重なり合うところで、最も結婚差別が起こりやすいと考えられる。その際、部落出身であることが顕在化しなければ、論理的には結婚差別は起こらないことは押さえておく必要がある。
つまり、結婚差別を軽減させるためには、偏見などの部落差別に関する要因だけではなく、結婚システムや「幸せな結婚」イデオロギー、さらには期待される家族像の相対化とその変革が必要不可欠なのである。
2.結婚差別を取り巻く状況
本節では結婚差別と通婚の状況について、主にその変化について概観する。
2.1 結婚差別について
1871年8月28日の太政官布告、いわゆる解放令以降、1974年までの文字化されたデータによれば、結婚・恋愛に関する差別事件は、298件にのぼる。また、そこに示されている帰結として自ら命を絶ったと記されているものは38件である(注21) [部落解放研究所編 1990,1992]。もちろん、これらのデータは社会問題として顕在化し、その結果文字化されたものという限界含みの資料であり、顕在化していない事例は数多く存在するだろう。また、1974年以降も、結婚差別事件として取り上げられてきた事例はいくつも存在するし、その中にも自ら命を絶った部落の青年たちの事例が含まれている。これらのデータは、解放令以降も、部落マイノリティと部落外マジョリティとの結婚が容易ではなかったことを示している。
そのことを裏づけるデータをいくつか検討したい。実際に通婚しているカップルに対して、結婚に関する調査が行われている。例えば、大阪府の調査では、夫婦の一方が同和地区外生まれの通婚夫婦に対して結婚に際して反対があったかどうかを問うている。
1982年の調査では、8185組の通婚カップル対して、結婚差別を受けたことがあるかどうかを問うている。結果、「結婚差別を受けたことがある」が22.6%、「結婚差別を受けたことがない」が71.8%、「不明」が5.6%である[大阪部落実態調査推進委員会編 1983](表1-1)。1990年の調査では、7199世帯の通婚カップルに対して結婚への反対の有無を問うている。結果、「反対された」が27.8%、「反対されなかった」が69.9%、「不明」が2.3%である[大阪府 1991](表1-2)。2000年度調査では、質問項目の形式が異なるために詳細な比較はできないが、同和地区生まれの人が「相手の家族や親族から、結婚を反対された」と15.6%が回答しており、20%強が、何らかの反対をうけたと回答している[大阪府企画調整部人権室編 2001c](表1-3)。
表1-1 結婚差別の有無(1982年)
[大阪部落実態調査推進委員会編 1983]より作成
表1-2 結婚への反対の有無(1990年)
[大阪府 1991]より作成
表1-3 結婚への反対の有無(2000年)
[大阪府企画調整部人権室編 2001c]より作成
では、部落外マジョリティの忌避的態度はどのようなものであろうか。全国レベルの調査として部落マイノリティに対する結婚忌避的態度が問われているのは、1985年総務庁調査[総務庁編 1987]と1993年総務庁調査[総務庁編 1995]である。1985年調査と比較して、1993年調査の方が「子どもの意志を尊重する」割合が増えてはいる。しかし、「子どもの意志が強ければやむをえない」「絶対に認めない」など、部落マイノリティに対する結婚忌避的な態度は1993年の段階でも半数にのぼる(図1-5)。
図1-5 結婚忌避的態度 (注22)
[部落解放研究所 1997:171]
このような調査結果があるにも関わらず、部落マイノリティに対する結婚差別が社会問題として表面化することは少ない。その理由として、第一に、結婚はあくまでプライベートな問題であるという認識から、差別事件であることを公表することによって、結婚差別をした方、された方双方のプライバシーが侵される可能性が高いこと、第二に、当人同士の問題だけではなく、家族・親族を巻き込んだ問題に発展してしまう可能性が高いことが考えられよう。これらの点から、表面化させない努力がなされることとなり、結果として結婚差別を受けた当事者が泣き寝入りせざるをえない状況に追い込まれる。実際に結婚差別は起こっているにもかかわらず、表面化には到らないケースは数多く存在すると思われる。
2.2 通婚について
2.2.1 通婚の増加
結婚差別に関しては依然厳しい状況にあるにもかかわらず、部落マイノリティと部落外マジョリティとの通婚という現象自体は、一貫して増加傾向にあることもまた事実である。
杉之原寿一によれば、部落マイノリティの結婚形態に関する最も古いデ?タは1919年1月末現在の「内務省調査報告書」である[杉之原 1968]。それによれば、全国における部落マイノリティの結婚15,058件のうち、通婚と認められるものは454件であり、わずか3.0%にすぎない。また、明治期から昭和期にかけて部落と一般地区とを比較した場合、農村においても都市においても部落の方が内婚率が高い。しかし、通婚率は杉之原の当時の分析データからも増加傾向にあった。その傾向は、以降の通婚率を見れば明らかで、1951年には8.2%であったものが、1963年には11.8%、1985年の総務庁調査では30.3%、1993年の総務庁調査では36.6%と増加の一途をたどっている[杉之原 1997]。1919年のデータと比較して、10倍増である。
全国調査としては最新データである1993年の総務庁調査において、夫の年齢階級別に見た夫婦の組み合わせ(注23) では、80歳以上では夫婦とも地区の生まれであるパターンが79.4%にものぼるが、40歳代を境に、夫婦とも地区出身のケ?スよりも夫婦のいずれかが地区外生まれのケ?スの方が多くなっている。年齢が若くなるにつれて通婚率が増加していることは明らかで、最も若い層である20歳未満では、夫婦の組み合わせのうち67.9%が夫婦いずれかが部落外の出身で、夫婦とも部落出身は24.5%にとどまっている(図1-6)。
図1-6 婚姻類型の変化
[部落解放研究所編 1997:137]
継続的な調査を行っている大阪府についても検討しよう。1982年の大阪府調査では、夫婦とも地区出身が42.3%、通婚カップルが25.9%、夫婦とも地区外が21.6%である(表1-4)。8年後の1990年調査では、夫婦とも地区出身が32.1%、通婚カップルが37.2%、夫婦とも地区外が26.4%となっている(表1-5)。さらに10年後の2000年調査では、「自己認知」をもとにした類型では、夫婦とも地区出身が26.2%、通婚カップルが35.1%、夫婦とも地区外が25.4%、「出生地」をもとにした類型では、夫婦とも地区出身が25.5%、通婚カップルが41.2%、夫婦とも地区外が26.0%である(表1-6)。つまり、調査時に同和地区に居住している人に限れば、一貫して夫婦とも地区出身のケースが減少し、通婚カップルが増加しているのである。これらのデータは確かに若者層を中心として通婚が増加したことを裏づけている 。(注24)
表1-4 婚姻類型(1982年)
[大阪部落実態調査推進委員会編 1983]より作成
表1-5 婚姻類型(1990年)
[大阪府 1991]より作成
表1-6 婚姻類型(2000年)
[大阪府企画調整部人権室編 2001c;2001d]より作成
2.2.2 通婚の増加要因
では、通婚はなぜ増加したのだろうか。一般的には部落差別意識が減少したからと言われるが、それだけではなかろう。すでに家規範の低下や個人主義意識の拡大については触れたが、基本的には出会いのチャンスが増加したという説明が最も妥当性を持つと思われる。
通婚増加要因として、まず、結婚形態そのものの変動があげられる。実は、通婚の増加傾向と前述した恋愛結婚と見合結婚の構成推移はかなり近似している(図1-2、図1-6)。すなわち、通婚率の増加は、結婚する本人が配偶者を選ぶ「自由結婚」(=「恋愛結婚」)が増加し、親や親族などの意志が優先される「協定結婚」(=「見合結婚」)が減少したことに対応していると考えられる。そして、通婚率・結婚形態ともに大きく変動しているのは1960〜70年代の高度経済成長期と推測できる。これらのデータから、都市への人口の流入など、地域移動を伴う都市化の進展、および高度経済成長期のマクロな社会変動が、多様な男女の出会いのチャンスを増大させ、「恋愛結婚」が増大したと考えられる。通婚率の増大は、「恋愛結婚」の増加の反映なのである。
第二に、部落の就労構造の変化であげられる。石元清英[1999]は、大阪の部落の実態調査データを用いて、部落の就労構造の変化を分析している。
大阪市の部落では1960年代の高度経済成長の本格化・若年労働力不足の深刻化のもとで、若年層(とりわけ新規学卒者)を中心に安定的な職業に就くものが増えはじめ、職業の多様化と全体(平均)との格差の縮小が進んだ。その結果、1990年では従来から指摘されてきた部落の不安定就労という問題は、主として中高年層に限定されたものとなりつつある」[石元 1999:32]
このことは、若者層を中心とする部落マイノリティの社会・経済的地位の相対的な上昇を意味している。恋愛結婚カップルにおいて、出会いのきっかけとして最も多いのは、図1-7で見られるように職場での出会いである。1965年から1985年以降にいたるまで、一貫して最も多い。安定的な職業についた結果として部落外マジョリティとの出会いのチャンスの増大と通婚の増大がもたらされたと考えられよう。
図1-7 恋愛結婚の知り合ったきっかけ別夫婦割合
[厚生省人口問題研究所 1988:25]
第三に、忌避的態度の減少である。1968年の大阪市同和対策部による調査にでは、自身もしくは子どもが部落出身者と結婚する場合について問うているが、はっきりと「結婚しない(させない)」と答えた割合が31.6%にもおよぶ[大阪市同和対策部 1968]。こうした結婚忌避的態度を示す数値は、図1-5と比較してもわかるように、現在ではかなり減少していると思われる。忌避的態度の軽減は、出会いから結婚に至るまでの障害を軽減することになる。
かつての家柄の釣り合いと相互の身元保証を重視する「見合結婚」は、そもそも部落外マジョリティが部落マイノリティを排除する意味を持っていた。とするならば、結婚差別はむしろ通婚率の増加に伴って増加したという逆説もあながち的はずれとは言えない。通婚率の増加は、部落差別意識の軽減という側面のみならず、社会変動に伴う恋愛結婚の増加や出会いのチャンスの増大によってもたらされたと考えるべきであろう。
2.2.3 通婚バリア
通婚増加のデータは、時とともに同和問題は解決する、すなわち人々が近代的な価値体系にもとづいた合理的な判断をすれば、非科学的な迷信などと同様に封建的身分の残滓としての部落差別はなくなるという論理にもとづいて、しばしば差別解消の指標となってきた。しかし、通婚の増加は、イコール差別の解消と言えるのだろうか。
仮に部落マイノリティがランダムに結婚相手を選択するとした場合、人口比を考えると(注25) 、通婚する確率は100%に近いものとなろう。それだけ部落マイノリティは、人口的にもマイノリティであるし、同和地区に居住する人全てが、自身が部落出身であるというアイデンティティを保持しているわけでもない(注26) から、同和地区に居住する部落マイノリティは、統計データで把握できる人口よりも少ないことが予想される。すでに述べたように、階層的要因・地理的要因など、さまざまな攪乱要素があるために決してランダムに結婚が行われないことは周知の通りであるとはいえ、2000年度大阪府調査の15〜29歳という若者世代における夫婦とも部落出身の13.9%という数値は、断定はできないとは言えやはり何らかの通婚バリアと部落マイノリティ自身の同類婚的な選好が存在していると解釈できる(注27) 。
3. 部落マイノリティの社会観・アイデンティティに与える影響
以上、結婚差別に関わるデータの若干の検討を行った。これらの調査結果は、結婚差別の量的軽減を示唆している。しかし、絶対的に差別が解消したとは言えず、量的にもかなり大きなバリアが依然として存在し、なおかつ部落マイノリティの側から見た結婚差別に対する不安や被害という質的側面では、依然厳しいと言わざるをえない。
前述した大阪府調査[大阪府 2001c]によると、調査対象の部落居住者(7,418人)の内、結婚破談経験がある層が、17.4%(1,290人)、そのうち同和問題が関係している、すなわち結婚差別を経験したと考えられる層が31.8%(410人)である(表1-7)。調査対象者の全数が7,418人なので、結婚差別を経験した人はその5.5%となる。
表1-7 結婚破談経験
[大阪府企画調整部人権室編 2001c]より作成
また、表1-8は、自分が同和地区出身であると認知をしている層(3,713人)だけを抽出したものである[大阪府 2001e]。結婚破談経験がある層が20.0%(744人)、そのうち同和問題が関係している層が45.3%(337人)となる。自己認知している人数が3,713人なので、そのうち結婚差別を経験した人は9.1%となり、1割弱の人々が結婚差別を経験したと回答したことになる。この数値を多いと見るか少ないと見るか、判断が分かれる所だが、具体的に考えると、この数値は、身近な家族・親族が10人いた場合、そのうち一人が結婚差別を受けていることを意味する。
表1-8 結婚破談経験(同和地区出身であると自己認知している人のみ)
[大阪府企画調整部人権室編 2001c]より作成
しかも、破談経験者のうち、同和問題が関係しているかどうかの年齢別の回答状況を見ると、一貫して3割前後が関係していると答えており、データを見る限りは年齢が若くなるにつれて結婚差別が減少しているとは言えない(表1-9)。このことは、通婚の総量が増えたとしても、差別に合う可能性は減少していないことを示唆している。現状においても、特に若い部落マイノリティにとって結婚差別が存在するという認識は、自らの将来の不安として重くのしかかることがあるだろうし、それを裏づける部落外マジョリティの部落マイノリティとの結婚を忌避する意識が存在することもまた間違いない。
表1-9 同和問題による破談経験と年齢とのクロス集計
[大阪府企画調整部人権室編 2001e]
4.今後の展望と調査課題
4.1 今後の展望
結婚差別の今後を展望するうえで重要となるのが、結婚忌避的態度を支える意識が、年代別にどのような変化をたどっているかを検討することである。そうした問題関心に基づいて、内田[2002]は結婚忌避に関する年代別の意識の分析を行っている。ここでは、2000年の「京都市人権問題に関する意識調査」を再分析した内田の知見をまとめておこう。
第一に、部落出身を明らかにした上で部落マイノリティとのつきあいを持つ人の方が、結婚忌避的態度を示さない傾向にある。また、そうしたつきあいは若年層の方が多い。しかし、結婚忌避に大きな影響を与える、近親者から部落マイノリティへの偏見を聞いたことがあるかどうかでは、年代を通じてそれほど変化しておらず、楽観は許されない。
第二に、固定的な性別役割意識にもとづいた結婚相手の条件を求める意識が、部落マイノリティに対する結婚忌避と相関する可能性がある。年齢が若くなるにつれ結婚忌避を支えるような条件を選択する人が少なくなっているものの、ある一定の年代より若い年代になると、それらの条件を選択する層は一定の割合を保ったまま減少していない。また、性別役割意識に照らし合わせると、女性よりも男性部落マイノリティの方が、忌避・差別を受ける可能性は高い。
第三に、人権への否定的・消極的な態度は結婚忌避的態度と強い相関があるが、年齢が若くなるほど人権への積極的な態度が見られる。このことは、人権に対する関心の喚起やその熟知が、部落マイノリティに対する結婚忌避を軽減することを示唆している。
こうした知見から、マクロな意識調査を分析する限り、部落に対する偏見に接しないこと、性別役割分業意識を解体すること、さらには人権概念の徹底した熟知と積極的な関心を高めていくこと、部落マイノリティとの積極的な接触の必要性があることなどが、今後、結婚差別の解消に向けて重要になると考えられる(注28) 。
4.2 調査課題
では今後、結婚差別の実態やそのメカニズムを明らかにするために、どのような調査が必要となるのだろうか。今後、結婚差別に関する調査を行う上で、分析の指標となるような変数を析出する。
4.2.1 量的な調査
部落マイノリティに対する結婚忌避は、主に「家意識」「人種主義」「差別に対する現状認識」「内婚規範・同類婚規範」「幸せな結婚イデオロギー」などの要因によって生じると説明できる。まずはそれらを把握する項目が必要となる。
また、配偶者選択は主に同類婚原理にもとづいて行われ、それは家族の「安定」をもたらすための合理的な選択でもある。日本では階層内婚傾向が強いなど、同類婚的特徴が見られる。そうした規範から乖離して配偶者選択を行おうとすれば、反対する可能性のある家族・親族を説得するか、もしくは家族・親族ネットワークからの離脱というコストがかかることとなる。そこで、家族・親族ネットワークの紐帯の強さやそれへの生活の依存度を把握する必要がある。
さらに、部落差別そのものの影響を抽出するためには、年齢・学歴・職業などの社会経済的地位や、地域性、宗教など、多様な変数を統制する必要がある。なぜなら、結婚忌避は、部落マイノリティに対してのみならず、何らかの「不安定性」をもたらす「マイノリティ」全般に対して生じるからである。もちろん、どんな理由であれ、結果的に行為自体は差別になる。しかし、例えば生活程度が極端に下がるパートナーとは結婚しないのは極めて合理的な判断であり、生活における戦術であるともいえる。そうした合理的判断のプロセスや、結果として行われる差別を暴き、変革する試みが必要である。
4.2.2 質的な調査
できうる限り具体的な事例の検討が必要であり、量的調査ではカバーすることのできない領域について検討することができる。
まず、部落マイノリティであることの「顕示性」が結婚にどのような影響を与えるのかを問うことが必要である。この点を明らかにするためには、部落マイノリティ、部落外マジョリティともに、彼/彼女らが培ってきた部落観・部落問題観を知ることが不可欠である。
また、結婚差別を乗り越えられる可能性を見出すことができよう。差別が存在するとはいえ、現在の40歳代以下の層では7割以上が通婚を行っていると考えられるのである。どのような障壁があり、どのように乗り越えたのか、それらは、具体的なインタビューを行わなければ把握できない。
さらに、個々具体的に差別する側の意識のありようを探索せねばならない。調査対象者としてそれらの人々にアクセスすることは難しいであろうが、差別を乗り越えるためには、何よりもまず差別する側の意識変革が必要だからである。
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