調査研究

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2004.02.22
<人権教育・啓発プログラム開発事業>
 
部落マイノリティ(出身者)に対する結婚忌避・差別に関する分析

おわりに――結婚差別はなくなるのか?



 ここでは、第1章と第2章で得られた知見をまとめ、差別解消のための方向性について若干の提言を行う。

1.本報告書の知見

 第1章「結婚差別のメカニズム――結婚忌避・差別はなぜ起こるのか?」の主な知見としては、以下のようなものがあげられる。

第一に、部落マイノリティに対する結婚忌避・差別は、主に「家意識」「偏見」「人種主義」「差別に対する現状認識」「内婚規範・同類婚規範」「幸せな結婚イデオロギー」によって生じる。

第二に、配偶者選択は主に同類婚原理にもとづいて行われ、それは家族の「安定」をもたらすための合理的な選択でもある。日本では特に学歴階層内婚傾向が強いという特徴が見られる。

第三に、そのような配偶者選択のメカニズムに照らし合わせると、マジョリティとの同類的要素を持たないマイノリティは排除される傾向にある。すなわち、結婚忌避は、部落マイノリティに対してのみならず、何らかの「不安定性」をもたらす「マイノリティ」全般に対して生じる。

第四に、部落出身であることが顕在化しなければ部落マイノリティに対する結婚差別は生じない。

つまり、結婚差別を検討・分析するためには、配偶者選択のシステムそのものが内包するマイノリティ排除の構造を認識する必要がある。そうした配偶者選択のシステムのもとに、部落マイノリティに対する差別が生じるのである。

第2章「部落マイノリティ―部落外マジョリティの通婚にみる結合―分離要因の事例分析」の主な知見としては、以下のようなものがあげられる。

第一に、結婚差別に結びつきやすい<家意識>や<家族意識>を基盤とする家族・親族の結婚への介入は根強く、結婚に対する親族の力は大きい。

第二に、結婚差別を乗り越えるためには、<1>パートナーやパートナーの両親が部落に対する偏見を内面化していないこと、<2>部落問題の知識を身につけ、相手に納得させるだけの説明ができる能力を持っていること、<4>部落外マジョリティが親や親族ネットワークから社会的・経済的・精神的に自立していること、‡C差別にあった人をサポートする存在がいることなどがあげられる。


2.差別解消に向けての今後の方向性

 第1章で述べたように、結婚差別のメカニズムは、決して部落差別という一変数のみで説明することはできない。それは、配偶者選択のメカニズムなど結婚システムそのものが孕む問題である。部落というラベルを張られた人々、そして自らを部落出身であると認識している人々は、そうしたマイノリティを排除しようとするシステムとそれにともなう規範に照らし合わされて、合理的選択のもとに排除されているのである。

 結局、差別がある社会において、マジョリティが差別される可能性を回避するためには、差別される人々との関係を持たないことが最も有効な戦略なのである。その戦略を図示すると図3のようになる。部落外マジョリティにとって、部落マイノリティとの通婚は、差別される可能性を高めることになる(と思い込まれている)。

図3 排除のメカニズム

 このように考えると、内婚原理・同類婚原理にもとづく規範がなくならない限り、そして内婚規範・同類婚規範に従っていた方がリスクを被らない社会である限り、何らかの形での結婚忌避・差別はなくなることはないだろう。では、結婚差別をできるだけ生じにくくするためにはどのような方法が必要なのであろうか。

 結婚差別を生じにくくさせるためには、部落マイノリティと結婚することがネガティブなこととして、そしてコストとして認識されない社会を形成することが必要である。つまり、部落マイノリティの存在に相対的に積極的な価値を見いだせる社会になってはじめて、結婚差別は軽減されると思われる。

このことを可能とするためには、日本社会において多様性(異類性・異質性と置き換えてもよい)を積極的に承認させるようなシステムを構築することが必要不可欠である。「エスニック・マイノリティ」や「先住民族」の問題と同様に、部落問題を例に具体的に述べるとすれば、部落マイノリティの存在をタブーにしないこと、部落出身であるというアイデンティティを積極的に保障し承認すること、さらにはその存在をポジティブなものとして積極的に顕在化させる試みが必要であろう (注1)。もちろん、人権の保障や、社会経済的不平等を撤廃することが、こうした議論の前提であることは言うまでもない。その上で、積極的に異質性・多様性の論理を承認していくことこそが、結婚差別軽減、そして部落問題解決のための道筋であると思われる。

結婚差別にあった当事者に「部落出身でなければよかった」と言わしめることは、決して部落マイノリティの責任ではなく、部落外マジョリティの無関心と差別が生み出している現実である。このような状況に部落出身者個々人を陥らせないためには、彼/彼女らに対する具体的なサポートが必要となる。例えば、部落マイノリティに対しては「部落出身であることは何も悪くない」ということを再確認できるようなアイデンティティ保障や、エンパワメントの取り組みが必要であろう。

他方、部落外マジョリティには、忌避的態度を軽減させるために、部落の文化運動など、部落マイノリティとの積極的な出会いの場を構築する必要がある。限界はあるものの、各種の調査データを見る限りでは、部落マイノリティと「つきあいがある」と答えた人の方が、「つきあいがない」人よりも忌避的態度が低くなる傾向が見られる(注2) 。多様な背景を持つ人々と出会い、恋愛をし、結婚することは、決してコストとしてのみ換算されるものではない。結婚差別をなくすためには、「他者」との出会いと関係を、だれもが積極的に受けとめられる社会を作り上げなければならないのである。

  1. 部落マイノリティを「疑似民族」ととらえることには批判もある[杉之原 1999]。しかし、部落出身であるというアイデンティティを保持しているマイノリティ集団が存在する以上、彼/彼女らのアイデンティティを保障するとりくみは、日本社会が多様性を承認する社会を構築できるかどうか、その試金石になると思われる。従来、部落マイノリティは「同じ民族」として扱われてきたが、「同じ民族」というイデオロギーを再検討する試みは「国民国家論」「ナショナリズム論」「エスニシティ論」「共生論」などにおいてすでになされている。特に、部落問題における共生については[鍋島 2003:191-195]を参照。
  2. 第1章4.1を参照。この点については別稿を用意している。