調査研究

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04.10.12
<人権教育・啓発プログラム開発事業>
 
結婚差別の現状と啓発への示唆

全体の概要と啓発への示唆

  本報告書は、2001年から2003年にかけて開催された、部落解放・人権研究所の結婚差別研究プロジェクト(結婚差別研究会)の成果である。部落問題に関する結婚差別に関する研究・分析によって導き出される知見から、啓発に対する何らかの示唆を与えることを目的としている。

結婚差別研究会メンバー


所属 担当
田中欣和 関西大学教授 第7章
西田芳正 大阪府立大学助教授
笹倉千佳弘 関西大学他非常勤講師 第6章
齋藤直子 奈良女子大学大学院後期博士課程 第4章、第5章
中村清二 部落解放・人権研究所研究部長 第2章

内田龍史

部落解放・人権研究所
大阪市立大学大学院後期博士課程
第1章、第3章

1 報告書の概要

  第I部「通婚と結婚差別の実態」は、通婚と結婚差別の趨勢と現状について量的なデータが示され、その現状をどのように解釈すればよいのかについて考察がなされる。

  第1章「通婚と結婚差別」では、部落―部落外のカップルの割合(通婚率)は一貫して増加している一方で、結婚に伴って差別を受けた人の割合は数十年間変わらないかもしくは増加していることが示される。つまり、通婚の増加とともに、結婚差別を受けた人の絶対数は増加しているのである。ここで通婚率の変動は構造的な差別の解消を意味し、被差別体験の増加は行為としての差別の増加を意味するとの解釈がなされ、結婚差別をとらえる視点の整理と同時に、被差別体験に関する研究の重要性が提起される。

  第II部「通婚カップルへの聞き取り調査から」では、部落―部落外のカップルへの聞き取り調査から導き出される通婚および結婚差別事象に関する考察がなされる。なお、ここで用いられる聞き取りデータは、部落解放・人権研究所によって1998~99年に行われたインタビュー調査および、結婚差別研究会メンバーによって2000年~2003年に行われたインタビュー調査によってえられたものである。

  第2章「結婚差別の多様な現実」では、従来啓発冊子などに示されていた結婚差別は、<1>部落出身者との結婚に対する強い反対がみられ、<2>その反対に対して、イ)説得のうえ反対を乗り越え結婚する、ロ)説得できなかったが2人は結婚する、ハ)強い反対のため結果として2人は別かれてしまう、というパターンに分類される。しかし、通婚カップルに対するインタビューから、実際に生じる結婚差別は多様な形であらわれることが示される。結論として、<1>結婚差別問題に対する一面的な悲観論、楽観論を抑制すること、<2>結婚差別問題を乗り越えていく道筋は、さまざまな条件の中で個々具体的に切り開かれていることを知り、結婚差別問題の乗り越えの具体的な見通しを確かなものすることなどがあげられている。

  第3章「結婚差別の乗り越え方」では、第2章同様、通婚カップルへのインタビューから、結婚差別の多様な現実が描かれるが、その中でも結婚差別が生じない条件、結婚差別が生じた場合にそれを乗り越える条件について考察がなされる。

  結婚差別が生じない条件としては、部落出身であることが顕在化しないこと、部落外の当事者が「部落出身」であることに重要な意味づけを行わない場合であることが明らかにされている。結婚差別を乗り越える条件としては、反対する相手に対して説得できるような知識・能力を身につけておくこと、「部落出身」であることを相手に応じて顕在化させないことなどの戦略が提起される。

  第4章「結婚後の安定/不安定」では、結婚差別を乗り越えた後の生活において、カップルが家族・親族との良好な関係を結ぶために必要な条件、逆に、関係が改善されない場合、何が障壁となっているのかが考察される。聞き取りから、子どもとの関係、夫婦関係など、日常生活における争い・交渉を通じて相互理解がすすみ、安定的な関係を構築することが可能であることが示され、そうした安定的な状態こそが、真の意味で「結婚差別を乗り越えた」ことになるとの示唆がなされる。

  第5章「部落と女性」では、「複合差別」の視点から、その解決の可能性に焦点をあてた分析が行われている。部落外女性が結婚差別を受けたとき、「従順な良い子」をやめ、逆に親を説得できるほどの「自立した女」になるという課題と、結婚に反対する親を説得するだけの部落問題の知識を身につけ、「反差別的態度」をとるという2つの課題に直面する。これらの課題は切り離すことができないがゆえに、こうした態度は部落差別と女性差別をともに乗り越える可能性を示唆する。また、結婚差別を乗り越えた女性が、結婚後の生活において、運動に参加する「運動家」役割と、性別役割分業を前提とする「主婦」役割との夫婦間での葛藤に悩まされる事例があるが、交渉を通じて葛藤が解決される過程が示される。

  第III部「結婚差別事象を用いた学習に向けて」では、実際に学校現場で用いられている結婚差別事象の教材を素材とした授業展開と、教材そのものの検討が行われる。

  第6章「授業としての『同和』教育」では、転換期を迎えた「同和」教育において求められる「同和」教育について考察がなされる。文部省の『道徳教育推進指導資料』に掲載されている「峠」という結婚差別を題材とした教材を取り上げ、その授業実践が具体的に検討される。他の章で示されるように、現実の結婚差別は多様であり、乗り越え方も人それぞれであることから、このような教材から様々な場面を想定した厚みのある議論を行うことにより、実際の差別に直面したときに即断することなく立ち止まって考えることができるようになる下地が形成されるのではないか、との指摘がなされる。

  第7章「結婚差別をめぐる教材について」は、まず結婚差別をめぐる市民意識の変容を概説し、結婚差別意識の主要因を「差別される側にくみこまれることへの恐怖・不安」と整理する。続いて、筆者が相談相手として関わった結婚差別の当事者の状況から、(1)恋愛・結婚についての予備的認識、(2)恋愛・結婚による新しい関係つくりの段階、(3)結婚後の関係の発展という3段階にわけてそれぞれに具体的な取り組みが必要であることが提起される。これらの問題意識から、学校教育で用いられている結婚差別をめぐる教材に対して大学生を対象とした調査を行い、その評価に基づいて今後の教材開発に対する示唆が行われている。

2 啓発への示唆

2-1 結婚差別の現状をとらえる―結婚差別は増加傾向にある

  啓発の前提となるのは結婚差別の実情をとらえることにあると言えよう。現状認識を欠く啓発は意味をなさない。第I部「通婚と結婚差別の実態」は、通婚と結婚差別の趨勢と現状についてデータが示され、その現状をどのように解釈すればよいのかについて考察がなされる。ここで重要なのは、結婚差別を受けた部落出身者の数は、間違いなく増加傾向にあるということである。差別は依然として頻発している、このことを把握することが啓発のスタートラインになる。

2-2 結婚制度そのものをとらえなおす

  これまで、結婚差別をなくすために行われてきた啓発は、結婚差別を「しない」「させない」ことを目的としてきたように思われる。しかし、生まれも育ちも異なる他者が出会い、結婚後に生活をともにするということは様々な利害・価値をめぐる紛争を伴う。であれば、まず我々が検討すべきことは、「結婚」とはいかなる行為であり、どのような意味を持つのかをとらえ直すことこそ求められているのではなかろうか。憲法第24条には、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と記されている。しかし、現代の結婚の趨勢を見る限り、実際には学歴階層など同類的なものどうしの結婚が再生産されており、異質な存在であるものは結婚市場から排除される傾向にある。すなわち、結婚制度はマイノリティ排除の構造を必然的に内包している。我々はまずはそうした結婚制度の現状とそれに伴う排除の構造を確認すべきであろう。そこから、マイノリティに排他的でない結婚制度の再編が求められる。

2-3 家族・親族ネットワークからの自立を促す

  結婚の実際は、両性の合意のみに基づいてなされるのではなく、家族・親族集団の利害関係に絡め取られることがよくある。そうした親や親族への依存は結婚の際の介入を招きやすくする。子が自分の責任でパートナーを選び、自分の責任で生活を営んでいく、そのような自立を促すような教育が、遠回りかもしれないが、結婚差別を生じさせない要因として非常に重要になると思われる。

2-4 忌避の要因を絶つ―解放運動に対する理解

  今回の事例からも、部落に対する忌避意識から、結婚に反対する事例が見られる。しかし、部落であることが潜在化していれば結婚が許されるケースが数例見られた。例えばそうした条件として、「地区に住まない」「運動をしない」という条件が出される。「地区に住まない」という条件が基本的人権の侵害であることは言うまでもないが、部落解放運動が行われてきた経緯や現状についての無理解が、忌避の要因となっていると考えられる。部落出身者に対する忌避意識を解消するのみならず、解放運動への理解を促すような啓発が必要とされている。

2-5 多様な関係性の次元へ―差別―被差別以外の関係性も知る

  部落―部落外の関係は、差別―被差別の関係だけではないことは強調されるべきである。部落出身者は常に差別されている存在ではないし、逆にすべての人が差別するわけではない。すべての人にとって、そしてすべての文脈において、「部落」というシンボルが重要なわけではないのである。部落―部落外の関係は、差別―被差別の関係を超えて多様な関係性の中に存在する。そのような文脈から、結婚差別が全くない事例もあることを示すことは重要である。

  従来から、マイノリティに対する偏見を解消するためにはマジョリティとマイノリティの特定の条件下における「接触」が重要である(「接触仮説」)ことが指摘されてきたが、近年、直接の接触がなくとも、自分の所属する集団のメンバーが、他の集団のメンバーと良好な関係を結んでいるという知識があるだけでも、他の集団のメンバーに対する偏見が解消する傾向にあることが指摘されている。こうした仮説は「拡大接触仮説」と呼ばれているが、このような知見をふまえるならば、結婚差別の現状を伝えると同時に、すでに通婚カップルはかなり多くなっており、トラブルがない事例も多いことを示すことは、部落に対する偏見の解消および結婚差別の軽減に向けて、啓発の重要な視点になると思われる。

2-6 部落出身者のアイデンティティへの理解

  部落出身者のアイデンティティに関する理解が必要である。部落出身者自らがパートナーに部落出身であることをカムアウトする事例は多く見られる。カムアウトによって差別される可能性が高くなるにもかかわらず、である。少なくともこうしたカムアウトから読み取れることは、他のマイノリティと比較してパッシングが容易であるにもかかわらず、彼/彼女らにとって部落出身であることが重要な意味(差別に対する不安・連帯への希望など)を持っているということである。そうした部落出身者としての当事者性を無視した形での啓発は、部落問題の解決ではなく、部落問題の回避に陥ることになるだろう。

  ここで重要となるのは、部落マイノリティがおかれている状況について正面から向き合い、その理解と同時に、集合的アイデンティティの存在を受け入れるという方向性である。差別の解消を目指すと同時に、アイデンティティの多様性を理解してゆくような啓発が求められている。

2-7 サポーターになる―サポーターを増やす啓発へ

  結婚差別を受けた当事者にとって、サポートする人・組織の存在は結婚差別を乗り越えるために大きな意味を持っている。サポートの存在によって勇気づけられ、乗り越えられる事例は多く見られるのである。理想としては、本報告書で提起されるような結婚差別の多様性や諸問題を学習し、誰もが結婚差別を受けた当事者を支えるための力量を身につけることが求められよう。またそうした存在は、結婚後の夫婦間の安定的な関係を支えることにもなるのである。

2-8 部落問題を構造的に把握する―社会変革の主体へ

  最後に、ともすれば啓発は個人の心がけの問題に陥りがちな側面を持つが、言うまでもなく部落問題は社会問題であり、「差別をしない」というような個人の心がけのみで解決できる問題ではない。部落問題は社会構造が生み出す問題であり、求められるべきは部落差別を生み出すような社会構造の変革である。そうした社会構造の変革主体としての人材を育成する営みが啓発の最重要課題であることを忘れてはならない。結婚差別を題材とした学習は、このような側面から行われるべきである。