調査研究

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2009.02.23
部会・研究会活動 < 近代日本とマイノリティ>
 
近代日本とマイノリティ 報告
2008年07月05

1.都市下層社会における民衆運動の思考実験ー泉鏡花『貧民倶楽部』より

中島久人(早稲田大学)

2.「中国化」として考える

與那覇潤(愛知県立大学)

【第1報告】

一般的な市民社会から異形の者として差別され、私的救済の中で有力者層(女性)の主体形成にともなって客体として位置づけられていった都市下層において、いかなる形をとって集団的な形態をもとに主体を確立する可能性があるのか。そうした問題意識にもとづき、泉鏡花『貧民倶楽部』をもとに、思考実験として、近代を参照枠にしない民衆運動の可能性を検討する。

その結果、仮想された民衆運動の論理は、「上流社会」/「下層社会」の二分法を前提とし、「上流社会」の「偽善」を契機にしてそれを転倒させることで成立する。また、直接の生活問題ではなく、「義理人情」を参照枠とした「偽善」を法外で審判する営為が見出される。さらに、「不潔」「動物」「悪鬼」「地獄」という異化効果としての「人外」イメージから、差別的表象を利用して、逆に日常生活がかかえる問題を逆照射させている。加えて、エロスよりも潔さを示す「裸身」イメージは、身体性における人間の平等性の隠喩として作用している。このような異化された差別的表象を契機にして、イデオロギー装置を利用しつつ、その論理を逆転することによる、自立的な主体形成の可能性が模索できる。

【第2報告】

西洋のレイシズムの議論は、人種的なカテゴリーではなく、能力の欠如などを理由として排除する新しい人種主義をテーマにすることがある。しかしそれは、アジアでは昔からあることだ。例えば、科挙に受かる能力があるかどうかによって差別があるのであって、夷狄だから差別するわけではない。そういう意味では、部落差別ははじめから新しい人種差別であったと言える。

東アジアの視点から日本の歴史をみた場合、現代の<帝国>に通じるような、宋代以降の皇帝独裁と貨幣経済で成り立つ近世中国のとなりで、そうした社会のあり方を受け入れるのか、受け入れないのかをめぐって展開してきたと見ることができる。

鎌倉・南北朝期は農本勢力と商業勢力の争いであり、その後は商業ベースで進んだ。商業を重視すると権力が専制的になる。こうした社会は、宋代市場経済と同様である。その正反対の社会が江戸時代である。

こうした文脈で日本の近代化を考えると、それはまさしく宋代社会の中国化と言える。明治維新は儒教思想の徹底、天皇親政運動など、天皇の中国皇帝化が目指されていた。さらに、近代的改革として、科挙の導入、封建制の解体、科挙官僚の巡回など、宋代中国が導入したことを千年遅れて実施したのである。また、明治期は超市場原理主義でもあり、民権運動が高まって自己責任が高まり、官営工場が民営化されていく。

しかし、明治は中国化の挫折によってが終わる。明治憲法による分権的体制の確立、日清戦争による大きな政府、税金納付と再分配の仕組みが確立され、「中選挙区制」が成立した。こうした中国化とは異なった社会が大正・昭和時代の総力戦体制であり、個人化ではなく集団化が進んだ。こうした仕組みは戦後も引き継がれ、高度成長期における企業との雇用(主従)関係の成立などは、社会構造的に言えば江戸時代的な仕組みに戻って行くことであった。

しかし、新自由主義的政策が進む現代では、集団を作って再分配することに道徳的非難が高まる時代となった。ついに日本史は終わるのだろうか?

(文責:内田龍史)