調査研究

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2007.07.03
部会・研究会活動
人権啓発推進リーダー養成のための実践調査等研究事業
(2006年度)
人権啓発推進リーダー養成のための実践調査等研究事業 報告書

第4章  人権教育・人権啓発の今後の課題

第2節  今後の人権教育・人権啓発のあり方を探る

1 成人の学びの場

成人が学ぶ場を大別すれば、地域と職域をあげることができる。通常、地域にあっては、所属団体等における教育の場合は、成員としての参加の必要が感じられることが多いが、不特定多数を対象とした教育にあっては、まったく任意の参加となるので、人々の関心に合致する内容であるなど、惹きつけるものでなければ、容易に人が集まらないといった状況が見られる。

人権は、本来人間らしく生きていく上で欠かせない権利であり、誰もが理解し、それを守るために学ぶニーズが高いはずであるが、これまで、人権教育に必ずしも十分自発的な参加が多かったとはいえない。同和問題、障害者、外国人、女性、子ども、高齢者などの問題、その他多くの人権問題がとりあげられてきたが、それらと自分の人権との関係が見えないと、他人事として受け止めることもまれではなかった。それでも、参加して学ぶうちに、他人事でないことが理解されていくことが、これまでの調査結果等からもうかがうことができる。

そのため、地域でも、団体の研修として人権教育を位置づけたり、一般的な講座の中に人権学習が組み込まれるなどで、多くの人々の学びとなるよう努力が払われてきた。しかし、勤務時間や通勤時間の長い人が少なくない日本にあっては、欧米の成人教育のように夜間に多くの学習の機会を用意しても参加が難しくて、昼間に開講されることが多く、家事専業者や退職後の人が中心になることがしばしばである。休日に行うと、たまさかの家庭での憩いとの両立が問題になるといったジレンマを抱えるのである。

実際、勤務している人では、地域よりも職域で人権教育を経験した人が多い。職場での学習機会を重視しなければならないのである。ただし、まだ規模の大きい企業ほど人権教育の経験者が多いという調査結果が見られるのであり、小規模企業や自営業で働く人にあっては、地域でも職域でも人権教育の経験が少ないのであり、この点について、商工会や組合など連合組織での取り組みが求められるのである。

 学習の効果は、人間関係を通じて上がることが示されているのであり、ふだんの生活の中での集団における学習が重視されなければならない。また、それ以外の場における学習にあっても、なかまづくりと重ねながらの取り組みが重要である。とくに人権問題学習にあっては、当事者との交流が大きな意味を持つのであり、共同学習の場を多くするとともに、フィールドワークも含めて実地に学ぶことが大きな意味を持つのである。まちづくりを共同で進めることによる啓発効果の大きいことも、多くの事例が示しているところである。

2 職域での人権教育

 職域での人権教育は、職員研修として行われることが多い。当初は、人権問題を引き起こしたことを指摘されての取り組みであり、問題を起こさないための啓発に主眼があったところもまれでないが、近年は企業がそもそも社会の中で成り立っているのであり、その社会的責任という点からも人権教育を進める必要があるとのとらえ方も広がり、またそのことが企業イメージを高めるとともに、働きやすい職場づくりになり、多様な人材も得て、企業としての事業にも効果をもたらすことになるとの見解も見られるようになっている。技術革新が進み、時代の変遷の激しい中にあって、常に新鮮な発想で業務に臨むことが必要になっている今日、異質性や多様性を含んだ企業の方が、豊かな発想をもたらすことになるのである。

国際化・グローバル化の進展も、企業自体が多文化共生の視点を持ち、多様性をキーワードとして経営を行うことを求められている。企業文化そのものを人権文化の観点から見直すことも大切である。国際的な人権の動向について理解を深めることは、企業活動にとっても重要な課題となっているのである。

このことについては、企業人全体の理解を図る教育が必要であるが、特にトップの認識を深める学習が重要となる。そのことによって、職員各階層の人権教育が進展することになる。単に回数の限られた研修会への参加だけでなく、職務と関連してOJTとしての教育がなされるべきで、それには、職場リーダーの力量を高めねばならず、すでになされているところもあるが、多数回の研修によって、内容のみならず、実習も交えての方法の習得が欠かせないものになる。

 学習と実践を結びつけるためにも、職場でリーダーシップを発揮しやすい立場にある人に研修の機会を提供することが重要であるが、同時に、研修を受けた人に活動の場を用意することも大切である。研修の計画づくり、プログラムづくり、講師選定、ファシリテーターとしての活動などに当たることを企業として保障することが求められる。もとより、インフォーマルなかたちでも、日常的に人々に働きかけることがリーダーの役割である。そのためにも、人の話をじっくり聞きながら、その人の考えの背景にあるものを理解し、そのことへの気づきを促し、意識変容を助ける態度と方法を身につけねばならない。

これらは、企業研修としてなされることが多いが、広い視野を得るには、外部での学習会で学ぶことの効果の大きいことは、この報告書の調査からも見ることができる。職域での自由参加の成人教育として、人権教育講座なども、企業によってのみならず、任意団体の主催で、また行政との連携において開かれることも意味がある。かつて、企業内青年学級、或いは職場青年学級が、教育委員会と企業の連携で開かれたことが想起されてよい。

3 地域における人権教育

 地域の人々が参加しやすい人権教育の場として、地区別懇談会など、身近な場での懇談会方式の学習もよく行われてきた。この場合も、地域の問題と重ね合わせることがないと、自分たちの問題として受け止められずに終わることもある。住みよいまちづくり、安全・安心の地域づくり、健康と環境、人間関係のあり方、子育ての課題、冠婚葬祭のあり方など、人々の関心の高いものをとりあげて、人権の視点でこれらの問題に迫ることによって、活発な人権教育が展開され得る。流行、流言、同調、抑圧委譲なども人権教育のテーマとして適当なものである。個人の意識も社会的な影響の下で形成されてきているのであり、社会に目を向ける学習が欠かせないのである。

 人権学習は、人権問題の学習を含むことによって、具体的でリアルなものになるが、問題の厳しさを知るだけでなく、その解決の展望を拓くものでなければならない。そのためには、問題への取り組みによってもたらされた成果についての学習が不可欠である。人々の努力による社会の変化、人々自身の意識変革などを、事例も交えながらとりあげて学ぶことが必要である。歴史的なアプローチもなおざりにはできない。市民性を高める重要な柱として人権教育を位置づけることが課題である。

個別具体的な人権問題は、それぞれ固有の側面と互いに共通する面を持っているのであり、両方を学ぶ必要がある。とくに問題を重ね合わせ、関連づけることによって、各人の問題意識とも触れ合うことが多くなり、波及効果や相乗効果が期待されるのである。人権一般を扱うことが多くなっているが、同和問題などの問題を重ね合わせることによって、人権を抽象的にとらえるのではなく、具体的に把握することが可能となるのである。同和問題への取り組みを通じて、憲法の規定する「教育を受ける権利」や「居住・移転・職業選択の自由」などの持つ意味が明らかにされたのであり、すべての人の人権保障につながることが示されたのである。

懇談会では、司会者・助言者の役割が大きい。行政職員がその役割を担うところもあったが、住民の中のリーダーがこれらの役をこなすことが期待される。参加者相互の話し合いを促進し、問題を掘り下げることを助けるためには、やはり多数回のリーダー研修を要するのである。リーダー研修会は、少人数で多数回行うことから、人数に比べて、費用対効果が少ないように見えるが、そこで力のついた人が周りに働きかければ、多数の人に学習の成果を及ぼすことになり、効果が大きいのである。成人教育にあっては、市民の相互教育が重視されなければならず、その広がりをもたらすリーダー研修に力が注がれねばならないのである。

学習成果を地域で活かすには、地域の中でのその人の位置づけが大きく影響する。地域団体等で役職を持つ人は、地域への働きかけが比較的容易であるので、そのような人々に重点を置いた学習機会の提供が必要であるが、それとともに、学習を積んだ一般の人々もリーダーとして活躍することができるようにすることが肝心である。求めに応じての派遣とか、その人たち自身の組織づくりなどが行われてきたが、必ずしもその活用が十分なされているとはいえない。これらの人が、地域に親しみ、地域組織をよく知って、人間関係を築きながら、取り組みを進めていくことが大切である。そのために、地域についての学習や、人との関わり方、組織の運営等についての学習も伴うことが望まれる。リーダーといっても、あらゆる機能を果たすことには困難が伴うのであり、複数のリーダーがそれぞれの特色を活かしながら支え合うことが効果を大きいものにする。そこにリーダー集団の存在意義がある。

公民館や図書館・博物館等社会教育施設では、資料の提供とともに不特定多数の人も集まりやすい講座等を行うことによって、学習機会を提供し、なかまづくりを進めることに大きな意義がある。ここでも、上記のような住民にとって切実な課題や関心の高い課題をテーマとして人権教育を進めるだけでなくて、一般の講座等にも、それぞれの講座の内容に即して人権の視点を入れることが期待される。衣服に関する講座にも、服装の持つ意味、服装統制と社会統制の問題などをとりあげることによって、人権について考えることができることは、同和問題の歴史における渋染一揆の例を見てもわかる。料理講座で、食材の産地に触れることによって、南北問題や食品公害の問題を扱うこともできる。

社会教育施設には、利用者として絵画、音楽、写真、彫刻、文芸など文化活動に取り組むグループが多く見受けられる。これらの活動は、様々な思いを表現したいという欲求が含まれているのであり、人間性追求の要素を持っている。そのことからも、作品の背後にある時代・社会の動きや人々の思いを探ることによって人権学習を重ねることができるのであり、その角度で制作、演奏、発表などを行うことで、成果が大きいものになり、またそれに触れる多くの人に影響を及ぼすことになる。

地域には、人権教育・啓発に関する協議会組織が結成されているところが多い。個人から成る協議会もあるが、各種団体から成るものが多い。その際、協議会としては構成団体での人権教育活動の交流に重点を置くことが大切である。ともすると、協議会としては人権啓発への取り組みが見られるが、単位団体での活動がそれと連動していないことがある。それぞれの団体の目的に添っての人権教育活動状況を持ち寄り、成果や問題点について協議するといった取り組みが重視されなければならない。このことによって、団体に関わる多くの人の人権学習・実践となり、日常的な活動との結びつけが可能となるのである。

なお、地域には多くの職場が存在するのであり、職場関係者も含めての地域組織での取り組みを進めることが望まれる。成人教育は、いたるところで行われているのであり、成人教育に当たる者は、地域・職域を問わず、ともに情報を交換し、研究・教育を重ね、より適切な学習援助に努めることが必要である。

(上杉孝實)