調査研究

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2007.07.03
部会・研究会活動
人権啓発推進リーダー養成のための実践調査等研究事業
(2006年度)
人権啓発推進リーダー養成のための実践調査等研究事業 報告書

第1章 調査について

第2節 調査対象の特徴

 本節では、本調査の対象者が修了した二つの人権啓発推進リーダー研修(解放大学、人推員リーダー養成研修)のプログラムやその目的、及びそれらが実施された経緯を概観することから、調査対象者の特徴を見ていく。

なお、「1 部落解放・人権大学講座の経緯とプログラムのねらい」は、(社)部落解放・人権研究所編『自分を見つめ解き放つ 部落解放・人権大学講座25周年』の第1部「部落解放・人権大学講座とは」の原稿に加筆・修正したものである。

1 部落解放・人権大学講座の経緯とプログラムのねらい

(1)解放大学の経緯

<1> 人権啓発担当者の育成を目的に

 部落解放・人権大学講座は、1974年に部落解放運動、同和行政、同和教育のリーダー養成のために開講された。第1期の開催要綱に、「部落の完全解放をめざす運動、教育、行政の活動家に対し、高度の解放理論・専門知識ならびに実践的資質を深める教育を行ない、もって各領域における日常活動の中核となる指導者を養成する」と、その目的が記されている。

 開講当初の名称は「部落解放大学講座」であり、年1期、週5日間、約3カ月にわたって実施された。解放大学の内容は、共通科目として「部落問題」と「社会科学」、専門科目として「運動」「教育」「行政」の3コースを設け、それぞれ理論編と実践編から構成されている。

 1975年に発覚した「部落地名総鑑」差別事件以降、啓発活動の広がりがみられる中、同年度に開講された第4期から企業の参加が見られるようになった。また、1977年度に開講された第6期から、人権啓発担当者の育成を目的に講座内容を再編成、期間も短縮された。

 1期約50名を定員として、1985年度から年2期開講、1987年度から年3期開講、1991年度から年4期開講に変更。1995年度には内容を改編し、名称を「部落解放・人権大学講座」とした。なお、2006年度からは再び年3期開講に変更している。

<2> 民間団体主催によって多様な参加者による人権学習を提供

 解放大学の主催者は、(社)部落解放・人権研究所並びに部落解放・人権大学講座運営委員会で、運営委員会は行政、企業、宗教、運動、教育などの機関・団体で構成されている。

 参加者層は、行政や企業の比重が相対的に高いが、教育、運動、宗教、マスコミ、人権啓発団体などと、多様である。年齢層は、40代~50代の人が多いが、10代~80代(2006年度に開講した91期で、最高齢の80歳で皆勤での修了生が誕生したところである)と幅広い。ここ数年、年に数人は個人で参加される方も見られる。地域的には大阪を中心に近畿、三重、愛知、東京など、各地から参加を得ている。

 解放大学の大きな特徴は、様々な職種、年齢の人がともに学ぶところにある。異なる価値観を受け入れ、新しい発想を生み出すことのできる異業種交流の中で、人権学習を実現させている点は、受講生の評価も高い。

 個別の企業や行政機関での研修では、こうした多様な参加者による人権学習を実現させることは難しい。この点は、(社)部落解放・人権研究所のような民間団体固有の持ち味を発揮した講座であるといえる。

(2)解放大学プログラム

 本調査は、2001年度第69期~2006年度第89期の解放大学修了生を対象としている。この間、多少の変更は行われたが、各期29日間で、週1日基本、時間帯は午前9時30分~午後4時45分、定員は各期50名程度という大枠に変更はない。ここでは、本調査対象のうち最も新しい2006年度第89期のプログラムを紹介する。

 現在の解放大学のプログラムを大きく3つにわけるとすると、下記のようになる。

  1. 講義      同和問題を中心に人権課題の基本的知識を身につける。講義を聞くだけで終わるのではなく、振り返りのグループ討議や質疑の時間を取り、一方向でない学びにしている。時間をフルに使ってワークショップを行う場合もある。
  2. 「自己啓発学習」 自分の差別意識に気づくと同時に、差別を見抜く力をつける。
  3. 研修スキル育成 「成人教育論」「職場における人権研修のあり方」などを講義に加え、「自由課題専門研究レポート」執筆により、研修資料を自分で作成し発表する力を養う。

 このうち、講義部分を中心に全体の流れを説明する。

<1> 基礎講義~宿泊研修

 開講日に記念講演として「人権の概念と歴史」の講演がある。この開講日には解放大学全体に関するオリエンテーションで、全日程の運営は十数名の班を中心に行われること、講義の司会進行などを受講生自身が当番制で行うことを説明するとともに、解放大学の会場である大阪人権センター内にある(社)部落解放・人権研究所の図書資料室「りぶら」の活用方法についても案内を行い、全プログラムが受講生の主体的な学びを促すことを重視して編成されていることが説明される。

 次の日程では「出会いのワークショップ」として、受講生間のコミュニケーションを活性化し、率直な意見交換を促すよう、参加型学習によるアイスブレーキングが行われる。

 このような助走の講義の後、同和問題についての基礎的な講義が続く。「差別事件と部落差別の実態」「部落の歴史」といった講義だけでなく、差別の解消に向けての展望を見出すように「差別をなくする社会システムのあり方」「人権と福祉のまちづくり」など、具体的な取り組みについての講義も設定されている。

 そうした基礎講義の後、宿泊研修がある。ここでは、基礎講義で学んだ同和問題についての知識を踏まえ、後に詳述する「自己啓発学習」にのぞむために、受講生間の交流・仲間づくりを目的に、寝食をともにする。

<2> 参加型学習を取り入れた講義と現地学習

 「自己啓発学習」後のプログラムは、講義・現地学習と、自由課題専門研究レポートという自主学習とが中心となる。

 講義は基本的には1日2コマあり、時間帯は、午前9時30分~12時、午後1時~3時30分の2時間半を基本としている。また、「人権相談のあり方」や「人権としてのメディア・リテラシー」といった参加型学習を取り入れた講義については、3時間30分の時間を確保。討議・質疑などの時間を多くとり、より主体的な学びをつくるよう設定されている。

 現地学習(フィールドワーク)を多く取り入れていることも特徴である。合宿前には、解放大学の主たる会場となる大阪人権センターのある浪速地区のフィールドワークと大阪人権博物館(リバティおおさか)の見学を行っている。また「自己啓発学習」後には、「水平社博物館の見学とフィールドワーク」を設定。修了の2週前には、大阪近郊の同和地区のフィールドワークも設定され、都市部だけでなく様々な同和地区を訪れることで、同和地区に対する固定的、画一的なイメージを払拭し、同和問題について多面的に学ぶように企画されている。また、2006年度からは、「障害者の就労支援施設の見学(西成区)」や、「野宿労働者の人権(釜ヶ崎地区)」または「沖縄出身者の歴史と人権(大正区)」とテーマ設定された現地学習を選択制で導入。受講生が職場で受ける研修ではなかなか実現できない現地学習の機会を増やし、体験を通して人権感覚を養う機会としている。

<3> 研修スキルの育成

 受講生の大半が、解放大学修了後、職場内で研修を行うことを期待されていることから、「自由課題専門研究レポート」の作成を中心に、研修スキルを養うこともプログラムの大きな目的である。「人権啓発の歴史と成人教育(成人教育論)」という理論の講義や、「啓発ビデオを使った人権研修のあり方」「職場における人権研修のあり方」という人権研修の手本を示すような講義も設定されている。特に「職場における人権研修のあり方」では、すでに解放大学を修了した先輩たちが、各職場の現状に合わせてどのような工夫を凝らしているかを学ぶことができ、現場に帰ったときに何をすればいいか具体的にイメージしやすいと受講生の評価も高い。

 「自由課題専門研究レポート」の作成については、特に2005年度から重きが置かれている。講座前半、特に「自己啓発学習」で見出した問題意識をもとに、講義や現地学習で学んだことを活かしながら、各自で研究テーマを設定して執筆し、修了の直前に他の受講生の前で発表、解放大学での学びの総括を行う。職場や地域での啓発等に役立つ「研修資料づくり」を前提に専門的な知識をより深め、レポートにまとめることを通して問題意識を客観的に表現し、人権研修のリーダーとして自らの意見を他者に的確に伝える力を身につけることが目指されている。講義と並行してレポートを作成するための自主学習の時間が3回設けられ、内容に関して受講生同士で意見交換をしたり助言者に質問するための時間も設定されている。こうしたレポート作成の作業を通して、解放大学修了後も継続して自学自習する姿勢が身につくことが期待されている。

 なお、全体を通して教材としては、『部落解放・人権法令資料集 第3版』『部落問題論への招待 第2版』などを開講時に配布、使用している。

(3)「自己啓発学習」とは

<1> 「自己啓発学習」の変遷

 解放大学には、他の講座には見られない大きな特徴がある。「自己啓発学習」という名称で編成している学習プログラムがそれである。現在、29日間にわたる全日程の中で、7日間約63時間が「自己啓発学習」にあてられている。

 一般的に自己啓発という表現は、能力開発との関わりで使われる場合が多いようであるが、解放大学の「自己啓発学習」は異なる意味を持っている。

 学びは、本来一方通行ではなく双方向である。一人ひとりが学ぶ力を持っており、それを促進・援助することが教育の基本的な役割である。「自己啓発学習」という表現は、小集団による話し合いを通して、自らの力で自らを啓発する学習という意味で使われている。

 前述したとおり、1977年に人権啓発担当者の育成を目的に学習プログラムの整理・再編が行われた際、受講生によるグループ活動を重視した専門研究として「一問一答集」の作成が学習課題として取り入れられた。十数名に分けられたそれぞれの班に助言者が入り、例えば、「そっとしておけば差別はなくなるのではないか」など同和問題に関する様々な疑問を出し合い、討論し、そういった疑問に反論する文章を書くという作業が行われていた。しかし、既出の同和問題に関する本を写してくる受講生が出てきたり、時間の制約から「正解」を書かせるための助言になるなど、問題が生じてきた。

 そのため、1993年から専門研究のあり方を見直し、受講生一人ひとりが自らの問題として同和問題を捉えるための学習方法が模索されはじめた。当初は、市民意識調査の自由回答に記入された典型的差別意識が表出された意見を「素材」として、自分が最も共感するものを選び、自らの体験と重ね合わせて記述することから始めた。しかし、実践を重ねる中で、自分自身の体験と素材とが結びつかなければ素材に囚われずに書いてもいいのではないかという結論になり、やがて自分自身の体験を中心に書くということに変化していった。1995年に名称も「専門研究」から「自己啓発学習」に変更。「自己啓発学習」は主体的な学習への動機づけという役割も果たすので、1998年から講座の前半に位置づけられた。

<2> 現在の「自己啓発学習」

 現在の「自己啓発学習」の「目的」「日程」と、話し合い方について受講生に示される留意事項は下記のとおりである。

自己啓発学習について                        2006年度

○目的

  1. 自分自身の中にある部落問題の認識を見つめ直す。
  2. 自分の生活体験から差別体験・被差別体験を振り返る。
  3. 差別を受けた痛みを共有し、自己と他者の人間としての尊厳を大切にした生き方を考える。
  4. 受講生間の相互理解を深め、差別をなくすためのなかまづくりを促進する。
○日程  全日程は導入を除き7日間。9:30~12:00、13:00~16:45。
日 程 段 階 内 容 手 法
合宿時 導入 身のまわりに起きている様々な人権侵害を捉えなおし、「自分と部落問題・自分と差別との出会い」について考える。 ワークショップ
1日目 第1段階 導入を踏まえて書いた文章をもとに、自分自身の体験を語り、掘り下げる。 小グループ討論
2日目
3日目 第2段階 互いの体験を共有し、さらに掘り下げる 班討論
4日目
5日目 第3段階 気づきと変革 小グループ討論
6日目 第4段階 冊子作成、班討論 班別作業、討論
7日目
自己啓発全体について、互いの体験の共有・ふりかえり 班討論とふりかえり

*小グループ討論・・・各班3つの小グループ(3~5人)での話し合い。
*班討論・・・班全体での話し合い。

○話し合いについて

 自己啓発学習は、受講生が主人公であり、班長・副班長は相互学習を促進する役割を担います。助言者から差別を考える視点や人権にかかわる解説を受けつつ、「語り」「見つめ」「気づく」という学習のプロセスを共に進みます。そのため、下記の点に留意して話し合いをすすめてください。

  1. 語られた内容にたとえ同意できないものが含まれていたとしても、まず「受け止める」ようにしてください。そして、一人ひとりの体験の中にある「課題」を共通の課題として、共に考えていきます。
  2. それぞれが自分の考え・言葉で語ることができるよう、安心できる場づくりを心がけてください。
  3. 発言は偏ることなく、全員が発言できるよう、班長・副班長は配慮してください。
  4. 自己啓発学習で話し合われたことは、本人の許可がない限り、外に持ち出さないでください。

<3>「自分と部落問題・自分と差別との出会い」を語る意味

 「自己啓発学習」では「自分と部落問題・自分と差別との出会い」を語ることが重視されているが、その目的は、「部落問題との出会い」を中心に以下三点が挙げられる。

 第一に、同和問題や自分と差別との具体的な出会いを語ることを通じて、「同和問題は自分と関係のない問題」といった意識から脱却することにある。自分自身が同和問題とどの

ように関わってきたかを振り返ることを通して、自らの生き方を見つめ直すことにもなる。他の受講生から、生まれ育った地域が異なるにもかかわらず同様あるいは類似した体験が語られることで、「部落差別」についての個人的な体験だけでなく、社会的な共通体験の部分が見えてくる。また、自分と同じ受講生という立場の人が、自らの被差別体験を語ることによって、人権問題が○○問題といった紋切型で表現されるイメージから、もっと多様な形で存在していることを生活感覚で具体的に学ぶことが可能になる。

 第二に、受講生が自らの体験を語ることで、精神的に自分を抑圧していたものから解放されることにある。残念ながら同和問題と良い出会いをしている人は皆無に近い。多くの人が「部落はこわい」などといった話を聞かされる体験しかしておらず、「部落」という言葉を聞けば「身構える」、できることなら「関わりたくない」という意識が作られている。さらに、自分の被差別体験を語るとき、必ずそのときの感情や思いが語られる。したがって、「自己啓発学習」ではありのままの自分を語っても受け止めてもらえるという安心感、信頼感が受講生間、受講生と助言者の間に醸成されることが何よりも大切である。その安心感、信頼感のもとで、一人ひとりが自ずと心を開いていく。強制されて心を開くものではない。

 また、同和地区出身者はじめ被差別当事者にとって「自己啓発学習」は、差別の結果、自分が囚われていたものから解放される過程でもあり、同時に、被差別の立場からの語りを聴くことは他の受講生にとって差別の現実から深く学ぶことになり、話し合い学習の質を高める。

 第三に、生活体験の中で植え付けられた差別意識の形成過程を辿り、自らの同和問題認識を捉え直すことにある。受講生の大半は、日常的に同和問題について意識するといった状況に置かれていないし、自分がどのように同和問題を認識しているのか、自覚することも迫られてない。そして、「差別はよくない」と思っている自分があるので、「自分には差別意識がない」と漠然と考えている。当初、「私は差別していない」といっていた人が、同和問題との出会いを語る中で、自分との対話を繰り返し、時に混乱しながらも自分自身の中にある差別意識に気づきはじめる。自分自身を見つめるとは、人間関係、社会関係の中で「作られてきた自分」を自己認識することである。

<4> 助言者の役割

 以上のように「自己啓発学習」は、あくまで受講生間の話し合いを重視しつつ、自らの差別意識を掘り下げていく稀有な啓発プログラムである。このプログラムを説明するにあたりもう一つ、助言者という存在について説明しなければならないだろう。

 近年、同和問題に関する差別意識の悪化という調査結果が出ている中、意見交換を活発に行う参加型学習などでは特に受講生から偏見や差別についてより率直で遠慮のない(未だ差別意識の強い意見も含め)意見が出されることもあるのではないだろうか。そうした中で進めるこの「自己啓発学習」では、経験豊かな助言者の方々の協力が不可欠である。

 助言者は、企業の人権啓発担当・学校の同和教育・人権教育などの経験者(退職者が多い)、部落解放運動の活動家など、受講生の置かれている状況を理解できるように様々な立場の人によって構成されている。現在、約30名の助言者のうち、半分近くが解放大学の修了生であり、修了生が後輩の学習を援助するという関係が意識されている。

 助言者に必要とされているのは、まず同和問題に関する深い認識である。体験によって裏づけられた認識により、受講生の偏見を形成してきた体験を捉え直す助言をする。さらに、受講生の様々な体験や思いを受け止めることのできる感受性と、プライバシーを尊重する人権意識が求められる。受講生と助言者が真摯に向き合い、人間解放の道筋を探求するような学びを深める過程には、当然のことながら葛藤がともない、ときに助言者には大きな精神的エネルギーが必要とされる。しかしこの学習を通して受講生との間に人間としての信頼関係が生まれ、修了間際のレポート発表の際などに晴れやかな表情の受講生と出会うとき、助言者は疲労感から解放されるという。その喜びが、助言者の意欲の源泉となっているのだろう。

(4)人権を支える価値観、態度、行動の伴う人権啓発推進リーダー養成をめざして

全29日、約半年に及ぶプログラムの中の7日間約63時間を費やすこのプログラムは、汎用性が高いものではないが、特に、人権啓発推進リーダーの役割を担う人々を養成するためには、「自己啓発学習」のようなプログラムが必要と思われる。

人権啓発推進リーダーには、自らが人権について深く理解をすると同時に、啓発する対象となる人々を尊重する姿勢を身につけることが求められる。解放大学では約1ヶ月半にわたる「自己啓発学習」によって、意見の異なる者同士でも、お互いの違いを尊重し合い、学び合うという姿勢を身につける。例えば「自己啓発学習」の7日間を経ても最後まで「自分は同和地区に対する差別意識はない」と考えていた人が、後に「セクシュアル・マイノリティと人権」や「ハンセン病と人権」などの講義で当事者の語りを聞き、はじめて自分の中に差別意識があることに気づき、自ら認めるということはよくあるという。そのとき、自分を尊重してくれる仲間である同期生たちに「このメンバーになら話せる」と講義後の振り返りで語りはじめる様子などからは、人権啓発の場がお互いを尊重しあう場であることで、より深い学びを生むということが実感される。

職場の人権担当者に対する人権研修のニーズとして、ともすると短時間で効率よく「正解」を学べるものを求める意見も聞かれる。しかし、「人権教育のための国連10年」で定義された人権教育の要素としては、「知識およびスキル」だけでなく「価値観、態度および振る舞い」、さらに人権を擁護及び促進するための「行動」をとることが求められている。

 解放大学は受講期間が約半年にわたり、長期間であることなどから容易に参加することは難しいが、毎年150人以上の受講生を得ているこの講座が人権啓発推進リーダー養成のために担っている役割は大きいといえるだろう。

(栗本知子)

2006年度部落解放・人権大学講座 基本プログラム(PDF)

2 大阪市人権啓発推進員リーダー養成研修の経緯とプログラムのねらい

(1)人権啓発活動のあゆみ

<1> 同和対策審議会答申の意義と同和教育(人権教育・啓発)

1965年の同和対策審議会答申は「同和問題とは…、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なお著しく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である」ことを明らかにし、同和問題に起因する差別が実態的差別と心理的差別により再生産されている現実を指摘し、正しい認識と理解を求める同和教育(基本的人権尊重の教育)を推進するという方向性を示した。

1969年の同和対策事業特別措置法制定のなかで、同和行政は、生活・環境改善に力点を置きつつも、差別解消のための「行政責任」を果たすための同和教育、人権教育・啓発にも取り組んだ。そして、厳しい差別事件や差別意識を払拭するために、市民レベルの学習会の必要性がクローズアップされ、行政が主催する「同和問題市民講演会(人権週間など)」に市民の参加が求められた。

<2>  同和行政、人権教育・啓発に関する反発と新たな課題

行政主導の人権啓発は、同和問題への国民的な関心を高めるという大きな成果をあげた。しかし、同和対策事業の進展によっていわゆる「ねたみ差別」などが生起し、伝統的な差別感も加わって、差別事件が多発した。これらへの対応として、国際的な人権潮流を学ぶ中で、差別の克服を目指すという方向(後の部落解放基本法制定要求国民運動と部落解放第三期論~国際連帯と周辺共闘)、身近な共同体(家庭、地域、職場、学校)における市民の人権感覚を高める方向性が提起され、1970年代後半より、行政主導の「差別意識を払拭しましょう」という心がけ中心の啓発活動を克服するために、住民が主体となった啓発活動が模索されはじめた。

(2)大阪市人権啓発推進協議会の発足

<1> 身近な地域における啓発活動のスタート

1978年~1979年、大阪市内各区において地域振興会、社会福祉協議会、PTA協議会などの市民各種団体が参加して人権啓発組織「区人権啓発推進(協議)会」が結成され、1981年には、全市的な取り組みにするために「大阪市人権啓発推進協議会」が発足した。人権啓発推進協議会の活動は、全市・全区における人権啓発の推進体制を築き、社会的影響力を高めるという積極的な役割を果たしたが、発展の中での課題も明らかになった。人権啓発推進協議会が、各種団体の代表役員によって構成されていて、地域活動の具体的な動きとつながらないという課題であった。「自発的な啓発」とはいうものの、事実上、市・区が主催する大規模な講演会・イベントに「市民を動員する」という形態に傾斜していた。

<2> 人権啓発推進員制度の確立へ・・・行政主導の啓発を越えるために

啓発講演会への動員だけでは、同和問題に関する理解を促すことは不十分であるということから、大阪市では、1989年度、小学校区単位で人権啓発を実質的に推進する三人ほどの「(意欲的な)身近な指導者」、オピニオン・リーダー(ある集団の意見の形成に方向づけ、世論の形成に影響を与える人)を配置するという計画を実施した。人権啓発推進員養成講座等の研修を修了した者を大阪市人権啓発推進協議会が大阪市人権啓発推進員として委嘱し、自主的・自発的な活動を促した。

<3> 人権啓発推進員の活動場所が少ない・・・

人権啓発推進員養成講座等により、市内計1000名の人権啓発推進員が誕生した。しかし、オピニオン・リーダーとして期待されながらも、その活動領域、活躍場所が明確ではなく、市・区や人推協が主催する講演会などの要員として、また、人権週間や区民まつりの人権啓発コーナーなどでの啓発グッズ・チラシ配布などの役割を担う活動が中心となっていた。

(3)人推員リーダー養成研修のねらい

「身近な市民指導者」を養成するためには、人権に関わる「知識」「感性」「実践力」に関わる総合的で基礎的な力を育てるための学習プログラムが必要である。また、「身近な市民指導者」として期待されている役割は、市民の学習会において、ともに学びの過程に参加し、一人ひとりの学びを促進する役割だと考えられる。そういう意味で、ファシリテーターとしての知識やスキルの習得も重要な課題になる。人権に関わる「知識」として、人権の概念と基準、差別の現実と解決の道筋についての科学的な認識を確立する必要がある。人権に関わる「感性」として、人権侵害された人々の心の痛み、悲しみ、怒りに共感できる感受性を育む必要がある。人権に関わる「実践力」として、自己並びに他者が人権侵害を受けた際に、人権を回復するために必要とされる知識(人権擁護のための法制度等)や行動の仕方を習得する必要がある。そして、ワークショップやファシリテーターに関する知識を学ぶと共に、実際に学習会の現場で経験し、そのスキルを習得できるようにする必要がある。

以上の課題を具体化するために、人推員リーダー養成研修は、一方的な知識伝達型ではなく、体験的参加型学習の形態で、これらの学習課題を総合的に学べるような講座内容にする必要があるといえる。

(4)大阪市人権啓発推進員リーダー養成研修各期の概要

<1> 1999年度《第1期》大阪市人権啓発推進員リーダー養成研修

● 参加者

  • 前期/入門編は、大阪市人権啓発推進員としての登録者からの自発的な参加者であった。
  • 後期/応用編は「促進役、人権リーダー」にステップ・アップしようとする人を募集。

● 大きな手ごたえ

  • 初めての「リーダー」養成研修ということもあり、各区の人推員の中でもかなり意欲の高い人たちが集まった。その人たちは、人推員に登録される以前にも、区内のさまざまな各種団体において中核となって活動している人たちが多く参加した。
  • 参加型学習は、初めて経験する人たちが多く、能動的に参加できる学習形態、手法に大きな反応があり、深い感銘と共感があった。特に人権問題を自分の課題として気づき、考え合うことに新鮮さがあった。
  • 応用編参加者の中の半数近くの人たちが、《第2期生》の前で、促進役として学習をリードしていく役割を担うために参加者同士で模擬演習を実施。
  • 次年度(2000)へ促進役として参加するチーム(3~4人)が4つ生まれ、別途準備、打合せ会を実施した。
  • 養成研修を修了して「身近な市民指導者」となった人たちが、区や校区単位の人権学習のリード役となって活動を始めるようになった。

<2> 2002年度《第4期》目標の再設定とプログラム構成の変更

● 参加者の変化~モチベーション

  • 当初は、熱心な参加者が多くいたが、年を経るごとに「講師、促進役」の役割を担おうとする希望者が少なくなっていく傾向となった。

● 見えてきた課題~地域活動の裾野を広げるために

  • 長時間をかけて促進役を養成してもその人たちが活動できる機会が、各区段階では極めて少ない。人権に関する市民・区民の高まりが未成熟な現状においては、人権への関心を持つ人たちを増やす機運を高めることを優先する必要があると考えた。
  • そのためには、講師・促進役養成もさることながら、地域の人推協や人推員連絡会でオピニオン・リーダーとして活躍する力を蓄えていくことに傾斜させたプログラムを編成することになった。

<3> 2005年度《第7期》大阪市人権啓発推進員リーダー養成研修

● プログラム

前期/入門編 2006年2月 午前10-12時 午後1-3時
月 日 講座内容
2月 7日(火) <1>アイス・ブレイキング『身体と気持ちのリラックス』、自己紹介『最初の一歩』
<2>多様な発想法『あなたの力を貸して』
2月14日(火) <3>多様な発想法『逆転の発想』
<4>分類整理法『うれしい言葉、いやな言葉』
2月21日(火) <5>順位づけ『大切なもの』
<6>ビデオで討論『私自身を見てください~固定観念・ステレオタイプ』

後期/応用編 2006年2~3月
月 日 講座内容
2月28日(火) <7>自己点検『刷り込みチェック』
<8>疑似体験『目撃・いじめ』
3月 7日(火) <9>ビデオで討論『今でも部落差別はあるのですか?~マイナスイメージの刷り込み』
<10>事例報告『身のまわりの人権課題に気づく』
3月14日(火) <11>疑似体験『人権相談の基礎練習~観る⇔聴く⇔話す』
<12>経験交流『新たな旅立ち~人権啓発活動の推進のために』

● 地域人権活動の輪を拡大するために

  • 地域における人権活動の裾野を広げるために、地域における人権活動を紹介し合い、改善策を考えることに重点を置いた講座内容とした。
  • そして、人権啓発推進員の役割の価値に気づいてもらう内容とした。そのために、従前にも増して様々な地域活動への能動的な参加を促した。
  • また、人権啓発推進員のみならず、各種市民団体の機関運営や組織の活性化に資するカリキュラムを組み込んだ。
  • 人権相談の新時代を迎えて、推進員が人権侵害に悩んでいる人を人権相談機関に誘導する力を蓄えるために、人権という概念を一層理解促進できるプログラムを追加した。
  • その他、研修開催と並行して、リーダー養成修了者が、区・校区単位の人権啓発活動に参加できる条件を作り出していくことを働きかけていくことを確認した。

(白井俊一)