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2004.11.16
部会・研究会活動 <身分制研究会>
 
第úL期国際身分制研究会報告書

国際身分制研究会編
 (A4版・167頁・実費頒価・2003年6月)

『Descent(「世系」)』差別をめぐる国連を中心とした動向について

友永健三

はじめに

 国連の関係で、部落問題やインドのダリットの問題がようやく、注目されるようになってきていますので、覚え書きとして報告したいと思います。

 まず整理しておかねばならないことは差別とは何かという定義と、差別の事由、何を手がかりとして差別とするのかということですね。なお、国連が作っております条約の中で部落問題がズバリ対象になるのは、国際人権規約と人種差別撤廃条約の二つなのです。

 差別とは

 差別とは何かということですが、私が考えますのは、本来全ての人びとに保障されなければならない権利が、特定の人びとに対して保障されないことで、合理的に説明できないこと、だと考えています。それで合理的に説明できる場合は「区別」だと思います。

 しかし、合理的に説明できるといっても、時代とともにどんどん変わっていくですね。例えば、義務教育下の子どもたちは選挙権を与えられていないですよね。だから、これを差別と言う事もできると思うんだけども、義務教育下の子どもたちは、労働から解放されて、社会性を身につけるために遊んだり、勉強したりしている社会的に準備段階にあるわけですから、社会全体について判断をする必要がある選挙権については対象になっていないというのは、それなりに合理的に説明できると思うんですね。ですからこれは差別ではありません。だけども、皮膚の色が黒いというだけで選挙権を与えていないというのは説明できない。これは差別です。ところがこの間の『AERA』で、子どもにも選挙権を与えてもらいたいという運動を始めていると言うわけです。だから「合理的説明」というのも流動的だと思います。まあ、おおざっぱな話ですが。

 人種差別撤廃条約が国連で差別撤廃を掲げた最初の条約なのですが、ここでは厳密に定義しているわけです。人種差別撤廃条約での規定では「この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限または優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げまたは害する目的または効果を有するものをいう」(第1条1項)とあります。差別というものを、法律的に厳密に定義するとこういう定義になってくるんですね。

 それで、ここでいう「公的生活」の「公的」はpublicでして、国家とかそういう意味ではなく、みんながつかうとか、そういった意味ですから、公園やホテルなどでの差別も対象になってきます。それから「妨げまたは害する目的または効果を有するもの」とありますから、意図していない結果も対象に入ってくるわけです。

 差別の事由

 日本国憲法の規定は、ご存知のとおり「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(第14条1項)となっています。ここでいう「人種、信条、性別、社会的身分または門地」は制限列挙ではなく、例示規定だと言われていますが、一応、はっきり規定されているものとしては、5つの事由が明記されているわけです。

 それで、世界人権宣言ではどうなっているかというと、「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別を受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」(第2条1)となっているわけです。ところで、宣言というのは、条約のように政府は公定訳を発表しないんですね。宣言というのは、国会での承認がいらないからなんですが。ですから世界人権宣言には、いろいろな訳があるわけです。ですから、私が見た本ではこう書いてあったというわけです。ここで、社会的身分はsocial origin、門地というのはbirthの訳なんです。

 ところが、国際人権規約には日本は批准していますので、外務省が訳した公定訳があります。この場合は、「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生または他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する」(「自由権規約」第2条1項)とあります。

 ここでは同じbirthが「門地」ではなく「出生」と訳されているわけです。「出生」の方が広い対象を含みますよね。例えば、家族形態に関わる差別、つまり婚外子などの差別も含まれてくる。

 それから子どもの権利条約。これが差別に関する規定がある条約の中で、一番包括的なもので、最新の条約なんです。ここでは「締約国は、その管轄下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法廷保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生または他の地位に関わらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し、及び確保する」(第2条1項)とあります。それで、ここでは「種族的」という言葉と「心身障害」という言葉が、新しく加わってきたわけです。ですから、国連においても差別というものを捉える事由が少しずつ広がってきていることがわかると思うんです。

 それでここで「種族的」と訳されている言葉がethnicで、これは国内の少数者なんですね。国家を形成していない集団なんです。一方、Nationalという言葉は「国民的」か「民族的」と訳されていますが、これは何らかの形で国家を形成しているという側面をもっているわけです。そこが違う概念なのです。

 人種差別撤廃条約での「人種」とは

 それで、問題となってきます人種差別撤廃条約の「人種」なんですが、わざわざ次のように「人種」について定義しているわけです。つまり、「この条約において、『人種差別』とは、人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限または優先であって、・・・」(第1条)ということでして、5つの事由を挙げているわけです。

 それぞれを英語で言えば、人種はrace、皮膚の色はcolor、世系はdescent、民族的はnational、種族的はethnicです。それでこの5つの事由はどこが違うのかということです。

 ユネスコが作成した大学の人権に関する講義のテキストのなかで、人種差別撤廃条約の解説をしています。その解説の中でこの5つの事由を説明している次のような箇所があります。私が見たかぎりでは、これが一番説得力のある説明をしていると思います。

 「(人種差別撤廃条約の第1条で規定されている)『人種』は、身体的基準を基礎に社会的に規定されている集団を指している。『皮膚の色』は、これらの基準の一つにすぎない」とあります。「人種」を社会的概念として規定していることに注目してください。身体的基準は手がかりにしかすぎないわけです。ユネスコは「人種」は科学的には定義できないとも言っているんです。

 「『門地』(政府の公定訳は「世系」)は、言語、文化あるいは歴史を基礎に規定された社会集団を意味する」。『門地』という訳は、金東勲先生が民間では最初にそのように訳されていたわけです。

 「世系」というのはとにかく一続きの系譜をもつものは何でも包みこむ概念なんです。着目点は何でもいい。言語であろうと、歴史であろうと。それで、このうちで、部落問題は「歴史」に関わる世系だと思われます。

 阪大の村上正直先生が金先生とともに、この条約について詳しく研究されています。村上先生は、わざわざ5つの事由の中に「世系」という概念を入れたのは、他の4つではカバーできないものを包みこむためと考えるのが妥当なんじゃないかと言っておられます。

 国連では条約を作る場合、英語・フランス語・中国語・ロシア語・スペイン語の5つの言語で正文を作って、それを承認するわけです。国連の場で、論争する場合、普通一番使われるのは英語です。

 私は外務省からいただいた訳をもっていますが、日本政府は最初、descentを「血統」と訳していました。ところが国会にかける段階で、天皇制と関わりがでてくるのではないかと批判がでた。ただ、「門地」と訳すと部落問題まで包みこむ概念になってしまう。たまたま、中国もこの条約に入っていましたので、外務省は中国の条約の文を見たわけです。そこに「世系」とあって、それを採用したわけです。日本はだいだい漢語を使ってきていますから、漢和辞典や大きい国語辞典なんかには「世系」は出ています。例えば、『広辞苑』では「1.祖先から代々続いている血統。2.系図。系譜。」とあります。

 日本政府がどのように説明してきたかというと、「『世系』とは、この条約の適用上、人種、民族から見た系統を表す言葉であり、例えば、日系、黒人系といったように、過去の世代における人種又は皮膚の色及び過去の世代における民族的又は種族釣出身に着目した概念であり、生物学的・文化的諸特徴にかかる範疇をこえないものであると解されます」(外務省発行パンフ)と説明してきたわけです。部落問題を避けるために、このように解釈しているんです。

 ところがユネスコの場合は、「言語、文化あるいは歴史を基礎に規定された社会集団」とありますから、部落問題やインドのダリットの問題も十分に包み込むわけです。

 それで、話を戻しますと、「民族的」・「種族的」出身は、次のように説明されています。「『民族的』・『種族的』出身は、意識を基礎にして主に決定される」。だから、重要なのは、意識の問題だということです。

 続けてこのテキストは、「しかしながら、これらすべての事例において、さまざまに異なる基準に適応されるのは、客観的な定義ではなく、主観的な定義である。重要な問題は、それが本当であるかどうかには関わりなく、ある人が他者によって身体的、社会的、あるいは文化的に異なるものと考えられるかどうかである。そして、一般に、ある人の「人種」を決定するのは他者である。」(『ユネスコ版・人権と国際社会(上)』カーレル・バサック編・1984年)と説明しています。本当であるかどうかとは関係なしというわけです。ですからこの後半の説明でいくと、ズバリ、部落差別が当てはまってくるわけです。

 日本政府報告書の審査

 日本政府の見解は、人種差別撤廃条約はあくまで「人種」か「民族」かということを対象としているのだという見解です。部落差別のように、同一の民族内の差別は入らないと考えています。日本も人種差別撤廃条約に入っていますが、入ると一年以内に報告書を出さないといけないんです。そして、その後は二年ごとに報告書を出さないといけません。まあ実際の運用上は4年に一回、まとめて出すという形になっていますが。日本は去年の一月に1回目と2回目の政府報告書を出していまして、今年の3月に人権差別撤廃委員会でその審査があったわけです。もちろん政府報告書には部落問題に触れた箇所はありません。

 民間団体が政府報告書の問題点をまとめて指摘しているNGOレポートというのがあります。英語にしたものを委員に送っていますが、そこで第一条との関連で(1)先住民族、アイヌ民族・琉球/沖縄民族、(2)中国帰国者、そして(3)被差別部落出身者、つまり部落問題に触れております。部落問題が対象になることを指摘しているわけです。インドのカースト制度との関係で説明した方が委員にわかりやすいだろうということで、次のように説明したわけです。

 このように、部落差別が、現在においてなおわが国社会が抱える最大の人権問題のひとつであることは疑いない.部落差別は通常の意味での人種差別ではないが、我々は、部落差別が、条約第1条第1項が定める「世系」に基づく差別であると考える。この点で、1996年に行われた、インド定期報告番の審議の後に委員会が採択した「最終所見」が想起される。

 ところで、人種差別撤廃委員会の構成がどうなっているかというと、人種差別撤廃条約に加盟した国のなかから、個人の資格で地理的・宗教的な背景などのバランスを加味して多様性が確保されるようにして、18人の委員が選ばれます。任期は4年で半分の委員が2年ごとに変わっていくわけです。だいたい政府報告書の審査は、二つの会期を使います。国連の会議は10時から13時の午前の会議、昼からの3時から6時までの会議となっているんですが、日本の場合は午後から始まって、あくる日の午前を費やして行われたわけです。

 それで、国別報告者、つまりその国の報告書を詳しく読み込んで質問する代表を決めるわけです。その国別報告者の質問に政府が答えるわけです。その後、他の委員からも質問が出され、政府代表がこれに答えます。これらのやりとりを踏まえて、この点は良いがこの点は問題だということを、「最終所見」というかたちでまとめられ、公表されるわけです。そこで、日本政府の報告書の問題点を指摘したNGOレポートでは以下のように指摘されています。インドの場合は、1996年の報告書を調べられたときに、委員会は、この条約を対象としてカースト制度を挙げていたわけです。

 「条約第1条が規定する『世系』という文書が人種のみを指しているものではない」とし、「指定カースト及び指定部族の状況が条約の適用範囲内のものである」ことを明言している(Ibid.,para352)。

 我々は、委員会のこの解釈が、条約に基づいて世界の各地で差別に苦しむ様々な集団を幅広く救済することに資するものとして、これを歓迎し、支持する。前記のように、インドにおけるカースト差別と、日本における部落差別とはその性質を基本的には同じくするものであり、このような委員会の実行に照らせば、部落差別についても当然に条約が適用されるものと考える。加えて、条約が定める様々な人種差別撤措置、とりわけ、私的差別の規制措置(第2条第1項(d))、社会的に脆弱な集団に対する積極的借亡(第2条第2項)、差別扇動の禁止措置傷(第4条(a))及び積極的な啓発措置(第7条)などは、部落差別を解消するための措置として有効かつ貴重であり、部落差別の解消に際して条約はきわめて重要な役割を果たすものと考える。このような点からみても、条約と部落差別との関連性は密接である。

 なお、インドの場合はどういう議論になったかということを、川村暁雄さんが訳してくれた概要(「インド政府報告書に対するCERD結論的見解」)で見てみることにします。1996年にインド政府の報告書を審査したときのものです。そこで評価できる点、懸念する点、勧告を次のようにまとめています。

【評価点】政府が指定カースト、指定部族の差別について広範な対抗策を採用していること、国家人権委員会が設立されたこと、最高裁判所により公益訴訟手続が採用され、法廷への広範なアクセスが可能となっていること、人種差別を推進する団体がインドの法律の元では存在を許されないこと等

【懸念】インド政府が「条約第1条にいう『世系』は人種を指しており、指定カースト、指定部族は本条約の対象とならない」としているが、委員会は『世系』は人種だけに限られず指定カースト、指定部族も条約の範囲であると確認すること、カシミール(や他の)の人々が条約の趣旨に反する方法で扱われていること、人権委員会が軍事部隊による人権侵害について直接調査できないこと、指定カースト及び指定部族に関する国家委員会・マイノリティに関する国家委員会及び人種差別を禁じる刑法の実施について委員会への情報提供がされなかったこと、マイノリティに対する暴力が過激な団体により支援を受けている状況があり、これらの団体が非合法とされていない中で、人種差別を推進する団体を禁じる法律についての詳細な情報が委員会に提供されなかったこと、国家治安法や公共安全法が未だに発効していること、法律や社会・教育政策上では人権保嚢と不可蝕性の廃止が謳われているにも関わらず、差別行為が広く行われておりその実行者があまり罪に問われないため、これらの施策の有効性が減じていること、指定カースト及び部族に属する者が公共の井戸の使用の拒否・レストラン等への入店拒否・学校での子どもの隔離などの差別を受けていること

【勧告】当局が指定カースト及び部族に属する者に対する差別行為を防止する特別施策を採用し、差別行為が行なわれた場合には徹底的な調査を行い責任のある者の処罰と被害者への賠償がなされるようにすること、人権委員会の軍事部隊による人権侵害について直接調査を制限している人権保護法19項の廃止を行うこと、カーストの上下意識を無くすため人権教育をさらに進めること、条約6条に基づき人種差別による(カースト、部族に属していることを理由とするものも含め)の被害について法廷へ賠償などを求めることができる法的な規定を作ること、CERDにもとづくインド政府報告及び本「結論的見解」を国内にて広く広報すること。

 これが、1996年のインド政府報告書に対して結果採択された「最終所見」です。CERDというのは、人種差別撤廃委員会の頭文字をとった略称です。ということで、インド政府も人種差別撤廃条約にダリットの問題は入らないと言っていることが分かると思います。だから、日本と同じです。裏で、日本政府とインド政府はお互いに相談してやっているわけです。

 それで日本政府の報告書を審査した結果、国連・人種差別撤廃委員会が出した「最終所見」はどうなったかといいますと、私がまとめた「ジュネーブ訪問の記録」という冊子に日本語訳を載せておきましたが、肯定的な側面として、「4.委員会は、いくらかの種族的および民族的マイノリティの人権の促進、ならびにその経済的、社会的および文化的発展の促進のために締約国が行った立法上および行政上の努力、とくに以下の努力を歓迎する」と述べまして、「(i)1997年の『人権擁護施策推進法』、(ii)1997年の『アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律』、(iii)部落民に対する差別の撤廃を目的とした、同和対策事業のための一連の特別措置法」を評価しています。ですから、委員会が部落問題を対象として考えていることがはっきり分かると思います。

 懸念事項及び勧告としまして、次のようにも述べています。「8.条約第1条に規定されている人種差別の定義の解釈に関して、委員会は、締約国とは反対に、『世系(descent)』という文言が独自の意味をもち、人種や種族的出身、民族的出身と混同されてはならないと考える。したがって、委員会は締約国に対して、部落の人びとを含むすべての集団が、差別に対する保護、および条約第5条に規定されている市民的、政治的、経済的、社会的および文化的権利の完全な享受を確保するよう勧告する」。ですから、第8パラグラフは部落問題についてズバリ触れている所なんです。

 そして、23パラグラフでは、「23.また、締約国が次回の報告書において次のものがもたらした影響に関する一層の情報を提供するよう求める。(i)1997年の『人種擁護施策推進法』ならびに『人権擁護推進審議会』の活動および権限、(ii)1997年の『アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律』、および(iii)『地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律』および同法の適用終了後、すなわち2002年以降に、部落民に対する差別の撤廃のために検討されている戦略」と述べています。つまり、特別措置法が切れたあと、どうしていくのか、ということを次回に日本政府は報告しなければならないというわけです。

 ちなみに次回の報告書がいつ出るかと言いますと、「27.委員会は、締約国が、その第3回定期報告書を、2003年1月14日までに提出する予定の第4回報告書とあわせて提出すること、およびこの所見において提起されたすべての諸点に触れることを勧告する」と言うわけです。ですから、日本の場合には、3回目と4回目の報告書を2003年1月14日までに提出しなければなりません。

 それで、日本担当の国別報告者であるバレンシア・ロドリゲス(エクアドルの元外務大臣)さんがどういう質問したということを次に見ていきたいと思います。私の速記のメモで、正式のものではないですが、彼は「政府報告書にふれられていない問題として被差別部落民の問題があるとして、部落民は日本の歴史上下層の集団として位置づけられ、死牛馬の処理や清掃等の仕事に就くことを余儀なくされてきた。近年においても『部落地名総鑑差別事件』に示されるように、雇用面などで差別を受けていて、中には自殺している人まで出ている。この部落問題は、今日国際社会においても周知の事実であるにもかかわらず、日本政府の報告は、これを隠そうとしており実に不可解である。民間団体として部落解放同盟は重要な活動をしている。この問題は、条約第1条の『世系』に該当する」とはっきりと述べてくれているわけです。

 さらに、バレンシア・ロドリゲス委員だけではなくて、大半の委員が部落問題は人種差別撤廃条約の対象になると発言しています。ちなみにインド、ネパール、バングラディッシュ、モーリシャスの報告書の審査においても委員会は、descentとの関係でカースト制度に基づく差別をこの条約の対象として取り上げています。これらの国々での問題は、全部資料を集めて、比較研究すべきなんですが、私の知るかぎりインドは日本と同じ態度です。ネパールは政府報告書の中に入っていて、対象として認めています。バングラディッシュはわかりませんが、委員会が取り上げたことは確かです。モーリシャスは、だいたい半分ぐらいがインド系社会なんです。インド人社会のある所には、カースト制度があるんですが。ですから、一度これらの比較研究は本格的に行うべきだと思います。

 人種差別撤廃条約が規定している差別撤廃の基本方策

 部落解放運動が国連との連携をとった国際運動をやるなかで、久保田洋という人の果たした役割は大きいと思います。この人は国連人権センターで勤めていた職員の方です。日大出身で博士論文は明治大学の宮崎繁樹先生のところで取得しています。久保田さんは、「一般的に、法律や条約、とくに条約は、そのもの自体のために存在しているのではなく、人びとの幸せのために存在している」と言っておりました。だから、特に条約はそうですが、どんどん現実を変革していくために解釈していけばいい。条約というのは国連に加盟している国が協議して決めるものですから、もともとがあいまいで、妥協の産物ですから。人種差別撤廃条約にしても、厳密に言葉で解釈しても意味がない。どんな差別があって、この条約がその差別をなくすために使えるのかどうか。そこから判断すべきだということを、よく言っておられました。それで、人種差別撤廃条約の委員の多くは、この発想なんです。

 人種差別撤廃の条約は差別は法律で禁止しなければならないと、はっきり言っています。人権委員会のような国家機関で、人権侵害を救済すべきだということ、劣悪な事態があれば特別措置を実施しなければならないこともはっきりと言っています。ただし、特別措置は限定付きです。目的が達成されればやめなければなりません。さらに、教育・啓発をしなければならないこともはっきりと言っています。

 それから、連帯も重視しています。差別の現われ方は、極端に言うと、排除と同化という二つの現れ方があると思います。違うものを無理やり同じようにする同化も差別なのです。だから、この条約では連帯という言葉を使っています。

 この条約を守らせるための実施措置として三つの方法を、この条約は挙げています。報告書を作成して提出することを義務づけているのが、一つ。これを委員会が審議し、最終所見を出して、公表します。一種の社会的制裁ですね。二つ目は、国家が国家を訴えることが出来ます。しかし、今のところこの方法は使われたことはありません。条約の14条に基づいて、個人や集団であっても、条約に違反するものを訴えることができるといのが、三つ目。ただし、14条は認めている国しか駄目なんです。日本は14条は認めていません。部落解放基本法案の考え方は、この人種差別撤廃条約を踏まえているわけです。

 国連・人権の促進及び保護に関する小委員会

 国連の人権に関する委員会の中で最も重要な委員会は、53カ国の国家で構成される人権委員会です。これは毎年春に行われます。毎年夏に行われる委員会としては、人権の促進及び保護に関する小委員会というのものがあります。これは23人の委員が個人の資格で選ばれます。日本では横田洋三という先生が委員になっています。この委員会が、去年の8月11日、「職業と世系に基づく差別」に関する決議を採択しました。この決議によって、日本の部落差別やインドのダリットに対する差別などが、国連において「職業と世系に基づく差別」"Discrimination based on work and descent"と規定される可能性か出できたんです。日本の部落差別やインドのダリットに対する差別を共通の範疇で括る場合、何差別というべきかというのが問題でした。これまでは身分差別という言葉を使ってきました。ところが、英語では我々が使う「身分」という言葉にぴったり当てはまる言葉がないんです。

 例えば、Social statusは概念が広すぎて階級関係も含んでしまいます。そこで、caste-likeという言葉がよく使われたんですが、これに対してインドはインドの問題が強調されすぎるとして、クレームを出しているのです。ですから、ひとつの方向性として、国連は「職業と世系に基づく差別」という言葉で定義するという方向性を示したわけです。

 それで、採択された決議ですが、これはIMDAR事務局次長藤岡美恵子さんが日本語に訳してくれたものがあります。以下を見てください。


職業及び世系に基づく差別(E/CN.4/SUB.2/RES/2000/4/)

人権の促進及び保護に関する小委員会は、

世界人権宜言第2条が宣言するように、すべて者が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、民族的若しくは社会的出身、財産、出生または他の地位等によるいかなる差別を受けることなく同宣言に掲げるすべての権利及び自由を享有することができることを再確認し、

職業及び世系に基づく差別が、歴史的に世界の様々な地域において社会の特性をなしてきたこと、及び世界の総人口の相当程度の人々に影響を及ぼしてきたことを認識し、

関係国政府が、職業及び世系に基づく差別の慣行を廃するためにとった憲法上、立法上及び行攻上の措置を認め、しかしながら、職業及び世系に基づく差別が当該社会に根強く存続していることを懸念し、

1.職業及び世系に基づく差別が、国際人権法により禁止されている一形態の差別であることを宣言する.

2.政府に対して、職業及び世系に基づく差別を禁止し、及び救済をはかるために必要なすべての憲法上、立法上及び行政上の措置(適当な形態の積極的差別是正措置を含む。)が適切なものであることを確保すること、並びに、当該措置があらゆるレベルのあらゆる国家の当局によって尊重され、及び実施されることを確保することを要請する。

3.政府に対して、自国の管轄の下にあるすべての個人又は団体であって、職業及び世系に基づく差別の慣行に従事したと認められるすべてのものに、適当な法的処罰及び制裁(刑事制裁を含む。)が規定され、及び適用されることを確保することを求める。

4.グネセケレ氏に対して、財政支出を伴うことなく、次の目的をもって、職業及び世系に基づく差別の問題に関するワーキング・ペーパーを作成する任務を委ねることを決定する。

a)職業及び世系に基づく差別が実際に継続して行われている社会を特定すること。

b)当該差別を廃止するための、既存の憲法上、立法上及び行政上の措置を検討すること。

c)当該差別を効果的に撤廃するための、当該検討に照らして適当と考えるいかなる一層の具体的な勧告及び提案をも行うこと。

5.第53会期において、同一の議題のもとで、この問題を継続して審議することを決定する。


 ということで、今年の8月にもう一度、グネセケレさんが調べた結果をワーキング・ペーパーにして報告し議論することになったんです(註1)。この提案が出た背景ですが、これも同じく藤岡さんが次のようにまとめてくれています。

【決離採択に至った経過】

 この決議は唐突に出てきたのではなく、その背景にはインドのダリットの人々を中心とし、IMADR(反差別国際運動)もその一員であるNGOによる国際的な協調ロビー活動とキャンペーンがある。インドでは1998年よりNational Campaign on Dalit Human Rights(全国ダリット人権キャンペーン)が組織され、署名キャンペーンなどを展開していた。また今年3月、カースト差別に関する国際NGOの会議がロンドンで開かれ、これにはIMADRからもジュネーブ事務所の田中敦子が参加した。この会議でダリットとの国際連帯ネットワークが結成され、以後国連を舞台にしたロビー活動を繰り広げているが、田中敦子もその中て重要な役割を担っている。lMADRはこのネットワークの中で、ダリットへの差別だけでなく、日本の部落差別や南アジアの他国、さらにアフリカに存在する同様の差別もキャンペーン対象に含むべきだと当初から主張してきた。その結果、ダリット問題にとりくむ他の国際NGOの国連での発言においても、ダリット差別だけでなく部落差別にも触れられるようになっている。こうした一連のロビー活動・キャンペーンのハイライトとなったのが、人権小委員会で上記の決議が採択される直前に、人権小委員会委員、人種差別撤廃委員会委員を対象にジュネーブで開催された「カースト差別に関するブリーフィング」(8月9日)である。これは当初カースト差別のみを念頭においたものだったが、IMADRの働きかけの結果、部落問題について訴える推会を得、急遽、部落解放同盟から高橋正人書記長が代表として出席することになった。

 人権小委員会の決議は、来年の反人種主義・差別撤廃世界会議で門地による差別をきちんと取り上げさせるためにも大きな一歩となる。といってもその道のりは平坦ではない。今回の決議採択の際もインド政府からの反対があったように、これからも関係国改府からの反対が予想される。しかし、同じ被差別のグループが他のNGOと共同してキャンペーンやロビー活動を行えば、不可能に見えたことも実現できる。今回の決議採択はそれを実現してみせた。

 ということで、結局、日本の部落問題やインドのダリットの問題が国際的に「職業と世系に基づく差別」と呼ばれるようになる可能性が出てきたわけです。

 「職業と世系に基づく差別」の特徴

 「職業と世系に基づく差別」の特徴ですが、私はインドの差別が「職業と世系に基づく差別」の典型的なものだと考えています。だから、インドの差別のメカニズムを解明したら、その特徴が一番わかりやすいのではないかと思っています。

 インドのいわゆるカースト差別には、「ジャーティ」の側面と「バルナ」の側面があって、それがミックスされたものだと思います。

 私は「ジャーティ」の側面は、分業の発展にともなう「職業」の違いを手がかりとしていると見ています。それから、これには世襲制を伴うという特徴を持っていると思います。なぜかといと、職業において技術の継承発展などの面で、世襲制が効果をもつからです。ですから、初期においては世襲制は進歩的な意味を持っていると思います。しかし、長期化すれば退歩することになります。同様の理由から、同一集団内の結婚を伴ってくると見ています。

 それから、「バルナ」ですが、「バルナ」というのは、時の権力者による序列化だと、私は考えています。その際、支配的なイデオロギーがこの序列化に影響を与えると思います。例えば、古い時代になればなるほど「宗教」の与える影響が大きい。それで、最終的には法制化されていく、と見ています。ですから、時の権力者の果たす役割というのは、やはり見逃せないと思います。

 今後の課題

 今後の課題として、列挙しましますと、

(1)CERDの「最終所見」を広く普及・宣伝し、国内法の整備をはじめ履行を求めていくこと。

 これは、委員会の見解と政府の見解が異なった場合に、条約の解釈権は政府にあるからなのです。政府に言わせれば、委員会の見解は参考なのです。ですから、国内にCERDの「最終所見」を広めていくことで、政府がこれを無視できないものにしていく必要があるわけです。

(2)CERDでdescent(「世系」)についての一般的勧告が出されるよう働きかけていくこと。

 これは、人種差別撤廃委員会で、人種差別撤廃条約のこの条文はこういう意味として解釈していくという統一見解を出すことができるからです。インド、ネパール、バングラディッシュ、日本という具合に出てきていますから、「descent」という概念は、「職業と世系に基づく差別」を含むものだということを委員会の見解として出す事が出来ます。そうすると、委員会の解釈を確定できます。ですから非常に重要な課題なのです。

(3)国連人権小委員会におけるグネセケレ委員の報告にインドのダリットに対する差別問題、日本の部落問題が明確に盛り込まれ、これらの差別撤廃に役立つ報告が出されるよう協力していくこと(註1)。

(4)ダーバン2001の「宣言」、「行動計画」の中に「職業と世系に基づく差別」が盛り込まれるように働きかけていくこと。

 ダーバン2001というのは、今年の8月30日から9月7日まで南アフリカのダーバンというところで国連が主催して開催される人種差別撤廃世界会議のことです。この世界会議で、世界から人種差別をなくすための「宣言」と「行動計画」が採択されます。その「宣言」と「行動計画」の中に日本の部落差別やインドのダリットに対する差別のこと盛り込ませようというわけです。

 現在のところ、宣言についてはNGOの原案どおりの文言、つまり「世界会議は政府に対し、職業と門地にもとづく差別を禁止し、それを救済するために、適切なアファーマティブ・アクションを含むすべての必要な憲法的、法的、行政的措置をとり、またそうした措置がすべてのレベルのすべての国家機関により尊重され実施されるよう確保することを求める」という文言が、スイス政府によって提案されています。これは、「宣言」、「行動計画」を決める場合、その議論には政府だけでなくNGOも参加できるんですが、最終的に文章として採択されるためには、どこかの政府が提案しないとダメだからなんです。

 さらに、予想外だったんですが、バルバトス政府が支持する発言をしてくれましたので、以下の提案も行動計画に盛り込まれる可能性があります(註2)。

世界会議は職業と世系に基づく差別が、影響を受けているコミュニティの構成員の市民的・文化的・経済的・政治的・社会的権利の実現を困難にする、粗雑で根深い障害を内包していること、またこの種の差別は南アジアのカースト制度にもっとも密接に関連しているものの、世界の他の地域でも見られることを認める。よって世界会議は、

a)国連人権高等弁務官事務所が、人種差別撤廃委員会と協力して,職業と世系に基づく差別の問題に関して詳細な研究を行うことを求める。

b)関係国政府に対して職業と世系に基づく差別の対象となっているコミュニティに対する態度、またそれらコミュニティ内における態度が肯定的な方向に変容することを促進するための世論喚起と教育的イニシャティブをとることを奨励する。

 ただし、これは「例えば日本の部落差別など」という原案にあった表現は修正されて消されています。その理由は、他では「南アジア」という表現などのように特定の国名を指すような表現は避けられているのに、「日本の部落差別」というような特定の国名を入れれば、バランスを欠くことになるからです。だいたいにおいて世界会議の文書は、普遍的な表現を用います。

 それで、インド政府は、このバルバトス政府の提案支持の発言の後に、公式に反対の意志を表明しています。日本政府は積極的に支持していません。

 そういうことで、現段階ではこのように提案が上がっていて、これがダーバン2001で議論されるわけです。そこで、この職業と世系に基づく差別という項目が独立して入ると世界的にも注目されると思います。

 これまで、部落解放運動は世界会議の中に部落差別に関わる宣言や行動計画を入れさせる運動はしてこなかったわけですが、ついに、そういった段階に入ったわけです。

(5)上記の取り組みと連動させながら日本政府・外務省に対してdescentの対象に部落問題が含まれていることを認めるよう「見解の変更」を求めていくこと。

(6)なお、このために与・野党の国会議員への要請にも取り組むこと。

 まあ、以上のような、差し迫った課題があるわけでして、積極的に働きかけていかなければならないと思っています。

註1. 2001年8月に開催された国連人権小委員会でゲネセケレ委員による報告が提出された。この中にはインド、スリランカ、ネパール、パキスタンにおけるダリットに対する差別とともに、日本の部落差別が取りあげられている。

註2. バルバトス提案は、5月に開催されたダーバン2001の第2回準備会合の間際にインド政府の圧力でとり下げられた。