各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。


Home調査・研究プロジェクト・報告書一覧身分制研究会研究会報告書>詳細
2004.11.16
部会・研究会活動 <身分制研究会>
 
第úL期国際身分制研究会報告書

国際身分制研究会編
 (A4版・167頁・実費頒価・2003年6月)

変貌するインド社会
-揺れ動くカースト制度-

沖浦和光

  初めてインドを訪れたのは、73年だった。深夜のカルカッタ飛行場、子どもの物乞いが数十人はいた。市中までの15キロ、街路はずっと路上生活者が寝ていた。朝の超満員の市電は牛の群で止まり、自動車はまだ少なかった。農村も奥深く入ると、中世さながらの風情が残り、二千年前の石造物が村境に散在していた。豪壮な地主の邸宅とみすぼらしい小作人の家、そのあまりの格差に驚いた。

  それから何回も訪印したが、そのたびに新しい変化が目についた。昨年末は西南海岸を訪れたが、都市部を中心に急速に変貌しつつある。そのきっかけは91年の市場の自由化への政策転換だった。外国製品がどっと入ってきて商店の品揃いも変わった。マス・メディアも自由化され、衛星放送で世界からの情報がリアルタイムで入ってくる。大学の増設によって知識人層が増え、IT革命によってメディア関連の企業が急増した。ファッションも変わり、街に流れるラジオもヒンドゥー音楽ではなくて、アップテンポのラップ調だ。ディスコでは若い男女が胸をあわせて踊っている。マクドナルドなどの外食産業の普及で、以下カーストとの共食を禁じた食穢のタブーもしだいに空文化しつつある。

  その反面、10億を超える人口急増と大都市圏への流入、停滞している農山村部の置き去り、公害による環境破壊などが表面化してきた。この数年は中国の約7%に続く6%の高度成長だが、まだ生活関連の社会的基本財の整備は遅れている。しかし路上生活者や乞食の姿は確実に減り、蛇つかい・猿回しの大道芸もあまり見られなくなった。現代文明の光と影が同時に出現しているのだ。

  古代から超近代まで、インドでは何層、のも文化が混在しているが、その骨格となってきたのがカースト制である。ヒンドゥー教の祭司であるバラモンが最上位で、死・産・血のケガレに関わる階層が不可触民とされた。古代から彼らの仕事は葬送・清掃・皮革産業・竹細工・芸能・心身治療・酒造り・土器造りとされた。身体の排泄物もケガレなので、洗濯や理髪も賤業とされた。上位カーストは自分では洗濯や清掃はしなかった。裏口から出入りさせる専業者にすべて任せてきたが、そのような習慣も電化製品の普及によって都市部から崩れ始めてきた。

  これらの仕事の世襲を強いられてきた被差別民は、教育を受ける権利と職業の自由を求めて各地で解放運動を組織してきた。地方ごとに分断されてきた運動もようやく全国的な連合へのきざしが見られる。合理主義思想と人間平等の市民意識の普及とともに、若い世代を中心にカースト制を批判する声も高まってきた。ヒトにとって必然事である死・産・血・排泄物をケガレとして隠蔽し、それを不浄として特定の集団に押しつけてきた宗教的規制そのものが問われ始めている。

  憲法では、不可植民制の廃止を宣言し、全国民16%を超える被差別カースト,約7%の先住民族に対する特別措置を定め、教育・公職・議席数の三分野で、人口比に応じた留保システムが実施されてきた。90年代に入ってようやくその効果が現れてきている。戦前まではごく少数だった被差別民出身の上級行政職・弁護士・医者・教師が増え・そのカーストとジェンダーで二重の差別を受けてきた女性の進出も目立つ。抵抗運動の強化と相次ぐ法規制のよって、農村で続発していた被差別民に対する殺害・焼打ち・レイプなども減ってきた。

  このような情勢に人口の約25%を占める上位カーストは脅威を感じている。伝統への回帰とヒンドゥー・ナショナリズムを唱導する保守勢力では、グローバリゼーションの大波を乗り切れないだろう。人口の過半数を占める下位カーストの文化的上昇につれて、インドは大きく変わるだろう。かつて世界四大文明の一つを築いてきてその潜勢力はやがて顕在化してくる。人類世界を動かす新たなパワーとして、世界史の舞台に再登場するのはそう遠くない。