調査研究

各種部会・研究会の活動内容や部落問題・人権問題に関する最新の調査データ、研究論文などを紹介します。

Home調査・研究 部会・研究会活動地域就労支援調査研究事業 > 研究会報告
2008.01.28
部会・研究会活動 < 地域就労支援調査研究事業>
 
地域就労支援調査研究会 報告
2008年03月25日

書評:福原宏幸編著『社会的排除/包摂と社会政策』

内田龍史(部落解放・人権研究所)

 2003年に大阪フリーター調査に取り組んだが、そこからは多くの課題と依然として変わらない不平等の再生産の現実が見えてきた。その経験からもこの社会的排除・包摂概念には注目していたところである。

 本書ではまず、90年代以降、社会保障政策も、それを補完してきた企業社会と家族もその機能を果たしえなくなってきたため、「自立」を促すという点で、日本政府もまた社会的排除概念に着目しつつある点が指摘されている。そこで、本書は、社会的排除/包摂をめぐ議論の核心と全体像を明らかにし、日本の貧困と社会問題に対する新たな分析的観点を提示することを目的とし、欧州における社会的排除/包摂に関する理論的アプローチを取上げ(第1部)、第2部では、「日本における社会的排除の実態を統計的な分析によって明らかにするとともに、社会的排除が深刻化している諸問題を取上げその実態と政策を明らかにする」としている。

 各章の中身については、第1章から第3章までが理論的な検討を行っており、第1部で排除/包摂を巡る議論の全体像が示され、第2章ではフランスの議論、第3章ではシティズンシップと社会的排除の関係について検討されている。4章から9章で実態把握が行われている。排除されている人達は誰かというところから、無年金、無保険世帯の課題、ホームレス、学校教育、若者の課題の実態が示されている。

 本書の意義としては、たあらたな社会政策を構想するための多元的な見取り図を提示していること、また、深刻化しつつある領域における社会政策の展開と課題を明らかにしている。社会的排除/包摂概念は、様々ま社会病理現象の多面的な理解のために有用であろう。ただ、問題解決の戦略として「社会的排除―包摂」という理解でよいのか、また包摂の実現にはイギリスのように包括的な組織が必要なのか。日本は省庁横断的に若年者支援に取り組んでいるが、全体にわたるものではないので、そのような方向を目指すべきなのであろうか。また、各論的な課題を捉えるために有用な概念であるが、理論といえるか、といった幾つかの問題を提起できよう。また、この概念に基づく施策の導入は、果たして被排除層に対するマイナスの眼差しをプラスの方向に持っていけるのか、という課題もあるだろう。

 最後に、社会的包摂の試みとして、同和行政を評価することができるであろう。他方で、特定の層に対する政策への反発が出て、同和対策や、今日のニート対策においても、市民的な合意が全く出来ていない点をどうするかという問題もあろう。


紹介:埋橋孝文編著『ワークフェア―排除から包摂へ』

水野有香(大阪市立大学大学院)

 第1部では国際的動向と理論的諸問題、第2部では日本におけるワークフェアとワーキング・プアについて、各論がなされている。

 第1章でまず、ワークフェアを「何らかの方法を通して社会保障・福祉給付を受ける人々の労働・社会参加を促進しようとする一連の政策」と定義し、ハードなものとソフトなものがあるとしている。70年代から福祉の雇用指向が進み、これがワークフェアに向けた再編といえるとし、その中で、労働の性格が問題とせざるを得なくなっているとしている。

 第2章ではイギリスの例を検討している。「規律訓練型社会政策」に乗れない階層に関する現状認識が行われているが、ここには3つのアポリアがあるとして、自己責任、消費社会における労働倫理の問題、さらに労働市場の二極化が指摘される。日本に導入する際の問題としては、ニート問題が焦点となることで、課題がぶれてしまっていると指摘する。また、仕事と職場の品格が問われているとしている。

 第3章では、社会保障給付の抑制のイメージが強いワークフェアを再考し、逆に社会保障の充実という側面もあった点を指摘している。つまり就労を条件とした給付や税額控除は、低所得者向けの所得保障という光の側面もあるということである。

 米国の例が第4章で検討されているが、貧困家庭一時扶助離脱者は、結局脆弱で不安定な存在であり、ワーキングプアに近い存在だと指摘している。

 第5章では、非正規労働の国際比較が行われている。ほとんどの国で非典型労働者が増加しているにしても、日本のように解雇コストが高く、法定福利厚生制度の事業所負担に差がある国で非典型労働者の増加が著しいとして、解雇法制や社会保障・税制を含む抜本的な改革が必要だとする。

 第2部の各論では、まず第6章でシングルマザーの問題が検討される。日本の母子家庭は貧困な労働者モデルである。日本の基本的なモデルは男性稼ぎ主型・専業主婦モデルであって、そこから外れる母子家庭は貧困な労働者にならざるを得ない。60年代からシングルマザーには自立への主体性が要請され、強化されている。社会保障政策でも、死別と生別、離婚と非婚で差別が設けられ、家族の序列化が行われてきた。その中で自助努力が求められてきたけれども、それはもはや限界であり、モデルの転換、ワーキングプア政策でのジェンダーの視点の導入、ディセントワーク、福祉と教育を連結させるなどの政策の転換が必要だとしている。

 障害者福祉と就労支援に関しては(第7章)、働きたくても働けない、労働市場から排除された障害者の存在が明らかにされ、その中で、就労に限らない多様な社会参加のあり方を最終的に提言している。

 第8章では、生活保護における自立支援プログラムを再検討している。自立支援プログラムは福祉事業所単位の支援をはじめる可能性を生み出した点を一定評価した上で、「福祉から就労」だけではなく、就労のための福祉や福祉を受けつつ就労するという視点も必要だとしている。

 第9章では地域就労支援事業が分析される。この事業を通じて、働く意欲を持つ就職困難者の存在、そしてそうした人々が既存の雇用政策から排除されてきた実態、さらには就労に向けた阻害要因の発見と解決の装置として位置付け、日本における社会的包摂の一つの試みとして評価されている。

 第10章では、「究極のコスト・パフォーマンス=『雇用のない経営』」として、大企業で横行している偽装請負、偽装雇用などの違法な労働実態を告発し、政府と労働組合の役割の重要性を指摘している。

 本書の意義として、広義のワーキングプアの定義を用いて考察することが有用である。公的扶助を受給しながら就業している人たちやボーダーライン層を含めることで、この層が陸続きであり、ワーキングプアの隙間に落ちる層がいる点を明確にすることができるためである。また、労働の質と社会保障に関して言えば、制度の転換期にある点からも、両者をいま一度包括的に議論するために両者を結びつけることが重要である。

 また、非正規労働と母子家庭の議論が出てくるが、人件費削減のためにパートを用いている。日本におけるパートは、日本の雇用システムにおける補助的労働として生まれてきたという点から問題を考える必要がある。つまり、女性が補助的な地位にあり、賃金や保障の面で正社員と大きな格差がある。非正規の問題を検討する際に、日本的な前提条件としてジェンダーの視点を踏まえる必要がある。そこから母子家庭の課題にも関連付けることが有用と思われる。

(文責:李嘉永)